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(予定がある⋯⋯のか。誰かと会うのかな?)
小さくなっていく一之瀬の姿を目で追いながら無意識にそう考えていた私はふと我に返る。
(って! やだ、私⋯⋯今一之瀬の事凄く気にしてた⋯⋯予定があるって言われただけで気になるとか⋯⋯本当に、何なの⋯⋯)
仮の彼女のくせに、一之瀬の行動が気になるばかりか、予定があるって言われただけで不安になるなんて、こんな自分にびっくりした。
元カレに浮気されても、捨てられても、悲しいより悔しい気持ちが大きかった。
何より、何でいつもこうなるのかって疑問の方が大きかった。
だけど今思えば、予兆なんていくらでもあったのかもしれない。
会えない日があっても仕方ない。
予定があるなら仕方ない。
女の子と話しているところを見ても、ヤキモチなんてみっともない。
我侭言う女は嫌われるから、聞き分けのいい『彼女』でいなきゃ。
そうしてきた結果、いつも駄目になった。
だからって嫉妬丸出しもどうかと思うけど⋯⋯何故だろう、一之瀬の事は気になっちゃう。
(返事保留にしたのは私で仮の彼女のくせに⋯⋯本当、何でだろ⋯⋯)
今さっき別れたばかりなのにこんなにも相手の事が気になるだなんて、本当にどうかしてる。
これまでに体験した事の無い気持ちと一之瀬の用事が気になって、結局この日の夜は心のモヤモヤが晴れなかった。
それから数日が過ぎた、ある日の事。
「あ、陽葵に菖蒲! ねぇねぇ知ってる!?」
昼休みが終わる少し前、総務課で同期の針ヶ谷 満留が私と菖蒲の姿を見つけるなり声を掛けてきた。
「何よ、いきなり」
「近々城築広告代理店にね、他社から引き抜かれた超有望な営業マンが来るらしいよ」
「えー? わざわざ引き抜きで?」
「こう言っちゃなんだけど、うちの会社、そんな大きくもないのにねえ?」
「何でも社長の知り合いだとか。まあ、有望な営業マンって言っても、職種は違うみたい。ただ、トーク力とかスキルがあるらしくて社長が気に入って引き抜いたとか」
「そう。まあ、仕事出来る人間が増えるのは良いよね」
営業という職種は合っていないとなかなかに難しいし、それなりに成績も上げないといけないけれど、うちの会社は社長が様々な業界の人と繋がりがあって仕事相手に恵まれているおかげで均等に仕事が振り分けられているのでギスギスしたりという事は無いから、出来る人間が一人増えたからといって焦る事も無い。
と、私はそんな風に話を聞いていたのだけど、満留が言いたいのは仕事が出来る出来ないの話では無くて、
「それでここからが重要なの! 私は見てないんだけどね、社長のところに挨拶に来たのを見た子の話によると、めっちゃイケメンなんだって!!」
そう、満留が言いたかった事はその営業マンがイケメンという事だったのだ。
「へぇ? そうなんだ?」
満留の言葉にそう返した私。それを見た満留と菖蒲は顔を見合わせた後で溜息を一つ。
「な、何よ? 変な事言った?」
「別に。そうだよね、この話、陽葵にしても意味無いよね」
「そうだよ。陽葵には一之瀬がいるもの」
「はあ?」
二人は面白く無さそうな表情を浮かべながら一之瀬の名前を出してくる。
「べ、別に、アイツは⋯⋯」
「はいはい、ただの同僚で仲の良い友達、なんでしょ? 分かった分かった」
「何でも良いけど、今の所うちの会社じゃ一之瀬が一番イケメンで仕事出来る有望株だもん、陽葵以外は近寄れ無かったからイケメンが来るのは嬉しいの! 分かる?」
「う、うん⋯⋯?」
何だか、一之瀬=私、みたいな方程式が出来上がっているのが何とも言えない。
(嬉しいけど、やっぱり何か複雑⋯⋯)
それから少しして始業開始の時間になった事で満留と別れた私たちは営業課のフロアへと戻り、午後の業務を開始した。
その日の仕事終わり、タイミングが被った私と一之瀬は当然一緒に帰る事になり、明日が祝日で仕事が休みという理由から飲みに行く事に。
駅近くにある馴染みの居酒屋に入り、ビールやおつまみが運ばれて来たタイミングでふと思う。
(そう言えば、彼女⋯⋯になってから飲みに来たのって初めてだな)
食事や私の部屋で過ごす事は数回あったけれど、こうして飲みに来るのは久しぶり。
思えばあの日、一之瀬の気持ちを知って流されるままに一晩を共にしてしまった事が全ての始まりだったけれど、後悔は無い。
私としては、自分の恋愛の在り方というモノを改めて考え直す良い機会になっていると思うから。
「そう言えばさ、一之瀬は知ってる? 近々他社から引き抜かれた有望な人が来るって話」
「ん? ああ、何か女子たちがそんな話してたよな。しかもそいつ、やり手な上にイケメンだとか」
「うん、そうらしいね」
「⋯⋯お前も、楽しみな訳?」
「え?」
「女って、仕事出来て顔が良い男には、興味が湧くモンだろ? だから、陽葵も興味あんのかなって⋯⋯」
飲み始めてから約一時間ちょっと経ち、昼間満留から聞いた話を一之瀬にしてみると、私がどう思っているのかを酷く気にしているようだった。