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ならば、私が美佳に言えることはやはり、バレる前に不倫なんてやめるべきだという、当たり前のことだけだ。
「ね! 詩乃は? ご主人と仲いーんだよね?」
「え? うん。まぁ、普通?」
美佳が身を乗り出し、隣の席の人に口の動きが見えないよう、手を口の横に添える。
「シてるの?」
「あ~……。まぁ、昔のようには、ね?」
シてると言うのも、シテないというのもなんだか、という気持ちで曖昧に答える。
「シたいと――」
「――お待たせいたしました」
食事が運ばれてきて、美佳が慌てて姿勢を正す。
目の前に置かれた食事はとても美味しそうで、状況が違えばもっと素直に食事を喜べたろうと思うと、少し複雑だ。
「美味しそう~。いただきます!」
食事をしながら、美佳の子供の話なんかを聞いた。
相変わらず、部活で好成績を収めている子供のことは自慢げに話していたが、ご主人の話は出なかった。
いつもなら、子供の話に絡めてご主人への愚痴に繋がるのだが、それが一切ない。
不倫をすると、罪悪感から妻もしくは夫に優しくなると言うが、美佳もそうなのだろうか。
「遠征とか、大変なんでしょ?」
高校生の息子が剣道の地区予選を突破したと聞いて、思ったままを口にした。
美佳は「ん~~~」と小さく唸りながら、小さなスプーンで茶わん蒸しをすくい、口に入れる。
「いつもは家族で応援に行くんだけどね? 今回は私か旦那だけかな」
「どうして?」
「パート辞めちゃったからさ?」
灰色の煙が、胸の奥でモヤッと沸き立つ。
「旦那さんはなんて?」
「これから言うの。でもさ? 遠征費とか応援に行く旅費とかは私のパート代から出してたから、思うように貯まらなかったって言ったら怒らないと思うの。だって、旦那の稼ぎじゃ足りないからそうなったわけだし」
私の中で煙がモクモクと膨らむ。
「もうパート、しないの?」
「さすがにずっとこのままはまずいと思うんだけどね? 彼と会えなくなるのはヤだしなぁ、って考え中」
家族にバレる前に不倫なんてやめた方がい。
友達なら、そう言ってあげるべき。
違う。
そう言ってあげるのが、友達。
じゃあ、それを言わない私は友達じゃない?
そうかもしれない。
史子だってそうだ。
自分が不倫してるからって、美佳まで巻き込んだ。
その上、美佳のご主人とも不倫している。
私たち、誰も友達じゃない……。
それでも、こうして呼び出した以上、何も言わないままは、私が無駄にモヤモヤしただけになってしまう。
美佳のためじゃない。
自分のため。
「ねぇ、美佳。やっぱり――」
「――あ、そうだ。さっきの続き」
「え?」
美佳が私の言葉を遮って、ずいっと身を乗り出し、私に顔を寄せた。
「詩乃もシない?」
小声で言われて、本当に意味がわからずに聞き返した。
「え?」
「合コン。私の彼、たっくんっていうんだけどね? たっくんの友達が、遊び友達紹介してほしいらしくて」
遊び友達って、セフレってことよね……。
「気に入らなかったら無理しなくていいからさ? とりあえず、奢ってもらえるから飲みに行かない?」
「私は――」
「――ちょっと考えてみてよ。日にちと場所は後で連絡するから」
「美佳」
「詩乃ってさ? せっかく子供がいなくて自由なのに、全然遊ばないじゃない」
美佳が姿勢を戻しながら、口を尖らせる。
「ご主人と仲がいいのはいいことだけどさ? もっと自分磨いて遊んだほうがいいよ。せっかく子供がいないんだから」
せっかく?
「私もたっくんと付き合う前は、このまま旦那と子供のために生きて、枯れていくんだろうなって思ったけど、やっぱりそんなの勿体ないよ。たった一度の人生だし? 自分のことも大事にしてあげたいじゃない」
だから、子供を犠牲にしてまで不倫するの?
「詩乃ってさ? 実は史子より綺麗なのに、昔っから恋愛に興味ない感じだったじゃない? 勿体なかったよね」
勿体ない? なにが?
「ね、ね!」
美佳がまた前のめりになる。
「詩乃って今まで何人とシたことあるの?」
「は?」
この問いには、つい反射的に嫌悪感を隠さないトーンで聞き返してしまった。
だが、美佳は全く気にしていないようで、くすっと笑った。
「女は四十代からが性欲が高まるって言うし、感度も良くなるんだって」
声を潜めているようでそうではないことは、隣のテーブルの女性の視線でわかる。
「ご主人とも、もうシてないんでしょ? なら――」
「――美佳」
隣のテーブルに目くばせする。
それに気が付いた美佳が、苦笑いして手櫛で髪をときながら、スマホを手に取った。
そして、小さく「あ!」と言うと、スマホをタップする。
「詩乃、ごめん。私、もう行くね」
言いながら、彼女は足元のバッグを膝に乗せ、財布を取り出してテーブルの上の伝票を手に取った。
「どうしたの?」
「たっくんから、これから会えないかって」
財布から自分の分のお金を出し、更に財布の中のお金を数える。