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「どうしたの?」
そう言いながら私の視線を追った美野里は意外そうな顔をした。
「須藤さんこっちに来るみたいだけど、どうしたのかな?」
「し、知らないけど」
今まで彼が私に近寄って来たことなんてなかったのに。
内心慌てていると、須藤さんは私と美野里の前で足を止めて、その端正な顔に爽やかな笑みを浮かべた。
「青山さん」
わ、私に用なの?
ドキリと心臓が跳ねるのと同時に、顔に熱が集まって来る。
まずい! これは赤面してしまう前触れだ。
私は動揺を隠す為、一度須藤さんから視線を逸らして立ち上がる。
「はい」
緊張のあまり声が震えてしまった。
「青山さんが出勤する前に、若生屋から電話が有ったんだ。折り返しして貰えるかな?」
若生屋は私が担当している中堅菓子メーカーだ。
若生屋で販売しているお菓子のオマケをうちの会社が卸しているのだけどわりと好評らしく、最近は注文が伸びていてよく連絡が来る。
「すみません。電話に出て下さったんですね」
「朝早くにかかって来たから、出社している人が他に居なかったからね。はい、これメモ。一応渡しておく」
須藤さんはそう言うと、私の手の平に付箋紙を一枚そっと置いた。
クリーム色の付箋紙には読みやすい文字で若生屋の電話番号と担当者名が書かれている。
私がメモに気を取られている間に、須藤さんは自分の席へ戻って行ってしまった。
須藤さんがもう戻って来ない事を確認すると、私はどさりと椅子に座った。
「はあ……緊張した」
まだ心臓がドキドキしてる。
朝からなんて刺激的なんだろう。
ほう、と息を吐いていると、それまで黙っていた美野里が嗜める様な口調で言った。
「花乃、今の態度は良くないよ」
「え?」
怪訝な顔をした私に、美野里は声を潜めて言った。
「今の態度じゃ須藤さんに誤解されるよ? 花乃の態度凄く素っ気無かったし冷たかった。赤面症を気にしているのは分かるけど、このままじゃよくないよ」
う……確かに自分でも可愛げの無い態度だとは思ったけど。
「私……そんなに酷かった?」
おっとりした美野里が眉を顰めてしまう程、側から見た私って冷たくて感じが悪いの?
「うん。須藤さんも戸惑ってたよ。嫌われる覚えはないんだけどなって、思ってたんじゃないかな?」
そ、そんな……須藤さんを嫌いになんてなる訳ないのに。
と言うか、絶賛片思い中だって言うのに……初めての会話が大失敗だなんてあんまりだ。自分が悪いんだけど。
始業のベルが鳴り、美野里は自分の席へ着くため、離れて行った。
私も落ち込みながら、仕事の準備を始める。
今日は、営業マンに頼まれた見積書を何枚か作ったあとに、九月検収処理の最終チェックをしなくちゃいけない。
中間決算に当たる九月締めは普段よりも処理が多いと言うのに、須藤さんのことばかりを考えてしまって集中できない。
須藤さんは普段は外回りが多いんだけど、今日はなかなか外出しないで社内に居るものだからなおさらだ。
つい気になって目で追ってしまう。
打ち合わせをする真剣な姿。
同僚に話しかけられた時に見せる爽やかな笑顔。
電話をしている時は珍しく少し怒った顔をしていた。何かトラブルが有ったのかな?
分からないけど、怒って眉間にシワを寄せた険しい顔も素敵に見える。
ああ……私、やっぱり須藤さんが好き。
沙希と美野里は告白してくれた人と付き合ったら? なんて言ってたけど、須藤さん以外は考えられない。
須藤さんと話せる様になりたい。仲良くなりたい。
そしていつか……恋人同士になれたらいいのに。
昼休みになると直ぐに、沙希と美野里と三人で食事に出た。
会社近くのカフェに入り、それぞれ好みのものを注文すると、私は二人に宣言した。
「考えたんだけど私やっぱり好きな人としか付き合えない。須藤さんと付き合えるように頑張るから」
勢い込む私に、二人は呆気に取られた様な顔をして溜息を吐き、まずは沙希が口を開いた。
「決意は分かったけど、大丈夫なの? 須藤さんはかなり競争率高いよ」
美野里も困った様な表情で頷く。
「今朝のような態度だと同僚としても仲良くなれないんじゃないかな?」
二人に否定され、盛り上がっていた私の気持ちは早くもしぼんでしまいそうになる。
付き合いたいって希望は有っても、今のところ上手く行きそうな可能性はほぼゼロだもんね。
でもここで諦めていては何も始まらない。
気持ちを切り替えていかないと!
「私だって今のままじゃダメって事はよく分かってるよ。だからまずは須藤さんと普通に話せるようにしたいと思って……その方法は考え中だけど」
同じフロアで仕事をしていても、業務上直接関わりが無いから、きっかけがなかなか難しい。
今朝滅多に無いチャンスを台無しにしてしまったばかりだし。
悩んでいると、何かを思いついたのか沙希が顔を輝かせて言った。
「飲みに行こうって誘ってみればいいんだよ。須藤さん付き合いはいいらしいから」
「飲みに? でもいきなりプライベートの誘いって図々しくない?」
歓迎会や忘年会ならともかく個人的な飲み会だもんね。
全く親しくないのに誘っていいものなのか……。
勇気を出して誘ったとして、応じてくれるのかって不安も有る。
それにもし上手くいって飲みに行けたとしても、初めから二人きりじゃ須藤さんも気まずいんじゃないかな?
なんか下心丸出しって感じだし、そもそも私がまともに会話出来るのか……やる気は有っても自信が全くない。
初回からひとりはどう考えても心細い。
大人の女の発言とは思えないけど、まともな恋愛経験ゼロの私としてはいろいろと不安で仕方ない。
「ねえ……須藤さんとの飲み会、沙希と美野里も来てくれない?」
意気揚々と須藤さんと付き合いたい宣言をした割に、早くもへたれた発言をしている気まずさからおずおずとお伺いを立てる。
そんなの二人で行けって呆れて言われるかと思ってたけど、意外な事に沙希は機嫌良く了承してくれた。
「いいよ。須藤さんには私から声をかけるよ。花乃に任せておいたらグダグダ言って時間かかりそうだし」
「え……本当に?」
何、そのサービスは?
ドライな沙希にしては珍しい親切心に驚いていると、彼女はニヤリと不敵に笑う。
「その代わり、花乃の幼馴染との飲み会のセッティングよろしく」
「ええっ?!」
「いいでしょ? お互い協力すれば」
渋る私に沙希はすまし顔で言う。
……仕方無い。気は進まないけれど、須藤さんと飲みに行けるなら、大樹へ一度頭を下げるくらいどうって事ないはず。
考えるとげんなりしちゃうけど頑張らなくては。