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私の右手がドアにかかった辺りで、私が今行わんとしていることに気付く。
私は確実に小指の部屋に向かおうとしていた。
廊下を進み、突き当りを曲がった先。
小指の部屋は一番奥にある。それは頭に入っていたのに。
私が入ろうとしている部屋は、花芽の部屋だ。
あの最下層に続く通路がある部屋。
むしろ、その通路を使う以外で花芽の部屋なんて入らない。
疲れてるのかな、なんて思って、身体の方向を変えようとしたのだが、不思議なことに体に力が入らず、私の体は誰かに操られているように制御が利かなかった。
誰か助けて、と何回も言っているはずなのだが、口も全く動かず、ものすごい圧力で体が動かせない感覚が、身体の全ての器官に襲い掛かっているような感覚だ。
私はドアを開ける。冷汗すらも出ず、なんなら呼吸もしていないんじゃないかと思うようなくらい生きている気がしない。
私は今痛いのか?怖いのか?苦しいのか?辛いのか?それとも、もうそんなこと一切感じず諦めているのか?
いや、私は諦めない、でもありえないくらい苦しくて……という流れを何回も繰り返している。
5秒毎に体を動かそうとする→諦めるを何度も繰り返し、しばらくして抗っていることはとっても無駄なことだと気づいた。
そんな簡単な事に気付けないほど私の脳は弱っていたのか。でも諦めたくは……
私は階段を下り始める。
すると私の体に異常事態が発生した。もう十分異常だけど。
尋常じゃないくらいの吐き気が私を襲う。
重力が反転したのかと思うほど視界が安定せず、普段の私なら座り込んで吐いているんだろうが、今の私はまるで無機質なロボット。
一切立ち止まらず一定の速度で進んでいく。例え私がとても苦しかろうと。
私からすると視界が終わってるのでもはやどこを歩いているのか分からないのだが、私を動かす大きい力はそんなこと気にせず歩き続ける。
胃が360度回っているような感じで、なんならそれ以外の臓器もひっくり返っているような。
元から圧力による頭痛が酷く、余計に体調を悪化させていて、私は歯が折れるほどの歯ぎしりをしてなんとか耐えている。
血の味がする。舌を嚙んだのか歯が折れたのか。頭が本当に割れてしまったのか。全て当てはまる可能性もあり、今ならどれほど酷い状況になっても私は進み続けるであろうという確信がある。
ふと、後ろから足音が聞こえた。
足音は沢山聞こえる。一人では出せないだろう。
何やら話し声も聞こえるが、絶賛体調不良の私にとっては頭に響くノイズでしかない。
私を助けに来ているなら、もうどうせ助からないだろうから、今すぐにでもその煩わしい雑音を止め、私の周辺からいなくなってくれ。
私はついに階段を下り終わる。
その頃には私の体はすでに限界だった。
五感が伝えているのは、私はもう何回も亡くなっていていいほどの苦痛を味わっているということ。
歯で残っているものはほとんどないと言っていいだろう。舌も何回も噛みすぎて血の味以外を忘れてしまった。
理由はよくわからないが、爪がバキバキに割れて、所々残っている赤色のネイルが血みたいで余計に嫌だった。
中には、爪が割れているところからきている流血もあるんだろうが。
私の体は、さっきまで向かっていた方と同じ方向に向かった。
ネームドが何人か見えるが、それが誰かまでは分からない。
一つ言えるのは、全員が祝福している。拍手をしている。私に向かって。
何か問いかけてくれている人もいる。笑顔で。私はこんなにも苦しんでいるのに。
ああ、もうこれ以上私に情報を与えないでくれ。
今の私は、全ての情報を苦痛に変える力がある。
だから、私に問いかける声、私の視界内に入るすべての物、それらが私の苦痛に変換される。
ずっとさっきから痛いんだ。苦しいんだ。解放してくれ。誰か殺してくれ。
今の私なら何をしでかすかわからない。何をしているのか自分でもわからないから。
右手が何かに触れた。何かを動かした。
別の部屋に来たらしい。
私は突如立ち止まる。
止まったせいで余計に痛みがこみあげてくる。
私は蹲る。
何回も何回も叫んで、その都度血を吐いて、ガンガン痛む頭を必死に抑えて、無い歯で歯ぎしりをして、
痛みに必死に耐えるために無い爪で頭をかきむしる。爪の部分からむき出している肉に髪の毛が入って余計痛んで、それに絶望の雄たけびを上げる。
急に、私は何かとても嫌なものを吐き出しそうになった。
これを吐き出してしまったら、人間として駄目になるだろうし、私がもう完全に私じゃなくなるだろうという確信をもたらすもの。
でも、もうすでに私の体は私の物じゃないから、吐くことを止めるなんてできない。
口を押えていた左手を、痙攣を抑えながら取り外し、それに向かいそのとても嫌なものを吐き出す。
口から食堂の奥まで繋がっている管を、私の意志に関係なく噛みちぎり、その痛みに絶叫した後、ほんの少しだけ体から異物感が消えたような感じで、うがいをしたようなどこか爽やかな気持ちになり、その異物をじっと見つめる。
茶色と黒色が入り混じったような色で、私の血液でコーティングされたそれを、人間はおそらく臓器と呼ぶのだろう。
臓器の中で何なのかは分からなかったけれど。人間はやはり困難だ。
その安息もつかの間、再び私は吐き気に襲われ、次々と臓器と呼ばれるものを吐き出す。
その都度、身体の奥の方が火あぶりにされているかのような熱さに襲われ、私は涙を流しながら獣のような叫び声をあげる化け物と化していた。
15くらい吐き出した後だろうか、吐き気がふと収まった。
私は、なぜか理由は分からないが「勝った、やり遂げた」という気持ちになり、視界も回復していたので、単なる興味で鏡の方へ向かった。
鏡に映る私は、見事に”生まれ変わり”、血にまみれた手はごつごつとしている男性の手に変わり、髪の毛は白髪になっていて、
顔立ちはすっかり大人になり、しっかりと神器としての役目を果たせたようだ。
私は神化人に全てを捧げて無くなれる。
私は神化人の器として永遠の時を過ごせる。
私は神化人として民を導く指標になれる。
私は神化人だ。もう人間なんかじゃない。むしろ戻りたくもない。
私は神化人だ。私は神化人だ。
私は猫手小判としての人生を終了し、神器として、いや神化人として、生まれ変わった。
私は、付喪憶清天だ。
”研究を続けさせなくてはならない”。
*
「おい、あいつガチで止まんないんだけど!!」
「私ならともかく、木更津さんでさえ追いつけないとは、なんて凄いスピードなんでしょうか」
「それよりあいつ、さっきから声かけてんのに全然返事しねえし!どうなってんだ……!」
「神器となるとあれか……?いやただの神化人にそんなこと出来るはずが……」
「……とりあえず全力ダッシュ!!」
何があったのかというと、少し前、猫手が花芽の部屋のドアを開け、そこを目撃した俺と指揮は怪しいぞ、と思い猫手を尾行することにした。
そこで、猫手が通路に差し掛かって半分頃、俺達も通路に入ったのだが、血と吐瀉物をまき散らしながら全力で猫手がダッシュしていて、ちょっと流石に尾行どころの話じゃねえと思い、今は全力ダッシュで追いかけている。
俺も正直高1のテニス部が全力ダッシュすれば4浪に余裕で追いつけるだろと思っていたのだが、なぜか追いつけなかった(というより人知を超えた速度だ)。
前述した通り、猫手は吐瀉物と血液をまき散らしながら走っていて、まあ酷い状況で、俺も指揮も走るのに疲れ始めていた。
しかも、猫手のインパクトのせいで忘れがちだが、俺達は最下層に向かい全力ダッシュしている。
あんだけ前回こそこそしてもネームドにバレかけていた最下層を、猫手ー!とか叫びつつ全力ダッシュしている。
最下層にいる奴には絶対にバレてしまうというのを、俺達は失念していた。
「……見失っ……ちゃいましたね」
「そーだな……マジでどういう速度なんだよ……俺テニス部のエースなのに……」
「猫手さんは……無事でしょうか……?」
「無事ではないだろ……」「でしょうね……」
「猫手さんなら役目を全うした、って感じっすかね」
「……え?」
「音端さん……?」
「そうっすけど。猫手さんは、さっき死体安置所に行って、その中で神器としての役目を果たしたって言えば、指揮さんには伝わると思うんすけど、どうっすか」
「……まあ、私は分かりましたが。それより、貴方には何があったんですか?」
「色々あったんすよ。説明するのが難しいくらい。までも、僕は星斗さんと指揮さんの味方っすよ」
第二ゲーム以降からいなくなっていた音端と合流した。
ネームドじゃなくてよかったと思う。声かけられたときはビビったけど。
最下層にいるっていう読みも当たっていて、音端も特に外傷はなく無事そうで、動ける参加者が俺と指揮だけってこともなく、しかも最下層にいたおかげで色々知ってるっぽいし、強力な味方になりそう、なんて平和ボケしていたのだが、
俺はそんな考えと真逆のセリフを放っていた。
「俺、お前に……星斗って名前だったってこと言ったっけ」