テラーノベル
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ほんのり涼しい風が吹くお昼過ぎ。
るんるん気分で、人通りの少ない道を歩く。
早めに仕事を終わらせて歩くオフィス街は、まるで貸切みたい。
なんて考えながら、非日常感を味わっていた。
そんな時、少し先に見える人の姿。
宙に浮く卦がゆらゆら動いている。
そして、このオフィス街で、この方向にある用事なんて、ただ一つだ。
「お〜い!!韓国〜!!」
手を振りながら駆け寄ると、彼は静かに振り返った。
「ん?ああ、カナダか」
驚きも見せず、青い瞳が冷ややかに光る。
いつも通りクールだなぁ。ほんとブレないよね、この人。
「ねぇ、君も日本の店に行くの?」
「うん。久々にパンケーキでも食べようと思って」
「僕もだよ!じゃあ一緒に行こう」
楽しみだなぁ、日本と会うの。
浮ついた僕の独り言。
そうだなと小さく返す韓国の表情が、少しだけ暗くなった気がした。
あっという間に着いた小さなカフェの前。
軽やかな鈴の音だけが聞こえるよう、ゆっくりとドアを開ける。
丁度目の前には、店内の装飾を整える日本の姿があった。
「日本~!来たよ〜!」
挨拶代わりに、優しく包む込むような抱擁。
日本は抵抗もせず腕をそっと僕の背に回してくれる。
少し前までは顔を真っ赤にしてたのに…
今は「いらっしゃいませ!」と普段通りに可愛い笑顔を向けている。
兄さんのせいで慣れてしまったのか、仲が深まった証拠か。
嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちだ。
「…来てやったぞ」
背後で聞こえた、目を合わせず呟く、ぶっきらぼうな物言い。
……えっ、どうしたの急に。人格変わった?
初めて見る、”クール”以外の姿。
放心したものの、チラリと日本を見る韓国の視線に、何となく事情を察する。
ふーん…意外とカワイイ所あるじゃん。
ニヤニヤしていることがバレて、韓国からなんだこいつ、と困惑と呆れの目で睨まれてしまった。
「お二人が一緒なんて珍しいですね」
「来る時にたまたま会ったんだ〜あ、席は一緒でお願い」
「おい、勝手に決めんなよ」
「え。韓国、僕と一緒なの嫌?」
「嫌じゃないけど…一言相談くらいしろって」
「ふふ。仲がいいですね。では、こちらの席にどうぞ」
案内されたのは、窓側の二人席。
自然光が射し込んで、ぽかぽかした空気に包まれている。ここで昼寝したら気持ちいいだろうな。
席に着いてもメニュー表に手を掛けない僕たちを見て、日本は笑いながらすぐ伝票を取りだした。
「ご注文は”いつもの”でよろしいですか?」
「うん。よろしく!」
「僕のほうはホイップとフルーツ追加な」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
軽くメモをとり、一礼して去っていく。
“いつもの”で通じるなんて、嬉しいな。常連さんって感じ。
「韓国もここによく来るんだね」
「まあね。この店のスイーツメニュー、僕が監修してるようなもんだから」
あ、元に戻ってる。やっぱ日本の前だけなんだ
「そうなんだ〜僕はね、日本にメープルシロップを差し入れてるんだ。パンケーキに使ってるやつね」
「君が差し入れてるやつだったんだ。確かに、あれはここのパンケーキとよく合ってる」
「でしょ〜?日本の作るパンケーキには僕のメープルシロップが”一番”合うからね!」
無意識に強調してしまった優越感。
面倒臭そうだし触れないでおこう。
そんなことを考えたのか、韓国は開けた口をそっと閉じる。流石は僕の友達だ。
静寂の中、頬杖をついて店内を見渡す。
オランダから貰ったという色とりどりの花、壁に飾られたフランスさんの絵画、父さんがあげたティーカップ。
日本は、贈り物をとても大事に使ってくれる。
店の雰囲気に合うよう使い所を工夫し、飾り、時にはアレンジして。
それは、海外の文化を柔軟に取り入れる日本文化のようであり、どんな人でも受け入れ優しく接してくれる日本の人柄のようでもある。
でもやっぱり、店のメインである”料理”に、自分のメープルシロップが加わってるってことが、とても誇らしい。
「…ねぇ韓国」
「ん?」
「僕さ、日本にメープルシロップを渡すのって、”差し入れ”っていうより、ちょっと特別な意味があるんだよね」
「……特別?」
「うん。あれ、僕にとっては”自分の象徴”みたいなものなんだ」
「だから、日本が使ってくれると、僕のことを受け入れてもらえてる気がして嬉しいし…それを他の人が見れば、”日本は僕と仲がいいんだ”って思ってくれるでしょ?」
にっこり笑いながら、お冷のグラスを揺らす。
「……なんか、やけに独占欲あるな。意外」
「日本のことになると、ね」
意外、か……それは、君もだと思うけど。
「じゃあ、韓国はなんでこの店のスイーツを監修してるの?日本のため?」
「別に…日本のため、ってわけじゃない。美味しいものは、みんなで楽しむべきだって思ってるだけ」
淡々と語りつつも、韓国の声はどこか照れたように柔らかい。
「この店のスイーツって、味はもちろんだけど、日本のセンスがすごく出てるだろ?」
「あの繊細な味や見た目をもっと広めたい。だったら、”流行”の風を吹かせてやればいい」
「”流行”と”スイーツ”は僕の得意分野。だから、僕はその“ちょっとした後押し”をしてるだけだよ」
細長い白い指が、メニュー表の写真をそっと撫でる。
緩く細めた瞳は愛おしげで、先程の僕のように誇らしげだ。
「ふーん……でも、それって結局、“自分が大好きな日本の凄さを、皆に見せたい”ってことじゃないの?」
「……うるさいな」
照れを隠しきれないムスッとした顔。
なんか、男の子って感じがして可愛い。
この時ばかりは、僕の方が少しだけ大人だったかもしれないな。
その時、日本がお盆を持ってこちらへやってくる。
「お待たせしました!パンケーキです」
パンケーキが乗った皿と、違うものが乗った小皿をテーブルに置く。
香ばしい甘い香りがふわっと広がり、空気ごと柔く染め上げた。
「…パウンドケーキ?」
「これ、頼んでないけど」
「これはサービスです。カナダさんがくれたメープルシロップを他に使えないかと思いまして…スイーツにしたので試食していただけますか?」
「勿論!」
僕のメープルシロップがメインのスイーツを作ってくれるなんて…!
嬉しさで落ち着かず、日本を見つめてしまう。
「今食べてもいい?」
興奮気味に尋ねるとどうぞと日本が笑って応じる。
丁寧に切り分けて、一口かじった。
しっとりと柔らかい生地からメープルの香りが鼻腔をくすぐり、その優しい甘さが口いっぱいに広がって沁みていく。
表面にちりばめられたメープルシュガーやクルミもいいアクセントになっていて、食感も味も飽きないようになっているのが良い。
「すっごくおいしい!」
今の自分は心の底から嬉しそうに目を輝かせているのだろう。思わず大声を上げてしまった。
「映えはしないけど素朴で優しい味だ…たまにはこういうのもいいかも」
隣で韓国も感想を述べるが、どこか照れ隠しのようにぼそりと言って、視線をそらす。
「よかったぁ…」
「そしたら季節限定でメニューに追加しましょうかね」
日本がにこやかに笑うと、韓国はそれに目を奪われたのか、ほんの一瞬見とれるように黙り込んだ。
さっきまで笑って話してたのに、日本が来た途端これだ。わかりやすいにもほどがある。
さっきまで”僕が監修してる”って誇らしげだったのにね。
あの姿、日本にも見せてあげたかったなぁ。
……なんだか思春期みたいで可愛いかも。
悪戯心と好奇心が疼いて、ちょっとからかいたくなってしまった。
「ねえ、日本も一口食べてみなよ!」
制止の声が聞こえる前に、1口分をフォークに刺して口元へ差し出す。
ほらほら、と唇をツンツン押して催促してやると、日本が大人しくそれを口に含んだ。
「…うん。美味しく作れてますね」
「僕これ大好き!日本と食べるスイーツはなんでも美味しくて好きだけどね」
「ふふ、そう言っていただけて嬉しいです」
甘ったるい会話と雰囲気に包まれて幸せ気分。
そんな僕を見つめる韓国が、不意に手元のケーキを切り分けて、フォークに一口分を乗せて、日本に差し出してくる。
「……食べろよ」
「あの、僕さっき食べて…」
「いいから。早く」
ムスッとした顔のまま、でもほんのり赤くなっている。
――なにそれ、可愛い。
日本が食べたのを見計らい、にやりと口角を上げて、わざとからかうように言ってみた。
「このフォーク使って食べれば、間接キスだね」
「ば、ばっ……!間接キスって……!」
韓国が顔を真っ赤にして慌てふためく。そのわかりやすさに、つい笑いが込み上げてくる。
そんな空気を察したのか、日本が首をかしげながら口を開いた。
「よければ、フォークを新しいものに替えましょうか?」
天然なのか、それとも気遣いなのか――絶妙な一言だ。
僕はすぐに笑って返した。
「僕はむしろ、このフォークがいいな」
すると韓国も、視線を逸らしたままぽつり。
「……洗い物増えるから、いい」
表面上は合理的な理由。でも、その裏に隠れてる本音は、きっと僕と同じだ。
「ホントは間接キスしたいんでしょ。ムッツリだなぁ」
日本にバレないよう、こっそり耳打ちする。
瞬間、顔を真っ赤にした韓国が声を荒らげた。
「ぅ、うるさい!黙ってパンケーキ食ってろ!」
突然の大きな声に日本がビクッと身体を震わせる。
今度は反抗期かな?と内心で思いつつ、パンケーキにナイフを入れた。
すると、韓国の様子が少し変わった。
ふわふわの生地にナイフを入れながら、日本と真剣にアレンジ案を語り合い始めたのだ。
「ベタだけど、動物モチーフを入れてもいいかもね。この店の客層って会社員だろ?癒し要素があればリピートしてくれるんじゃない?」
「確かに…疲れた時に見る動物の動画とかすごく癒されますもんね」
「それに、可愛いものって写真撮りたくなるだろ。それを皆が共有すれば宣伝に繋がるし、時期で動物を変えれば楽しみが増えて来店意欲が高まる」
自然に広がる会話。
気づけば二人だけの世界ができていて、僕はぽつんと置き去りになっていた。
……あれ?僕、いつの間にか蚊帳の外?
胸の奥にちくりとモヤが差す。けどすぐに、思わず笑ってしまった。
なんだ、韓国。ちゃんと日本と話せるんじゃん
ちょっと拗ねた気持ちと、なんだか親のような安心感が入り混じる。
……してやられたなぁ。
自分らしくない心境に擽ったさを感じながら、僕は静かにその光景を見守っていた。
それから約1時間後。
話が盛り上がってつい長居してしまったから、辺りはすっかり夕焼けに染まっていた。
カフェの扉が閉まる音が背後で小さく響く。
さっきまで甘い香りと賑やかな雰囲気に包まれていたのに…通りに出ると空気はひんやりとしていて、現実に引き戻されるような気がする。
でも、どこか心地よい満腹感と、胸の奥にほんのり残る余韻はまだ消えていない。
「……パンケーキ、美味しかったなあ」
僕がそう呟くと、隣を歩く韓国も短く頷いた。
「……まあね。あいつの作るスイーツにハズレはないし」
ツンな態度はどこへやら、いつもの韓国に戻っている。
そんな彼を見て、どうしても言いたくなってしまった。
「ねえ韓国」
「なに、どうした?」
「やっぱ韓国ってさ、日本のこと好きなんでしょ」
「はっ、はぁ!!? 別に好きなんかじゃ…!」
言い終わる前に、言葉がつっかえて、顔が赤くなるのが見えた。
予想通りの慌てっぷりに、思わず口元が緩む。
「でも…もう少し、危機感を持った方がいい」
言葉を継げずに、韓国は俯いたまま黙り込む。
でも、その背中にはピリピリした雰囲気はなかった。
どちらかというと、何か言い返そうとしているのに上手く言葉が見つからない、そんなもどかしさに近い。
「分かるよ。僕も日本のこと好きだもん。可愛いよね、彼」
軽い口調で言ったけど、それは冗談でもなんでもない。
同じ気持ちを抱いているからこそ、良き友達だからこそ、彼には伝えておきたかった。
「日本を狙ってる奴は多い。ちゃんと素直にならないと奪われちゃうよ」
冗談めかした警告。
それは、ライバルに向けた真面目な忠告でもある。
韓国はまだ黙っていたが、いつもより肩が落ちて、視線が地面に吸い込まれていた。
多分、彼なりに思うところがあるんだろう。
少しだけ声のトーンを和らげて笑いかけた。
「お互い頑張ろうね」
切なげに揺れていた藍色の目が真っ直ぐと前を見据える
「……そうだな」
はっきりと聞こえた声には静かなる決意が顕れていた。
沈んでいく真っ赤な太陽。
反対に、僕たちの心には、燃えるような感情が昇っている。
甘酸っぱさを乗せた風が、そっと僕らの背を押した。
コメント
2件
してやられたぜ、、、琥珀たんの書く加日も韓日も大好きだ、、、、😃☺️😁😍 こういう純粋で柔らかい雰囲気の小説書くのうますぎやろ、、、エロとかギャグなしでこんな神で素晴らしいものを生み出せるのすごすぎ。ほんと好きだ。なんて恐ろしい子。