ギギギキ――――ガシャンッ!
「私はクライステル伯爵家のミレーヌですよ。どんな理由でこんな地下牢に!?」
私は閉じられた鉄格子を掴み、衛兵に苦情を申し立てました。私が幽閉された場所は城の地下にある牢屋だったのです。
牢の存在自体は私も存じておりました。ですが、貴族令嬢である私には無縁の場所ですので、当然ですが訪れたのはこれが初めてです。
「殿下のご下命ですので」
「それでは我々はこれで」
私の言葉に耳を貸す気はないと衛兵達は私を牢へ押し込めて、その場をすぐに離れてしまいました。
カツーン……カツーン……
彼らの足音が次第に遠ざかっていき、やがて地下牢に不気味な静寂が訪れました。私の呼吸や衣擦れの他には音が無いのです。
ここは微かな光源しかない密閉に近い空間で、薄暗く湿気でじめじめしており、換気も悪いせいか酷くかび臭いものでした。
このような空間に一人で取り残された心細さに、ぎゅっと自分の肩を抱き締めました。
これはあまりに理不尽な仕打ちではないでしょうか?
罪を犯した貴族は専用の部屋にいったん拘留されるのが習わしなのです。このような地下牢に押し込めるというのは、アルス殿下は貴族籍を剥奪した私を平民として扱ったようです。
地下牢などとても貴族の令嬢が耐えられる空間ではありません。私は聖女ですので聖務で郊外に出る機会も多く、野営を行ったこともあります。ですが、さすがに薄暗く汚れた牢に閉じ込められる経験は初めてでした。
「どうして殿下はこんな暴挙を……」
殿下だけではありません。可愛がっていた弟のフェリックも、共に魔獣を討伐してきた騎士達も、友好を築いてたと思っていた友人達も、誰もが私を責め立てました。
私を擁護するものは誰もおらず、あの場で私は1人だったのです。
私が地下牢に一人取り残された心細さからでしょうか、陽の光が届かぬ地下の昏さからくる不安のせいでしょうか、あるいは牢の中の肌寒さからくるもなのでしょうか。
それとも……
冷たい石の寝台に腰を下ろし、私は己に科せられた苦境を耐え忍ぶ様に自分の両肩を抱き締めました。
「婚約破棄も貴族籍の剥奪も殿下に権限はないはずです」
それらを裁可できるのは、特別な場合を除き国王陛下ただ一人。
「希望を捨てては駄目、きっと国王陛下やお父様が助けて下さるわ」
心が折れないように私は自分を励ましました。それに、エンゾ様が引退間近でしたので、聖女の聖務のほとんどを私1人で行っておりました。聖女の修練を怠ってきたエリーに王都を守護できるとは思えません。
「私が見捨てられるはずがない」
普通の令嬢なら気が狂ってしまうのではないかと思われる地下牢で、それだけを心の支えに私はじっと耐え忍びました。
今日は来なかった。
明日はきっと助けが来る。
明日来なくても明後日なら……
ですが、いつまで待っても父も母も、国王陛下の使者も、誰も私の下には来てはくれませんでした。
私は次第に失望の色を濃くしていきました。
「まさか陛下に私の今の状況が伝わっていないとは思えません……」
知っているにも関わらず助けが来ないということは、国王陛下もこの愚挙を許可したのかもしれません。
「どうしてなのですお父様、お母様」
そして、父も母も面会にさえ来ないのですから、私は二人からも見放されてしまったのでしょう。
光量の変化の無い地下にずっと拘留されていたので、時間の感覚はもはやありません。もうどれくらい閉じ込められているのでしょうか?
少なくとも一週間以上は経過していると思います。
そんな環境で粗末な食事を与えられるだけで、着替えは当然なく、更には清拭も許されず、不衛生な環境の中で放置された私の恰好はとても酷いものだったでしょう。
ほこりに塗れ汚れきった髪は美しい色と艶を失い、ふけが湧き、ほつれ、体は薄汚れて、着ていたドレスも皺だらけ。貴族令嬢とは程遠い姿。
それは『アシュレインの翠玉』と謳われたかつての気品と艶姿は失われ、汚れたドレスにその面影の残滓を辛うじて窺えるといったありようだったのです。
私はそんな憐れでみすぼらしい女でしかなかったのです。
「罪人ミレーヌ!」
希望を失い、精も根も尽き果てかけた時、私の下に一人の官吏が訪れました。私への呼び掛けと態度から、彼が決して救いの使者ではないと嫌でも理解させられました。
その声に反応して私は顔を上げましたが、きっと死んだような陰鬱な表情だったのではないでしょうか。
「貴様の流刑先が決まった。辺境の地リアフローデンだ」
そしてやはり、彼がもたらしたのは私を更なる絶望へと落とす無慈悲な宣告でした。
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