私にとって魔法は全てだ。私が私自身を誇らしいと思えるようになった理由でもあり、私が全てを失う理由でもある。私の人生は魔法なしでは語れない。
私は魔女だ、名前などとうに忘れた。自他ともに認める魔法の天才。そして恐ろしい大罪人。
私を殺そうとする者、私に見惚れた者、私を救おうとした者。色々な人間を見て、色々な感情を覚えた。その中でも特に明るい色を放つ懐かしい記憶。
それは私の原点だった。微睡みながら私は懐かしい過去の記憶を少しずつ思い出す。
記憶の中では、双子の妹と喧嘩して、泣きじゃくる私に母様が一つ、魔法を見せてくれていた。母様が指を少し振ると同時に辺りに数匹の光る魚が泳ぎ出したのだ。
淡い光を放つその魚達は優雅に、気ままに辺りを泳ぎ回る。やがて母様がもう一度指を振ると私たちの周りをぐるぐるとまわり始めた。
それはとても幻想的で、美しかった。
この時、私は魔法に魅入られた。私は母様の子であれた事にとても感謝した。だって、母様のおかげで私はこうやってこんな美しい力を知る事ができたのだ。
でも母様にとっては、この時の出来事はきっと1番の後悔だったことだろう。
それから来る日も来る日も教えを乞う私に母様は言った。
「魔法なんて、存外つまらないものよ。」
1番大事なのは人との繋がりなのだと。魔法は人との繋がりなんて生まない。美しいのは見かけだけだ。と続けた。
それからめっきり、私は母様に教えを乞うことは無くなった。覚えていないけれど、あの時の愚かな私はきっと母様に幻滅していたのだろう。我ながら馬鹿馬鹿しい。
私は、母様の書庫に忍び込み、家族にバレないようにこっそりと魔法関係の書物を読み漁った。
私の知らない世界だった。母様はこんな素敵なものを隠していたのかと少しだけ怒った。が、すぐ後に私は隠していた理由を知る。
母様は死んだ。火刑に処されて、身を焼かれる痛みに悶え苦しみ、悲鳴をあげながら死んだ。
母様は魔女だった。そして、この世界において、魔女とは悪である。母様が魔女だとバレたのは、母様が魔法を使っている瞬間を街の人に見られてしまっていたからだ。母様を魔女たらしめるものは魔法にほかならなかったのだ。蛙の子は蛙。魔女の子である私と双子の妹も、当然、周囲から見ればただの悪人、魔女であった。そして、魔女などとまぐわった父も許されるはずのない罪人。
私は、私たちは、魔法で全てを失った…かのように見えた。実際、私たちの所有していた財産は全て奪われたし、母様を捕らえに来た兵隊によって使用人も何人か殺された。じきに自分たちの命すらも失う。そんな状況だったのだが。
…ただ、恋は盲目、ともいうように、当時の私は魔法への憧れで頭がいっぱいだった。
父と妹はすっかり諦め、眼前に迫る死を受け入れていたのだが…私は違った。
ここで死んでたまるか、絶対に、私は母様や、魔女を恐れる愚かな民衆よりも広い世界を知って、母様に、世界にあの時の魔法よりも美しい、素敵な魔法を見せてやるのだ。と。意気込んでいた。
その熱意は、言葉にせずとも家族達に届いていたらしい。父様は、母様を連れていこうとする兵士が来る前に、私に1人のメイドをつけて外へと逃した。
父様からの最初で最後の贈り物は、私の顔を隠すための頭巾。
それからの逃亡生活は大変だったが、得るものはあった。母様の書庫からこっそり持ち出していた本の内の最後の一冊。私が魔法を扱うために足りなかった最後のピースがそこにあったのだ。
魔法を覚えてしまった私は、名実共に魔女という名の大罪人になった。
時には異端審問官から逃げ、時には人を助ける。時にはサーカスかのように魔法でショーをした。まるで物語のような話だ。着いてきていたメイドは何を呑気な、と呆れていたが、少し笑っていた。
確かに大変だった。でも楽しかった。それはきっと私とともに逃げ出したメイドも同じだったはず。
…まあ、当然ながら逃亡生活なんてうまく行くはずもなく、私が大人になる前にメイドは私を庇って死んだ。
あの時初めて私は怒りを知った。怒りのままに仇を殺した。私を見て心底怯えた顔をした彼らを見るのは心底気分が悪かった。
なぜ彼らが正義で、なぜ私が悪なのか、私が何をした?
彼女がいったい何をしたというのだ。彼らが殺さなければならない、赦されてはならない邪悪は私で、彼女は違うだろう?私が黙って殺されていればよかった。
何度も何度もそんな考えが頭を巡る。巡るだけで、それ以上は何もない。
彼女は私にとって、最後の大切な人だった。それを失った私に遺されたのは、魔女という肩書きと、魔法だけだった。
幾度とない逃亡を繰り返し、やがて時代は進んだ。私が隠れ住んでる間にそれはもう色々あったらしい。魔女狩り、なんて文化はとうに無くなっていた。母様や家族、使用人たちは無駄死にでしかなかった。
「ふざけんな…」
この世に神なんていなかった。母様達は存在しない存在に悪とみなされ、虚構に取り憑かれた人間どもに殺された。私は、やり場のない怒りを覚えた。
ふと、私の屋敷があった場所に行ってみる。そこには青々とした公園があるだけで、屋敷なんて見る影もない。世界は、私に思い出すら捨てろと言うのだろうか?
そっちがその気なら、私もそれに応えよう。こんな国、捨てて他所の国に行ってやる。私はそう、心に決めた。
そして、紆余曲折あり今に至る。この国は良いところだ。私を魔女だと排斥する者なんていない…というか、そもそも宗教なんてどうでもいいって感じの人間が多いだけだが…。
まだまだ、魔法には未知な部分が多い。あの世の母様や家族達に最高の魔法を見せるため、研鑽を続けよう。
いつの日だったか、魔法は見掛け倒しのつまらない物だと母様は言ったが、その通りだ。
でも、見掛け倒しの虚構でしかなくても、それでいい。実際に美しいのだからいいじゃないか。美しいものを追い求めたい探究心だけが、私の根本なのだから。
「おーい、起きろクソ魔女!」
長い時間を連れ添った見知った声で、目を覚ます。声の主は、この国に来てからずっと一緒にいる悪魔だった。
「あ?なにニヤニヤしてんだよ気持ち悪い…」
いや、ちょっと昔を思い出しただけだと悪魔に返す。
「お前も過去を振り返ったりすんだな、ちょっと意外だわ」
かなりマジそうな顔でそう言われたので、私は心外だと言わんばかりに顔を顰める。
当たり前だろう。私は魔女である以前に、1人の人間なのだから。
コメント
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こんな過去やったんけ...