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険しい表情のまま黙りこくってしまったリカルド様に話しかけることなんかできなくって、あたしは悲しい気持ちのまま、すごすごと布団に入りなおした。
頭まで布団をすっぽりと被ったら、ちょっとだけ鼻の奥がツーンとなる。グスッっと鼻の奥が鳴ったけど。
泣いてない。まだ泣いてないからね!?
誰にともなく言い訳して、ぐるぐるする思考を立て直そうと頑張った。そうだよ、泣いてない。ただ、ちょっと自分が情けなくなっちゃっただけだ。
あーあ、楽しい気持ちのまま終わりたかったなぁ。
でも、こんな気まずい気持ちのまま演習を終わるなんて絶対に嫌だ。リカルド様が少し落ち着いた頃に謝って、何が気に障ったのかを聞いてみよう。これまでの怒り方からして、リカルド様の場合、ちゃんと理由があるはずだもの。
そう思って布団からそっと顔を出したら……バチッと、リカルド様と目が合った。
「ああ、起きていたのか、良かった」
リカルド様の目元がわずかに緩む。それが嬉しい時の表情だってわかるくらいには一緒にいたんだよね。
っていうか、あれ? リカルド様、怒ってない……?
「さっきはすまなかった。急にジェードが念話をしかけてきて」
「念話……!」
「言いたいことがたまっていたのか怒濤のように話し続けるから、頭が割れるかと思った」
ちくしょう、念話かー!!!!!
めっちゃ心配してソンした! あたしの悲しい気持ちを返せ! ジェードさんめ!
「布団をかぶって眠っているなら、起こすのも可哀想かと思っていたのだが、起きてくれて良かった」
「あ、何かありました?」
「いや、せっかくだからもう少し話したいと思っただけなのだが……」
そこまで言って、リカルド様は急激に赤くなる。なんだよもう、可愛いなあ!
さっきまでとは打って変わって、ぽわぽわと胸が弾むみたいに嬉しい。幸せな気持ちがこみ上げてきて、笑顔がおさえられない。ああ、幸せだなぁ。
「あたしも! あたしももっと話したいなぁって思ってました!」
「そ、そうか、良かった」
勢い込みすぎて、ちょっとリカルド様を引かせてしまったけど、嬉しいからなんでもいいや。
でも、なぜだかリカルド様がおろおろと困ったように視線を泳がせ始めている。明らかなる挙動不審だ。
「どうしました?」
「い、いや、話す内容は考えていなかった」
吹いた。
話すことなんてなんだっていいのに。でもそういえば、ジェードさんが言ってたっけ。リカルド様は雑談が苦手なんだって。
「あ、そういえばジェードさんの話ってなんだったんですか?」
「ああ、帰路がただただ億劫らしくてな、獲物が重いだの王都まで遠いだの、お前は転移で跳べるからズルいだの……まああれは、ただの暇つぶしの愚痴だと思うが」
「あはは、本当にリカルド様とジェードさんって仲良しですよね」
「別に仲良くはない。むしろアイツは面倒くさい」
苦虫を噛み潰したような顔をしているけれど、リカルド様は結構、無意識にジェードさんを大切に思ってると思うんだけどな。
「そんなこと言って、ジェードさんが危険な目に遭ったときはあんなに心配して、怒ってたじゃないですか」
「あ、あれは……生死がかかった場合、人として当然の反応だと思うが」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
照れくさそうなリカルド様にそう言って笑ったら、リカルド様は少しだけ視線をそらして「確かに助けられる部分も多いから……感謝はしているが」なんて呟いた。
苦手だ、面倒くさい、なんて言いながらも『感謝している』っていうあたりが、リカルド様らしい。ジェードさんも多分、リカルド様のそんな気持ちを察しているから、積極的に世話を焼けるんだろう。なんだか不思議な関係だなぁ。
ちょっと羨ましい。
「感謝、かぁ。そうですね、ジェードさんって顔も成績も良くってコミュ力も高いらしいとはお噂でかねがねって感じでしたけど、その上性格もいいってのは初めて知りました」
「性格、いいか?」
「いいと思いますよ? あんな危ない目にあってもアリシア様を責めなかったし」
「なるほど、確かに。あの精神には俺も驚嘆した」
「女性人気が高いのもわかるなぁって思いました。きっとアリシア様もキュンときたんじゃないかな」
「……そう、か」
なぜかリカルド様はわずかに目を見開いた。でもそれは本当に一瞬で、自分でも気のせいだったのかとリカルド様の顔を二度見したくらい。
「リカルド様? どうかしました?」
「いや、特には。なにかおかしいか?」
聞き返されると、これと言った変化があるわけじゃないんだけど、でも。やっぱりなんとなく、声のトーンが落ちた気がするんだけど。
「そろそろ眠ろう、ユーリンも今日は疲れただろう」
「はい。そうだリカルド様、学園に戻ってからも魔法を教えてくれるって約束、忘れないでくださいね! あたし、楽しみにしてますから」
少しだけ感じる微妙な空気を吹き飛ばしたくて、あたしはあえて元気な声でそう言った。学園に戻っても、リカルド様に会える口実が欲しいって、無意識に思っていたのかも知れない。
リカルド様はゆっくりとあたしを見て、ひとつ頷く。
「ああ、もちろんだ。ユーリンのためになるように、考えておこう」
そう約束してくれる言葉とは裏腹に、なぜかリカルド様の表情が少し寂しそうに見えたのが気がかりだった。