コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「帰るの?」
別荘の玄関ロビー。
帰る前にお手洗いに行ってきた月花のもとに、三田村がやってきた。
やっとマリコから解放されたらしい。
はい、と言うと、三田村は、ちょっと笑い、
「あの日、錆人が来たから、金持って逃げてた僕が隠れたと思ってる?」
違うよ、と言いながら、一歩踏み出した。
月花の頬に唇でちょっと触れてくる。
「君が錆人と来たからだよ」
おやすみ、と言って、三田村は手を振った。
錆人が来た。
「月花、あいさつはすませて来たから」
三田村を見る。
「……おやすみ」
とだけ錆人は言った。
「おやすみ、おにいちゃん」
と三田村は笑って手を振った。
「……唐人になにかされたか」
帰りの車で錆人が言う。
まだ呑んではいなかったらしく、家まで送ってくれた。
あの騒ぎで呑みそびれたのかもなと思う。
月花が答えないでいると、
「俺が……
唐人を殺したくなる感じのことか?」
と問われる。
いや、どのような状況だと、殺人事件が発生するのですか……と月花は怯える。
錆人は月花を部屋まで送ってくれた。
「鍵をかけて、誰が来ても開けるなよ」
お母さんヤギかな……。
「俺が来ても、唐人の変装かもしれん」
そんな莫迦な……。
「わ、わかりました。
おやすみなさい」
月花はドアを閉めようとしたが、錆人は自分が鍵をかけろと言っておいて、ガッと足でそれを止める。
刑事っ!?
と思ったが、錆人はドアを引き開けると、月花の両肩をつかみ、キスしてきた。
み、三田村さんもそこまでしてないんですけどっ?
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
えーっ?
えーっ?
えーっ?
……私、頭壊れたのかな。
えーっ、しか浮かばないんだが。
こんなことでは仕事をクビになってしまう。
それはちょっと嫌だな、と月花は思った。
何故、専務が?
専務が私に……?
もしや、これも仕事の内なのだろうか。
っていうか、私、初めてだったんですけど。
問われても恥ずかしいからそうは言わないかもしれないけど、初めてだったんですけど。
ちょっと唐突すぎやしませんか?
いや、だったら、どういう状況ならいいのかと問われたら、やっぱり答えられないのだが――。
「おはようございます。
常務、すごいですね」
その日、常務、日立中但は廊下でいきなり、あの城沢月花に話しかけられた。
……いや、なにがだ。
褒められて悪い気はしないが、理由がわからないと、不気味すぎる。
なにせ、藤樫錆人の手の者だからな、
と思ったあとで、
おかしいな、と思う。
彼女は、最初は私の秘書として派遣されてきたはずなのに。
いつの間にやら、奴の手の者に――。
ほんとうにあの男は横暴だ。
……いや、横暴かな。
思い返してみれば、この派遣秘書を知らぬ間に奪い取ったことを除けば、かなり私に配慮してくれている気もする。
いやいやいや。
そもそも、ジイさんの七光で、いきなり専務、というだけで、私はあの男を気に入らない、と思っても許されるのではないだろうか?
そういえば、奪い取られはしたが、そもそも、こいつは秘書として優秀なのだろうか?
別にこの秘書は譲ってもいいのでは、といろいろ考えている間に、藤樫錆人がやってきた。
「おはようございます」
と丁寧に頭を下げてくる。
うむ。
このような立派な若者にそのようにされたら、嬉しくないこともないこともない。
「おはよう」
と年長者の威厳をふんだんに出しながら挨拶を返す。
錆人は月花の方を向いた。
びくりとした顔をする。
「お、おはようございます」
と言ったのは、月花ではなく、錆人の方だった。
いや、それ、お前の秘書……。
錆人はそのまま、せかせかと――
いつも堂々としている彼らしくなく、落ち着きのない様子で専務室に戻っていった。
専務室――。
ああ、私が座りたかった専務室の椅子。
まだ自分が常務になる前、可愛がってくれていた前の前の専務が、
「そのうち、君もここに座るのかな?」
と笑って椅子を叩いてくれた。
専務っ。
その椅子はなんかわからん、今どき感心な感じの色男だが、七光な男に奪われましたよっ、と心の中で涙する。
ふー、と常務は深いため息をついた。
「大丈夫ですか? 常務」
と訊いてくれる月花の前で、
「こうなったら、専務を追い出すしかない……」
と呟く。
「えっ?」
「城沢くん。
君、私とタッグを組まないか」
「え、嫌です」
「返答早いな。
決断が早いのはいいことだ。
いや、そうじゃなくて。
私とタッグを組んで、専務を追い出そうじゃないか」
いや、そんな莫迦な……と月花は苦笑いする。
「彼にもっと功績を上げさせて、グループの上の方に押しやるんだっ。
そしたら、私がここの社長になれるかもしれんっ」
「なるほどっ。
それならありですねっ」
……なんであの二人は徒党を組んでるんだ。
専務室のドアを開け、そっと外を窺いながら、錆人は思う。
ほんとうに妙な女だ。
俺は緊急に花嫁がいるので、仕方なくだったが。
唐人はあいつの何処がそんなに良かったのか……。