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「おはようございます」
由樹はいつも通りすでに席についている篠崎に向けて言った。
「おお」
篠崎もいつも通り由樹を見上げる。
脇にある窓から朝日が差し込んで、篠崎のアッシュグレーの髪の毛をキラキラと照らしていた
「…………」
その姿を見て、由樹は大きく深呼吸した。
「どうした」
篠崎がふっと笑う。
「……いえ」
由樹は微笑み、鞄と携帯電話をデスク脇ではなく、昨日のイベントの衣装やら小道具やらで散らかったデスクの上に置いた。
ホワイトボード歩み寄り、マーカーを手に取ると、予定表にそれを走らせた。
【天賀谷(展) 14:00】
「あれ?お前天賀谷に行くのか?」
それを見ていた篠崎が首を傾げる。
「はい、ちょっと秋山さんに呼ばれていて……」
「そうか。高速使うか?ETC許可出すぞ」
「あ、いえ。下道で行きます。天気いいし道路も混んでないと思うので」
由樹は話しながら鞄を持ち上げた。
「14時くらいには帰ってこれると思いますので」
「わかった。気を付けろよ」
篠崎が由樹を見上げる。
由樹は彼に向けてまっすぐに立つと、頭を下げた。
「……行ってきます!」
鞄をぐっと持ち上げ、靴を履き替えると、由樹は事務所の扉を開け外に出た。
結局、開発部のことは、篠崎には言わなかった。
でもこの話を引き受けて、由樹がセゾンエスペースの家作りに貢献できたなら、お客様の幸せに関われたなら、きっと喜んでくれると思う。
―――少しでも篠崎さんの役に立ちたい。
別れても、
離れても、
これからも、ずっと――。
篠崎は新谷を見送ると、パソコンに目を落とした。
「新谷君、秋山さんに呼ばれてるってなんでしょうね?」
渡辺が首を傾げる。
「さあな。まあ支部長は営業と不定期に面談するからな……」
話半分で聞いているふりをしながら、篠崎はシステムで天賀谷展示場のページを開いた。
――確かに気になる。
面談は、大体、昇進や異動が絡む2月か7月と時期が決まっている。
そもそも新谷はペナルティの危機を脱したばかりで、昇進とは今のところ縁がないはずだ。
異動するにしても、八尾首にきてまだ2年も経っていないし、現状この展示場は営業の数が足りているとは言えない。
(何の話だ?)
開いたページには赤い文字で、今月から林がペナルティになっていることが表示されていた。
このまま2ヶ月受注がないか、半年で2棟以上売らなければ、いよいよ解雇ということになる。
「あーあ。また林、ペナルティになってるよ」
思わず呟くと、渡辺が意味深に見上げてきた。
「……なんだよ?」
「あ、いえ。やっぱり新谷君がなんで呼ばれたのか、気になるのかなーと思って」
「……はっ。馬鹿言え」
鼻で笑いながらも秋山のスケジュールを見る。
AM 面談
PM 銀行 現場周り 大工契約
「…………」
この簡易的なスケジュールを見る限り、新谷とは“面談”をすることしかわからなかった。
ページを閉じると、また林の名前が赤い枠で表示されているトップ画面に戻った。
紫雨は何もしてやらないのだろうか。
自分は新谷のアプローチ練習に何時間でも付き合ってやったし、地盤調査に同行し、客に直接話して聞かせた。
それは恋人としてやったことではない。上司として、だ。
彼を心から応援している同士として、だ。
そしてそれは、これからもずっと変わらない。
新谷がどんな相手を選ぼうが、どんな未来を歩もうが、ずっと隣で見守っていく。
仕事でもそれ以外でもいろんな壁にぶつかるであろう彼に、恋人としてではなくても、自分にしてあげられることは、これからだってあるはずだ。
新谷。
俺はお前を、
見守り、想い続ける。
篠崎は首を回しながら、なんとはなしに窓を開けた。
新谷が向かったであろう南の空は、今の快晴が嘘のように黒い雲に覆われていた。