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誰だろう。強盗なのだろうか。2人は僕の方を見ると少し気まずそうな感じで僕にこう言った。
「ねえ。覚えてる?慧人《けいと》」
「なんで僕の名前を知っているんですか」
「そうか。覚えてないのか。残念だな」
そんなことを言われても記憶にないのだから何も分からない。
「あのね。私達はね、慧人の親なのよ」
「は?」
突然の宣告に僕は動揺を隠せない。子供の頃から、保護施設で育てられた僕にとって親と言う言葉は一切馴染みのないものだ。
「そんなわけないじゃん。嘘はやめてよ」
「嘘じゃないよ。信じてよ」
状況を上手く飲み込めない。今のままだと僕の心がおかしくなりそう。呼吸を整わせたい。
「それともう1つ。慧人には姉がいるのよ」
「…ちょっと外行ってきてもいいですか?」
「分かった」
仄暗い町を歩く。僕が行くのは何度か行ったことのある居心地のいい場所。喫茶店だ。ここの雰囲気はとても落ち着く。夢先輩の香水と同じ珈琲の匂いが広がっている。夜ということもあって人はまばらだ。店内を見渡すと夢先輩の姿が見えた。同じテーブルにもう1人の女性と共に座っている。その女性はこの喫茶店の店員。僕が初めてここに来た時にレジなどをやっていた人だ。それ以来何度か話しているが話すのが苦手で自分のことを一切話さない人だ。そんな2人が何を話しているんだろう。盗み聞きするのは良くないが馴染み深い人の声が耳に入ってくるのは気持ち的にも楽になるだろう。2人が座っているひとつ隣りのテーブルに僕は腰掛けた。珈琲の香水の匂いはしてこない。変わりに青白い果実のような香りが微かにする。注文を済ましてから、家で起こった出来事に考える。そもそも僕に両親がいるなんてありえない。保護施設で幼少期は育てられられ、大人になってからは親がいないということが原因で就職が上手くいかず保護施設を経営している会社から多少の仕送りを貰って過ごし少し前までは配信で少ないお金で生活していた。静かに考えていると隣から会話が聞こえてくる。
「今のところどう?」
「全然。入れ替わって気は楽になったけど手がかりは一切ない」
「そっか。ありがとう。色々迷惑掛けてごめんね」
「いいよ。こちらこそ。生きる理由が見つかって良かったよ。この珈琲の香水とも出会えたし」
「アオイモモの香水も素敵だよ」
「ありがとう」
「それで話なんだけど、もう犯人は探さなくていいよ」
「えっ本当にいいの?なんで?」
「うん。もう犯人が見つかっても両親は帰って来ない。それなのに探す意味もないのかなって思った」
「分かった。これから誰として生きていく?」
「今が1番楽しいから今のままでいいかな?」
「分かった。これからもよろしくね。恋華」
「こちらこそ、夢」
「そういえば最近上手くいってる?」
「仲良い友達が何人か」
「良かったね。私はイラストレーターとバイトの掛け持ちって感じかな」
「そうなんだ。じゃそろそろ帰ろうか」
「うん。ばいばい」
「ばいばい」
2人が話していたのを聞くといくつの違和感が出てくる。多分恋華と言う名前の人のご両親がなにか事件に巻き込まれて亡くなったのだろう。そして普段つけている珈琲の香水はその女性から知って気に入ったものらしい。違和感の招待はあまり分からないが今はそんなことを考えるよりも自分のことを考えなければ。頭を落ち着かせてから家へ向かった。
空の藍も深くなり町は閑散としていた。まるで時が止まっているかのようだ。勇気を出して玄関を開ける。
「本当に僕の親なの?」
「信じれないのも分かる。だって育てることが出来なかったから。でも理解して欲しい。詳しい事情は今は話せないけど」
「だから、慧人。これから一緒に生活してくれない?」
「2人を両親と理解するまで時間はかかると思うけど何とか頑張ってみるよ」
「ありがとう。それともう1つ。慧人に言わないといけないことがある」
「何?」
「慧人には姉がいるんだ」
「えっ。」
そんな話聞いたことも無い。頭が困惑する。僕は反射的に聞き返してしまう。
「どういうこと?」
「お父さんの方の実家で暮らしていたはずだよ」
「そうなの?それって本当?」
「ああ、この後電話でもする?」
「いいよ。初対面の人と話したくないし。未だに100%本当だとも思えてない」
「そっか。時間をかけてでもいいから絆を取り戻せればいいよ。両親の償いの意味も込めて。ちょっと電話してくるね」
そう言ってお父さんは奥にある部屋へと向かった。この家は保護施設から出た時からずっと住んでいる。保護施設の人からここに案内された。来た時から生活感があり、雑貨や日用品などが置かれていた。二階建てで1人で暮らすにはもったいないくらいの広さだが3人ならちょうどいい。部屋の場所を説明しようとすると、
「この家のことはよく知っているから大丈夫だよ」
と言われた。もともと僕が来る前に住んでいたらしい。少し本当の両親なのではないかと思ったが信じきれてはいない。
「あのさ。姉の名前ってなんて言うの?」
ふと興味本位に、聞いてみる。お母さんの口から出たのは聞き馴染みのある言葉だった。