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目を開けると、見慣れない天井が目に入った。天井には美しいシャンデリアが輝き、豪華なカーテンが揺れている。ここ、どこだ…?
体を動かそうとしたが、ふかふかのベッドに包まれて、まるで体が重い。頭がガンガンして、どうやら昨日のことを全然覚えていない。記憶がバラバラで、何も思い出せない。
「う…うーん…」
何かを思い出す前に、部屋の扉が開いた音が聞こえた。
「君、大丈夫か?」
その声に反応して、思わず顔を向けると、そこにいたのは…。どこかで見たような、いや、まさか…。
「…ロリータ服の俺……?」
思わず口に出してしまった。目の前にいるのは、間違いなく俺とそっくりな男だ。顔立ち、髪型、服装、全てが一緒だ。
いや、違う。よく見ると、なんだか雰囲気が全然違う。彼の服は、俺の知っているどんな服とも違って、どこか異世界っぽい感じだ。
「君、大丈夫か?ちょっと混乱しているようだが…」
その男は、俺を心配そうに見つめている。その目も、声も、どこか…俺そのものに見える。まさか、これが俺の未来か?
「あ、あの…なんでお前が俺にそっくり……」
思わ質問してしまった。
だって、どう考えてもおかしいだろ。目の前にいるのは、ロリータ服を着た自分…ってわけわかんねえ!
「君、混乱しているみたいだね。」
その男が、優しく言うんだけど、冷静すぎて余計に不安になる。俺の顔が、目の前でまた見ることになるなんて…こんなことって、あるわけないだろ!
「だって顔も声も、全部俺だから……」
その言葉を言って、ようやく自分が何を言ってるのか分かる。だって、目の前にいる男は俺の顔をしているんだ。まるで鏡を見ているみたいだ。
◇◆◇
目を覚ますと、やっぱり見慣れない天井が広がっていた。豪華な装飾が施された部屋、しっかりとしたベッド。まるで夢の中にいるような錯覚に囚われるが、確かにここには現実がある。
頭がぼんやりとして、昨日のことを思い出そうとしても、思い出せない。断片的に浮かぶのは、奇妙なピアノの音と、目の前に現れたロリータ服のような青年…いや、まさか、あれは俺?
「あ、君…」
不意に声がかかり、思わず目を向けた先には、再びあの姿があった。
その青年、まるで俺の鏡みたいだ。片目を隠すように前髪が長くて、癖っ毛もないミディアムヘア。そして、その顔立ちが…自分にそっくり。まるで俺がもう一人いるような感覚になる。
「君、大丈夫か?」
その男は俺の顔を見て、心配そうに声をかけてきた。いったい、どうなってるんだ…。
「いや、まさか…お前、俺にそっくりだな。まさか、これ、俺の未来か?」
自分の口から思わず飛び出した言葉に、男は少し首をかしげてから、にっこりと笑った。
「いや、君と僕は未来じゃない。ただ、君に似ているだけさ。」
その答えに、俺は何も言えなくなった。いや、でも、なんだかその感じも妙に納得できてしまう。だって、この顔、どこかで見たことがあるような…。
「君は混乱しているみたいだね。落ち着いたほうがいい。」
その言葉でようやく、俺は現状をしっかり認識した。目の前にいる青年の顔は、確かに俺に似ている。でも、どこか違う。何かが違う…その違和感が、俺をさらに混乱させる。
「それで、君は誰なんだ?」
「僕はカウンターテナー。君が覚えていない昨日のことについて話すと、君はしばらく意識が途切れていたんだ。」
その言葉を聞いて、俺は改めて状況を整理しようとした。昨日…確か、あのピアノの音色を聞いて、俺と姿形が似ているタバコを咥えた男と眼鏡をかけている俺と……質問責めされて意識を失って、それから…。
「君は気を失っていた。だけど、大丈夫だよ。ここはアルカノーレが集まる館で、声帯有人種の場所だ。」
アルカノーレ…?その言葉に、俺は一瞬耳を疑った。
「声帯有人種?それって一体…?」
思わずそう聞いてしまったが、カウンターテナーは冷静に答えてくれた。
「アルカノーレとは、僕たちのように、声帯に魔法の力を持つ者たちだ。君も、その1人。」
そう言われても、全然実感が湧かない。自分のどこがどうなってるっていうんだ。声帯に魔法…?
「でも、僕が知っているのは、君がここに来る前の出来事以外、何も覚えていないことだ。だから、驚かせてしまってごめんね。」
その言葉に、俺は少し安心した。少なくとも、俺だけが混乱しているわけじゃないんだ。だけど、気になるのはその「アルカノーレ」っていう言葉。声帯に魔法?そんなこと、信じられない…。
「じゃあ、俺もアルカノーレってことか?」
「うん、君もその一員だよ。」
うーん、全くピンとこないな。でも、話を聞いているうちに、なんとなく納得する自分がいる。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
「まずは落ち着いて、君のペースで少しずつ理解していけばいいよ。」
そう言うと、カウンターテナーは微笑みながら、部屋の扉を開けた。どうやら、俺に色々と話す準備が整ったようだ。
そして、彼の後ろに現れたのは、バリトン。最初に見た時は全く気づかなかったけど、彼もまた、どこかしら俺に似ている。まさか、あの時のバリトンも?
「君が落ち着いたなら、少し館を案内しよう。君もここで過ごすことになるから。」
そう言って、バリトンは優しく微笑んだ。その言葉で、少しだけ肩の力が抜けた。
でも、まだ分からないことだらけだ。アルカノーレって何だ?そして、この声帯に魔法って…どういうことなんだろう。
目を覚まし、なんとか体を起こすと、少しずつ周りの状況が掴めてきた。自分の周りにはカウンターテナーとバリトン、それに…あの、バス。
あれから何がどうなったのか、混乱しながらも、少しずつ思い出す。昨日、あの謎の青年に会ったこと、俺と似た姿を持つ彼らとの出会いで意識を失ったこと、それから、あの男――バスに銃を向けられたこと。思い出しただけで、今でもちょっと鳥肌が立つ。
そして、目の前にソイツが立っている。
目を覚ましたばかりの俺に、何やらニヤニヤしながらこう言ってきた。
「ようやく目覚めたんか。バカもやし。」
その言葉を聞いて、俺の中の何かが一気に爆発した。
「バカもやしって…!確かに俺は陰キャもやしだけど、君に言われる筋合いはない!」
勢いよく言い返したけれど、その反応を見ても、バスは全然動じない。どうしてこんなに平然としてるんだ、この男は…!
「お前、昨日俺に銃を向けたこと、全部覚えてるからな!人に銃を向けるなんて、どういうつもりだ!?」
そう言ってやったけど、バスは面倒くさそうに鼻で笑った。
「あっそ。」
その一言だけ。何の感情も込められてない返事。まるで俺の怒りが微塵も届いてないようだ。
思わず言葉を失う俺。こんな返し、想定外だ…。俺の声が通じてないのか、それとも単純に面倒くさがられてるだけなのか。
「おい!何でそんなに冷たいんだよ!俺はお前に怒ってるんだ!」
言葉が出てきても、バスは相変わらず無表情で俺を見ているだけ。
「うるさいな。お前が銃を向けられたのは、お前が変なことしたからだろ。」
その一言で、俺の気持ちはますますモヤモヤした。確かに、何かしら変なことをしたのかもしれないけど、でも、いきなり銃を向けられる筋合いなんてないじゃないか!
「……まあ、いいけど。」
バスはそんな風に呟いて、俺の怒りを完全に無視して、ただ立ち去ろうとした。
「ちょっと待てよ!」
俺は必死で声をかけたけど、バスは全く気にする様子もなく、ただ歩き出す。
その冷たさに、さらにイライラが募ってくるけど、同時にどうしても怒りが収まらない。
でも、ここでさらに突っ込んでもどうせ意味ない気がして、俺は何も言えずにただ見送ることしかできなかった。
[newpage]
館の中を歩きながら、いろんな物が目に入る。豪華な装飾が施された部屋、煌びやかな調度品、無駄に広い廊下…。
まるで、どこかの王族か貴族の館に迷い込んだみたいだ。でも、まだ全然状況が飲み込めない。
隣で歩くテナーに話を聞こうと、思い切って口を開いた。
「で、アルカノーレって、一体なんなんだ? さっきから聞いてるけど、なんかいまいち分かんない。」
テナーは少しだけ考えるように目を細め、そしてゆっくりと答えた。
「アルカノーレは…声帯を持つ人間のことだよ。王族と、ここの館に住む者以外は、声帯を持たない。」
「声帯がないって…?」
俺はついていけずに、ちょっと耳を疑った。
「声帯がないってどういうことだ? まるで声を出せない、無音の人間みたいな感じか?」
「そうだ。『アルカノーレ』は、自分の声と言葉で『歌』を歌い、その歌で相手に癒しを与えたり、呪いをかけたり、場合によっては武器のように使うこともできる。ただ、どんな『歌』を歌うかは、その者の技量と知識量に比例する。」
テナーの言葉に、俺は目を見開いた。癒しや呪いを歌で? 武器にもなる?
「俺、音楽は好きだけど、そんな…魔法みたいなことができるわけないだろ。」
そう言いたかったけど、テナーは真剣な顔で続けた。
「でも、それが現実なんだよ。君みたいに音楽に詳しい者がアルカノーレであれば、より強力な『歌』を使える。知識を糧にして、歌の技術や力を発揮するんだ。」
それを聞いて、ふと頭の中に閃くものがあった。俺は現役の音大生、声楽科のクラシック専攻。
歌の技術はもちろん、音楽の知識にも自信があった。その知識が、まさに「歌」に直結しているなら…。
「…待てよ。」
俺は声を出すと、急に実感が湧いてきた。
「俺、チートじゃん。」
思わず口に出してしまったその言葉。だって、もし俺がここでアルカノーレの一員として歌の力を使えるなら…音楽の知識がそのまま魔法のように使えるわけだろ? それって、俺にとっては最強の武器じゃないか。
そのことに気づいた途端、急に頭の中でいろんな可能性が広がった。
「はっ、なるほどな…じゃあ、俺、ここで何でもできるってわけか。」
「まあ、そういうことだ。」
テナーは肩をすくめて言った。
その瞬間、俺の中で何かが変わった気がした。今の状況は確かに不安だけど、この「歌」が持つ力を使えば、きっと何でもできるかもしれないって思えた。
館を歩きながら、色んな部屋を見て回っていると、とうとう「声楽室」に辿り着いた。中に入ると、広い空間にピアノが置かれていて、壁には音符や楽譜が飾られている。
音楽のために作られた部屋だって感じがした。
「ここが…声楽室?」
テナーがうなずきながら言う。
「そうだ。ここで歌を練習するんだ。」
その言葉を聞いて、ふと思い立つことがあった。俺は音楽大学の声楽科を専攻していたわけだから、ここで何か歌を歌ってみてもいいかもしれない。今の状況に少し慣れてきたし、せっかくだから自分の力を試すつもりで。
「じゃあ、歌ってみようか?」
そう言った瞬間、テナーとバリトンが目を輝かせた。
「本当に!? ぜひ、歌ってよ!」
「おお、楽しみだな。」
2人は嬉しそうに言って、まるで自分のことのように興奮している。僕は少し照れくささを感じながらも、ピアノに向かって歩み寄り、軽く準備運動をする。
「じゃあ、カーロ・ミオ・ベン(愛しい人よ)のワンフレーズを歌ってみるよ。」
僕は一度深呼吸をして、声を出し始めた。
「Caro mio ben, credimi almen…」
その瞬間、部屋に響く僕の声は、いつものようにクリアで美しく響いた。テナーとバリトンの顔がパッと明るくなる。
「すごい! 力がみなぎったみたいで、すごい歌声だ!」
「本当に凄い! もっと、もっと歌ってよ!」
二人は僕の歌に感動して、さらに続きを歌うことをお願いしてきた。その言葉に背中を押されるように、僕はさらに音域を高くして、続きの歌詞を歌い始める。
「Il tuo fedel sospira ognor……」
僕は歌っている途中で、ふと気づいた。今、なんだかすごい力が体の中で湧き上がっている感じがする。音符一つ一つが、身体の中に響き渡っているようで、歌いながら体中が軽く、熱くなるのがわかる。
でも、その感覚に浸る暇もなく、すぐに後ろで声がした。
「ちょっと、テナー! 何してるんだよ!」
振り返ると、バスが怒った顔でこちらを見ている。その表情に思わず冷や汗が出る。
「いや、違う! 今の僕じゃないってば!」
でも、バスはしっかりと僕を睨んで、何か言おうとする。僕は焦って手を振ったけど、その瞬間にバスが一歩踏み出してきた。
「テナー、またやったのか!お前、俺が言ったこと忘れたのかよ!?」
え? なんで彼が怒られてるんだ?
「あ、いや、でもこれは……俺が歌ってるんだよ!」
そう言おうとした瞬間、バスがさらに眉をひそめて、声を荒げる。
「お前、何回行ったらわかってくれるんだ!!テナー、あんなの使って何になるんだ!」
「だから違うってば!」
でも、バスの顔はますます険しくなっていく。確かに、さっきから自分の歌い方が変わった気がして、少し高音を強調したりしたけれど…。でも、それでもどうしてテナーが怒られてるんだろう。
「バス、僕じゃないんだって! ほんと、勘違いしないでよ!」
テナーがそう言っても、バスは彼の言葉を無視して、テナーに怒鳴る。なんだか、ますます自分が訳がわからなくなってきた。
「いったい、何回言えばわかるんだ!?」
バスが吠える。テナーは反論しようとしたけれど、目を合わせた瞬間、また怒鳴られるのが怖くなったのか黙ってしまう。俺も焦るばかりで、どうしたらいいのかわからなくなる。
その時、背後からバリトンが静かに口を開いた。
「窓を見てみろ。」
声に気づいて、俺はバリトンが指さす先を見た。
「え?」
俺が目を向けた先――窓の外、朝日を浴びて静かに咲いている花が目に入った。さっきまで蕾すらつけていなかったのに、気づいたら綺麗に花開いている。
「え、なんだこれ…?」思わず呟いてしまった。
「テナーの歌い方は、人々を癒やすだけではなく、自然にも恵みを与える力がある。」
バリトンはゆっくりと言った。
「その歌が届くと、こうして自然が反応する。たとえ鼻歌でも、効果を発揮するんだ。」
俺は目の前の光景をただただ見つめるしかなかった。どうしてこんなことになってるんだろう。焦りと戸惑いがぐるぐる頭の中を回って、気づけば冷や汗がダラダラと流れていた。
「て、テナーの歌い方…」
ぼそっと口をついて出た言葉。
「カウンターテナーっていうんだよね……」
バリトンが驚いた顔をして、僕を見つめる。
「えっ、アソビ…お前…」
その言葉に、俺は自分でも気づいていなかった真実に愕然とした。
「ちょ、ちょっと待って! おふざけでやっただけだよ……!?それであんなふうになるの!?」
「え……?」
バリトンの驚愕した顔が、どこか可笑しく見えてきて、思わず吹き出しそうになった。
しかし、笑い事じゃないことに気づくのに時間はかからなかった。
バスとテナーの言い合いが激しさを増す中、もうどうにもこうにも収まらない。その勢いに圧倒されて、俺は口をつぐむしかなかった。でも、このままだといつまで経っても終わらない。
思い切って、声を変えてみた。
「やめてよ!2人とも!」
女声を無理に出すと、二人はピタッと止まった。完全に目が丸くなった二人は、しばらく無言で俺を見つめていた。
「……今、こいつ、テナーの声を……?」
バスが驚いたように、でもすぐに疑問の表情を浮かべる。
「だから、この子の声だって言ってるじゃん!」と、テナーが少し怒ったように返す。
その言葉が響くと、バスの顔がさらに険しくなった。
「勘違いさせるんじゃねぇ!この野郎!」
次の瞬間、バスが俺に向かってエルボーを食らわせた。
「うっ!」
頭をよける暇もなく、勢いよく肩に衝撃が走り、俺はそのままよろめく。
「痛っ、何するんだよ!」
思わず叫んだが、バスは全く動じない。
「女声で真似すんな、バカ!」
そして、俺が言おうとする前に、バスは再び腕を組んで威圧的に言い放った。
俺はしばらく、呆然と立ち尽くしていたけど、その後、テナーが不満そうにため息をつき、どうにかして喧嘩を収めようとしているのを横目に、ただただ呆れるしかなかった。
[newpage]
肩をさすりながら、俺はただ呆然と立っていた。痛みよりも、目の前で巻き起こっているこのカオスに頭が追いつかない。
そんな中、バスは腕を組んだまま鋭い視線を俺に向けてきた。
「お前、何でそんなふざけた真似をした?」
「ふざけたって……喧嘩止めようと思っただけだよ!」
俺は思わず言い返すけど、バスの表情は全く緩まない。
「それが勘違いを招くって言ってんだ!テナーの声を軽々しく真似すんな!」
「だから俺の声だってば!」
反論しても、バスは頑として譲らない。
その時、横からバリトンが間に入ってきた。
「まあまあ、2人とも落ち着けって。喧嘩してもしょうがないだろ?」
穏やかで低めの声が、妙に場を和らげる。
「バス、いくらなんでも殴るのはやりすぎだぞ。」
「……だってコイツが、ややこしいことしやがるからだ。」
バスは不機嫌そうに視線を逸らすが、少しだけトーンを落とした。
「それにしても……お前、本当にすごい声だな。」
バリトンが俺に向かってそう呟いた。その言葉に、俺は少し戸惑いながら首を傾げる。
「すごいって……何が?」
「君の声だよ。まさにテナーとそっくりなんだ。聞いてるこっちも一瞬混乱したくらいだし。」
そう言いながら、バリトンは軽く笑った。
「ほら、バスもそれで勘違いしたんだろ?」
その言葉に、バスは少しだけ頷く。
「まあ……確かに、紛らわしいくらい似てたな。」
「だから言ったでしょ!」
テナーがここぞとばかりに主張する。
俺は改めて、目の前にいる自分とそっくりな彼らを見渡した。そっくりっていうか、同じ顔。同じ声。いや、むしろ俺が彼らの一部に見えるってくらい……奇妙な感覚が頭の中を駆け巡る。
「……なんか、俺が悪いみたいじゃん。」
そう呟くと、バスがまた俺に視線を戻してきた。
「悪いのはお前の軽率な行動だ。」
「ちょっと待て、俺、止めたかっただけだって!」
再び言い返そうとすると、バスが手を上げて制する。
「いいから、正座しろ。」
「はあ!?なんで俺が!」
「いいから、座れ!」
押し切られる形で、俺はその場に正座させられた。バスの圧がすごすぎて反論の余地もない。バリトンは苦笑しながら見守り、テナーはどこか申し訳なさそうにしている。
「だから言ったでしょ、こいつの声だって。」
テナーの小さな声が耳に届いたけど、俺は正座の体勢をとりながら、もう何も言えなくなっていた。
[newpage]
朝の説教タイムは、思った以上に長かった。テナーとバリトンが必死にフォローしてくれたおかげでなんとか助かったけど、俺の心はすっかりボロボロだ。
何より、バスの容赦ない怒声がまだ耳に残っている。
昼過ぎ、俺は言われるがままに馬車に乗せられた。揺れる馬車の中、俺はどこか気まずそうに窓の外を眺めていた。
景色は美しく、穏やかで、何もかもが現実離れしている。それなのに、胃が落ち着かない。
「どこに行くんだっけ……?」
ぼそりと呟くと、隣に座っていたバスがあっさり答える。
「王宮だ。」
「えっ、王宮!?」
俺は思わず身を乗り出してしまった。
「何で俺がそんなとこ行くんだよ!」
「黙れ、揺れるだろうが。」
バスが額に手を当てながら俺を座り直させる。なんでこいつ、こんなに偉そうなんだ?
「君のことを説明しないといけないんだよ。」
テナーが穏やかに話しかけてくれる。その言葉に、俺は少しだけ安心する。
「説明って……俺がこの世界に突然現れたって話を?」
「まあ、そういうことだな。」
今度はバリトンが口を開く。彼はバスほどキツい口調ではなく、どこか柔らかい雰囲気を持っている。
沈黙が少し続いた後、テナーがにっこりと笑いながら言った。
「そういえば、君の名前をちゃんと聞いてなかったね。」
「あ、俺? 俺の名前は……アソビ。まあ、気軽にアソビって呼んでくれ。」
自己紹介をすると、テナーとバリトンはそれぞれ「アソビくんか、覚えたよ」とにこやかに返してくれる。
しかし、バスだけは腕を組んだまま眉間にシワを寄せていた。
「……変な名前だな。」
「ほっとけ!」
俺はバスを睨み返す。どうしてこいつは毎回喧嘩腰なんだ。
「それより、アソビくん。君、音楽の知識があるって言ってたよね?」
バリトンが少し興味深そうに訊いてくる。
「まあ、そうだけど……?」
俺が答えると、彼の目が輝いた。
「帰ったら、早速歌について教えてくれよ!」
「俺もだ。お前、昨日のピアノの声といい、ただもんじゃねえよ。」
バスまで乗り気になっている。
「ちょっ、急にそんなこと言われても!」
俺は戸惑いつつ、2人の熱気に押されそうになった。
その間にも馬車はゆっくりと進み続けていた。やがて、窓の外に巨大な城が見え始める。白く輝くその姿は、どこか神聖で近寄りがたい。
「……あれが王宮か。」
呟くと同時に、馬車はその門をくぐり抜けた。俺の胸には、期待と不安が入り混じった感情が渦巻いていた。