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休日になり、王都にあるフレイゼンの屋敷の私の部屋へ緊張した面持ちのデリアが通されてきた。
「ご……ご機嫌麗しく……」
「そんなにかしこまらなくていいわ。そこに座ってちょうだい」
机に向かって珍しく勉強をしていた私は、ソファを指して座るようにデリアに声をかけた。ひと段落したので私も席に着こうと振り返ったら、デリアはまだソファの隣で立っていた。
「ふふっ、今日は召喚状を出したけど、デリアはお客様よ。座ってちょうだい」
緊張の面持ちで、私の対面に座るデリア。そこにうちの侍女がお茶とお菓子を持って入ってきた。
「どうぞ、食べて」
「……ありがとうございます」
小さくお礼を言った後、お茶に口をつけていた。
「デリア、今回の初仕事は、とっても素晴らしかったわ! おかげで私は両親に叱られたけど、デリアの頑張りをかなり褒められたの。従者の頑張りを褒めてもらえるなんて、主人冥利に尽きるわね!」
今日は、デリアにこの前のお礼と褒めるために屋敷へ呼んだのだ。そんな私の言葉に、デリアは涙を流し始めるので、そっとハンカチを渡してあげた。
「あ……ありがとう……ございます……無我夢中……で、アンナリーゼ様が……意図す……ることに沿えて……いる、のかわからなくなり………………」
それ以上は、言葉にならなかった。あれだけの規模でワイズ領を動かしたのだから、きっと、綺麗事だけで今回の件は進めているとは思わない。領地の商人のほとんどを抱き込んでワイズ伯爵を追いこんだうえに、領民の生活への影響がないようにしないといけない。難易度の高いおつかいであった。私の侍女になるために、デリアの人生を賭けて全てで当たったはずだ。
デリアの横に座り、そっと頭を私にもたれされ、髪を撫でてあげる。
「あ……アンナリーゼ様……」
「いいのよ。今回のおつかいは、かなり大変だったと想像ができるわ。無理難題を言ったなってこと、私でもわかっているのよ。私は、こんなことしかしてあげられないけど、よく頑張ったわね。デリア、私から……、おつかいから、逃げてもよかったのよ?」
腕の中のデリアの頭は左右に揺れている。小さな子どもがイヤイヤをするようにだ。
「そう。本当にありがとう。私は、あなたを私の従者にできることがとても嬉しいわ!」
「もったいないお言葉です……」
デリアの声に力が戻ってきたようなので、私は元のところへ座りなおし泣き顔のデリアに向かって微笑んだ。
その後は、綺麗な部分だけ報告を受けた。時折、暗い目をしていたので、辛い選択をさせたのであろうことは明白だった。
……もうこれからは、デリアが放してくれと言っても放してあげない。それが、私の覚悟だ。
「デリア、私はあなたを従者とし信用します。私の従者になる覚悟はありますか? 放してくれと言われても、もうできないのですよ?」
「とうの昔にできています。アンナリーゼ様に変わらぬ忠誠を……」
私に忠誠を誓うと宣言するデリア。その場に跪くので、肩をポンポンと軽く叩く。デリアの顔は素敵な笑顔であった。
「ありがとう。それじゃ、もう一つお仕事任せてもいいかしら……? 私、こう見えてとっても我儘なの!」
「もちろんでございます。次は何をすればよろしいですか?」
次の指示を仰いでくれるデリア。私が出した次の指示は、デリアにとって全く予想外だったのだろう。
「ローズディア公国の公都にあるアンバー公爵家で雇われてほしいの。そして、お屋敷内で私の味方を作っておいてほしい。メイドから雇用が始まるでしょうから大変だけど、次代の女主人の侍女になれるよう努力してほしい」
「……次代の女主人ですか?」
「えぇ、そうよ。今は理由が言えないけど、そのときが来れば、このおつかいの意味がわかります。ただ、そのときがきても、知らないふりしてね?」
察しがついたのだろうか。最初は、私の指示にきょとんとしていたが、段々力強く頷いてくれている。
「かしこまりました、必ずやアンナリーゼ様のご要望に応えてみせます!」
ちょうど話終えた頃、廊下が騒がしくなった。
「ちょっと廊下を見てくれるかしら? 廊下に兄がいたら呼んでほしいのだけど……」
はにかむように「よろこんで」とデリアは扉へと向かう。兄も私の部屋へ入ってこようとしていたのか、急に扉が開いた。
「アンナ! エリーと婚約できた!」
確認もせず、扉の前で立っていた人を抱きしめる兄。私はわざとらしく大きなため息をはく。
「お兄様、それではエリザベスに婚約破棄されてしまいますよ?」
そんなドジを踏んでしまった兄をクスクス笑ってしまう。私の声がする方をみて、抱き着いているのが妹でないことに焦り始める。急に抱きつかれたデリアは、不快感をあらわにしており、睨んでいた。
「ホント……何やっているのか……?」
「あ……アンナさん……こ……こちら様は……どちら様?」
震える兄がおもしろくて仕方ない。いじめるのも可哀想なので、新しい私の侍女であるデリアを紹介する。
「私の新しい侍女ですわ。デリア、兄のサシャです。お兄様、よろしくね」
「はい。アンナリーゼ様。サシャ様、本日よりアンナリーゼ様の侍女となりましたデリアと申します。以後、お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」
「……あぁ」
婚約が決まって意気揚々としていた兄の歯切れの悪い返事で、今日は終わりそうだった。