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「それで、真実の愛は帰っていったのか」
と西浦が言う。
「真実の愛なんて、この世にはないよ。
僕と月花の間以外には」
一緒に西浦の店のカウンターに並んで食べながら、三田村が言う。
「サイコパスか。
月花、お前の方、全然向いてないだろ」
と言う船木に、三田村は、
「お前が知らないだけだよ。
僕と月花の愛の歴史を」
と言い返している。
すみません。
私も知りません……と思いながら、月花はシメのニンニクライスを食べていた。
「遅いな、錆人」
と言う船木に、
「なんか今日は会食があるらしいです。
長引くかもって言ってました」
と月花は教える。
「専務って忙しいんだな」
そう西浦が言い、
「そうだよ、月花。
だから、錆人と結婚しても、寂しい結婚生活になるよ」
と三田村が笑いながら言う。
「……偽装結婚ですから」
「偽装結婚、式だけでいいなら、僕か女装してしてあげようか」
と三田村が言ったので、
「……似合うな」
「似合いそうだな」
「私より似合いそうですね」
と三人で素直な感想を述べる。
で、なんだかんだ言いながら、今日もよく食べてしまった。
ダイエット……
ダイエットしなければ、あのウエディングドレスが入らなくなるっ。
下請け工場の人たちやデザイナーさんのキラキラの笑顔がっ。
「おい、なに途中で食べるのやめてんだよ。
まずいのか。
まだデザートもあるのに。
うちのシェフが首くくるぞ」
と西浦が脅してくる。
いや、あなたの横のシェフの人は忙しそうに肉焼いたり、野菜焼いたりしてて、首くくってる暇はなさそうですよ。
とは思ったが、確かに美味しそうに食べると、嬉しそうな顔をしてくれるしな、と心の中で言い訳しながら、今日もモリモリ食べてしまった。
「しかし、あれだな。
本当に結婚式とかやるのなら――
花嫁を奪うというのもいいな」
船木さん……。
今日は専務がいないと思って、また無茶苦茶言い出しましたね。
「それいいな。
ドレス着て、式場使えば義理は果たせるんだろ」
と西浦が言う。
やめてあげてください。
嫌な思い出になってしまうではないですか、業者の皆さんの。
「そんな現場見られないって、きっとみんな喜ぶよ」
と三田村が賛成する。
「誰がやる」
「じゃんけんで」
もうただ私をダシに面白がっているだけな気がしてきたな、と思いながら、月花は、ぐびりとワインを呑んだ。
「なに階段上がってるんだ」
翌日、月花は階段から廊下に出てきたところを錆人に見つかった。
「いや……太るわけにはいかないので」
ごにょごにょと月花は言い訳をする。
「まあ、周りに美味い店、多すぎだよな。
そんなお前に残念なお知らせだが。
週末に親戚の集まるパーティがある」
金持ちはパーティ好きだな……。
「また美味しいものがたくさん出そうですね」
「嫌なのか」
「いや……嬉しいんですけど」
迎えに行くから、と錆人に言われる。
断れる感じではないようだ。
……もう一回下まで下りてくるか、と月花は階段を見た。
「月花さん、いらっしゃい。
ちょっと見てみて。
私、あなたたちのお式に、このドレス着て行こうと思ってるんだけど。
色被らないかしら」
今日は海の近くの錆人の祖父の別荘だった。
何度か顔を合わせた親戚のおばさんとやらに話しかけられ、月花は言う。
「あ、大丈夫ですよ。
色ドレスはこれからなので」
錆人が、
「いや、花嫁が招待客に遠慮して色決めてどうする」
と後ろで言う。
まあそうね、とおばさんは笑った。
少し話して別れたあと、
「親戚連中とも上手くやれてるようじゃないか」
と錆人が言ってきた。
「どうせ偽装結婚だし、と軽い気持ちで応対してたのがよかったんですかね」
と言うと、錆人は何故か微妙な顔をしていた。
「ちょっと向こうで話してくる。
その辺のものでも食べてろ」
と錆人はいなくなってしまった。
いやだから、最近、食べ過ぎなんですって……と思いながらも、庭に並べてある彩りも綺麗な料理を少しつまむ。
周りの人たちと話したあと、ちょっと運動しよう、と庭を歩いてみた。
すると、ここにもブランコがあった。
階段状になっている場所から垂れ下がっている黄色い花。
その下に吊るされた黒いアイアンのブランコ。
今日は子どもたちは海岸に下りてるから、乗ってもいいかな。
月花はそのブランコに落ちている小さな花をいくつか退けて、腰を下ろした。
いい風だ。
木漏れ日が外の石のテーブルや食器の上で揺れている。
後ろから誰かが押してくれた。
「専……」
錆人かと思って振り返ったが、違った。
「式より先に奪いに来たよ」
スーツを着た三田村が立っていた。
「あれ?
思ったより驚かないね」
いや、実はちょっと怪しいな、と思っていたことがあったのだ、と月花が思ったとき、騒がしい声が近づいてきた。
「式のとき、詩吟をひとつ披露したいんだけどね」
「大丈夫ですよ。
時間はとってありますから」
錆人と親戚の人たちのようだ。
「いや~、楽しみだねえ、君らの結婚式」
「あんたは詩吟うなるのが楽しみなだけだろうが」
どっとみんなが笑ったとき、
「その結婚には反対するよ」
と三田村が姿が見えてきた錆人たちに向かい言った。
「だって、月花と結婚するのは僕だからね」
その姿を見た錆人が叫ぶ。
「ゴンザレスッ!」
いや、あなたがゴンザレスと呼びますか。
唐人さんですよね……。
衝撃が強すぎたのだろうか。
「月花より、お前が驚いてどうするんだよ、錆人」
「おー、唐人。
今日は来てたのか」
まあ、こっち来て呑め、とすでに酔っているおじさんが手招きしていた。
彼らは近くの椅子に腰を下ろし、また呑みはじめる。
何処にでも料理と酒が用意してあるからだ。
そんな賑やかな親族たちを見ながら三田村は言う。
「別に隠してたわけじゃないよ。
僕が雑炊屋をやってるって。
僕は何度も会おうとしたけど。
お前がいつも寝てたり、来なかったりしたんじゃないか」
そうなんですよね。
たまたまなんですよ、よく考えてみたら、と月花は思う。
三田村は、最初の一回はたぶん、錆人が来たので、驚いて隠れた。
だから、雑炊屋に店長も店長代理もいない状態で、バイトの西谷が応対することになったのだ。
だが、あのあとは単に三田村が来たときには、もう錆人が寝ていたり。
仕事で来られなかったりしただけだ。
そういえば、錆人とともに三田村に会ったことはなかったのだが。
錆人はそれぞれの店に通っていたようだから、自分がいないときには出会っているのかなと思っていた。
三田村の方は、みんなと一緒に彼のことを『錆人』と呼んでいたし。
すでに知っている誰かを言っている感じだったから。
でもまあ、知っている誰かではあったよな。
兄なんだから――。
「三田村って名字、おや? とは思ってたんだが……。
お前、女のために金を持って逃げたんじゃなかったのか」
そこで月花は、三田村ゴンザレス唐人に手で示される。
「えっ? 私っ?」
「だって、月花が仕事終わりに、おいしい雑炊とか食べられたら最高って言ってたから」
金持って家を出て、雑炊屋を作ったんだ、と三田村は言う。
「……月花。
お前、こいつが雑炊屋になる前から知り合いだったのか?」
「あれっ?
言ってませんでしたっけ?」
「西浦とかが店で出会った話をしてたから、こいつもそうだと思ってた」
と錆人は眉をひそめる。
そのとき、月花は無言で腕を組み、こちらを見ている女性がいるのに気がついた。
パッと目につく人なので、今気づいたということは、今、近くまで来たところなのだろう。
錆人たちの母、マリコだった。
月花は青ざめる。
「どうしましょう。
マリコさん、唐人さんに金を持ち逃げさせた女を泥棒猫みたいにおっしゃってましたが。
私がその泥棒猫みたいなんですけど……」
「一人二役とは大変だな」
とちょっと冷たく錆人は言う。
「なんですか」
「いや、唐人との間になにがあったのかと思って」
「なにもありませんよ。
三田村さんとは、大学の先輩の知り合いの知り合いで、たまたま呑み屋で出会ったんですけど。
そのとき、一緒に呑んで。
あとは、道でときどき出会ってただけですよ」
よく出くわしてたんですが、行動範囲が似てたんですかね?
と月花は小首を傾げたが、
「いやそれ、ストーカーだろっ」
と錆人は叫ぶ。
「あいつ、怖くないか?
たまたま出会った知り合いの知り合いを好きになって。
美味しい雑炊が食べたいって言ってたから、金持って家出て、雑炊屋になるとか」
いや、あなたの弟さんですよ……。
なに他人事みたいに言ってるんですか、と月花は思う。
マリコが腕組みしたまま、ちょっと前に進み出た。
怒られるっ、と月花は身構えたが、マリコが怒っているのは別のことだった。
「唐人っ。
なんで、三田村を名乗ってるのよ」
月花さん? と見られ、はいっ、と畏まる。
「この子、最初にあなたと出会ったときから、三田村と名乗っていたの?」
「あ、はい……」
どういうことなのっ? とマリコは三田村に怒っている。
「いやいや、あちこちで三田村を名乗ってたことに深い意味はないよ。
他に思いつかなかったからだよ。
だって、僕がうちの一族の人間だと知れたら、変な奴が寄ってきたりするからね」
「だからって、三田村はないわっ」
とマリコは憤慨している。
「あんたをあの女に押し付けられるがままに引き取ったのに!
やっぱり、実の母親が忘れられないって言うのっ?」
「えーと……?」
「唐人は父が結婚前の恋人との間に作った子どもなんだ」
あ~、と月花は苦笑いする。
「あんたなんて、もう知らないわっ。
あっちが先に主人と付き合ってて。
私とは政略結婚だったから、その負い目もあって引き取っただけなんだからっ。
ちっちゃなあんたが金髪みたいな淡い色のふわふわの髪で、光に透けて輝くくるくるの目をして、私をじっと見つめてきたからとかじゃないんだからねっ」
まあまあお母さん、と三田村はニコニコしたまま、母をなだめている。
……なんかすごいツンデレだな。
「ほらほら、お母さん、月花、お気に入りなんでしょう?
僕の花嫁も月花になるかもしれませんよ。
よかったじゃないですか」
いや、全然よくないんですけど。
「それにしても月花。
どうして、僕が錆人の弟だってわかってたの?」
驚かなかったけど、とまた訊かれる。
「えーと、まあ、なんとなく」
そう月花は誤魔化した。
今、ここでその理由を言いたくなかったからだ。
「ちょっと怪しいなと思って。
食品衛生責任者のプレートとかで本名を確認しようかと思ったんだけど、なくって」
「あれ、別に必須じゃないからねえ」
と言いながら、三田村ははぐらかされたと感じていただろうが。
察してか、ここでは追求して来なかった。
「……まあいいわ。
ちょっと三田村を名乗ったくらい。
あの女のもとに戻るんじゃないのなら。
月花さんはどっちみち、うちの誰かの嫁になりそうだし」
なんですか、そのざっくり――。
マリコはちょうどいい酒の相手として、嫁、月花を欲しがっていた。
「ちょっと来なさいよ、唐人」
とマリコは久しぶりに会った息子を彼らの祖父、庄助のもとに連れて行く。
三田村こと藤樫唐人はもうキラキラした髪でくるくるした瞳の愛らしい幼児ではないが、今でもマリコのお気に入りのようだった。
なんか可愛い子犬みたいではあるよな……。
中身はとんだ食わせ者だけど。
二人だけになったところで錆人が言う。
「驚いたな。
何故、わかった? あいつが俺の弟だって」
「えーと、雰囲気が似てたんで、なんとなく」
「似てるか……?」
まあ、実際のところ、受ける印象は正反対ですかね? と月花は内心思っていた。
実は、月花が三田村のことを怪しいと思いはじめたのは、常務の発言のおかげだった。
常務は三田村と自分がいるのを見て、二人の関係を怪しんだ。
その理由は、三田村が月花の好みのタイプだと思ったからのようだった。
好みのタイプか……?
とそのときは思ったのだが。
そういえば、外見はちょっとそうかもしれないと気がついたのだ。
唐人は髪も瞳も肌も色素が薄く、猫毛なので気づきにくいが。
顔の造りは、実は錆人とちょっと似ている。
紗南も錆人に、
「お前が逃げて、唐人が金持って逃げたから、意外と二人で逃げたのかもと思ってたんだが」
と言われたとき、
「唐人なんて全然好みじゃないわよ。
あんたとそっくりじゃないの、顔は。
なんか雰囲気似てるのよ、似てないようで」
と言っていた。
だが、月花は、あんたの好みだろうと常務に言われたせいで気づいたとは言いたくない、と思っていた。
一方、その頃、錆人は焦っていた。
西浦や船木との話よりも、俺と月花との出会いの方がショボイ、と思っていたが。
月花のために金を持って家を出て、雑炊屋を作ったって?
俺は……
こいつの物語には勝てないのでは――?
そう思い、怯えていた。