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壁外調査が行われる数日前──
エレンはハンジ分隊長の指示の元、
枯れ井戸の中で巨人化の実験を行っていた。
自我のない巨人になったとしても、
井戸の中であれば拘束が可能。
エレンは覚悟を決め、
いつも通り手の甲を噛み切った。
しかし──
彼は巨人化出来ないどころか、
自身で噛んだ傷すらも治らなかった。
「お前が巨人になれないとなると、ウォール・マリアを塞ぐっていう大義もクソもなくなる。」
「命令だ、何とかしろ」
リヴァイの冷ややかな一言が、浴びせられた。
その状況を見た班員たちは、
エレンが気を落とさぬよう声を掛ける。
エレンが巨人化出来ない状況が続く事は、
調査兵団にとって大きな打撃だ。
しかし班員の声には、どこか安堵したような、
そんな感情が含まれていた。
エレンはこの状況に疑念を抱きつつも、
紅茶を飲もうとスプーンを持ち上げる。
カラン
手の甲を噛み切った傷が疼き、
地面に落としてしまった。
(落としちまった、拾わねぇと)
そして何気なく、そのスプーンを拾おうとした
その瞬間──
ドカンッ
衝撃的な爆発音が鳴り響き、
辺り一面に蒸気が蔓延する。
「……!?」
爆発した所から少し離れた位置で、話し合いをしていたレイとリヴァイが振り向く。
(これは、まさか……)
爆発が起きたその瞬間、2人は即座に動いた。
蒸気が晴れるとそこには──
巨人の腕だけを顕現させた
エレンの姿があった。
「なんで今頃……!」
エレンが呼吸を荒くしながら叫ぶ。
「落ち着け」 「落ち着いて」
「リヴァイ兵長!レイさん!これは……」
背後から2人の声がし、
エレンが咄嗟に振り返る。
その瞬間、エレンの目には
衝撃の光景が飛び込んできた。
「落ち着けと言ってるんだ、お前ら。」
自分に向けられた無数の刃と憎悪の眼差し。
それを制止するリヴァイとレイ。
彼の呼吸が止まった。
「エレン、どういう事だ!」
「なぜ今許可もなくやった!答えろ!」
「エルド待て」
冷静さを欠くエルドを、リヴァイが制する。
しかし 他の班員も正気を失い、
口々にエレンに言葉を投げつける。
「答えろよ、エレン!どういうつもりだ!」
「いいや、それは後だ!」
「俺たち、いや人類に
敵意がない事を証明してくれ!」
「早く!お前にはその責任がある!」
殺意剥き出しでエレンに近づく、
オルオとグンタ。
「2人とも落ち着いて」
レイはエレンを守る形で、2人を止める。
「その腕をピクリとでも動かしてみろ!
その瞬間、お前の首が飛ぶ!」
「オルオ!レイの言葉が聞こえなかったのか!」
「落ち着けと言っている!」
今にも襲いかかりそうなオルオに、
すかさずリヴァイも声を少し荒あげ止める。
「兵長、レイ!エレンから離れてください!
近すぎます!」
「ペトラ、大丈夫だから落ち着いて。」
「どうして大丈夫だなんて分かるの!?
危ないから離れて!」
焦りを顕にするペトラを、
レイは鋭い目つきで牽制する。
(……皆、明らかに気が動転している)
彼女は皆の様子を伺いながら、
この状況を収拾する手立てを模索する。
「離れるのはお前らの方だ、下がれ」
「兵長まで……何故です!?」
「俺の勘だ。そして恐らく、こいつも同じだ。」
リヴァイはレイを顎で指した。
しかし、2人の声は班員に届かない。
皆はエレンに答えを迫り、脅しをかける。
エレンも訳が分からず、目線を泳がせた。
「皆、とにかく落ち着いて。この状況を恐れる気持ちも分かる。けれど必要以上にエレンに迫りすぎ。」
「……レイ!お前は黙ってろ!!」
制止するレイに、エルドが怒鳴る。
その瞬間、リヴァイの鋭い眼光が
エルドを睨みつけた。
「落ち着けと言っているのが分からないのか?」
「っ……」
リヴァイの威圧感に、エルドが言葉を失う。
その間も、
残りの班員はエレンも責め続けていた。
そして──
「っ……ちょっと、黙っててくださいよ!!」
遂にエレンが大声を上げた。
その声で沈黙が走り、
班員たちはブレードを握る手に力を込めた。
その時、少し離れた所から
ハンジの嬉々とした声が聞こえた。
「エレーン!その腕触っていーい!?」
興奮気味に近寄ってきたハンジは、
エレンの巨人化した手を握った。
「あっ……つーい!!これすげぇ熱い!!」
温度差による影響か、巨人の手から蒸気が発生し、その反応にハンジは更に高揚した。
そんな様子を班員たちは、
呆気にとられたように見つめていた。
「ねぇ!エレンは熱くないの!?その繋ぎ目!」
彼女の問いに、エレンはハッとした。
(そうだ……さっさとこの手を抜いちまえば……)
力の限り、
巨人本体と繋がっている腕を引っ張った。
「っ……エレン、無茶はしないで」
引き抜く際のエレンの呻き声を聞き、
レイは心配したように声を掛ける。
しかし、唐突なエレンの行動に、
慌ててオルオが声を荒らげる。
「……お、おいエレン!妙な事するな!」
その声には耳を貸さず、エレンは巨人化した本体から腕を引き抜いた。
「……って、エレン!早すぎるって!
まだ調べたい事が……!!」
ハンジが焦ったようにドタバタと動く。
だが何かを見つけ、彼女はそれに集中した。
「……調子はどうだ、エレン」
呼吸を荒くするエレンに、
リヴァイが声を掛けた。
「……あまり、良くありません」
そう告げたエレンの顔色は、
少し青ざめていた。
レイは倒れ込むエレンに肩を貸し、
そのまま一同は旧本部へ戻った──
━━━
その夜、旧本部の地下室
エレンとリヴァイだけがいる空間で、
エレンは重い口を開けた。
「実際に敵意を向けられるまで、気づきませんでした。」
「あそこまで自分は信用されていなかったと…」
リヴァイは落ち着いた様子で答える。
「……当然だ。俺もエルヴィンたちも、そういう奴らだから選んだ。」
彼は淡々と話を続けた。
「生きて帰って初めて1人前ってのが、調査兵団の通説だが、巨人と対峙すれば常に情報不足。」
「いくら考えても、何一つ分からない状況が多すぎる。ならば迅速な行動と、最悪を想定した非情な決断が必要だ。」
「とは言っても、血も涙も失った訳では無い。お前に刃を向ける事に、何も感じないって訳にはいかんだろう。」
その言葉を聞き、エレンは視線を落とした。
「……そう、ですよね。ただ、何故レイさんは俺を信じてくれたんでしょうか、」
あの時リヴァイの他に、レイも皆の制止に加勢していた。
「……さぁな。これといった理由はないだろうが、善悪を判断する勘は人より長けている。」
「その勘が、お前は敵じゃないと判断したんだろう。」
リヴァイとレイは地下街で育ち、いつも嘘や偽りに塗れた世界で生きてきた。
そんな世界で生き残るには、人の善し悪しを即座に見抜き、自分に利がある存在かどうかを判断しなければならない。
その経験則に基づき、2人は冷静に状況を把握し、エレンを守ったのだ。
「……それにあいつは、俺と同等レベルの腕前だ。何かあった時は、即対応が出来る。」
「例えお前がいきなり襲いかかって来ても、俺たちには対処する力がある。それだけだ。」
淡々と述べるリヴァイを見つめ、
エレンが呟く。
「……レイさんを凄く信頼されてるんですね」
リヴァイは、肯定も否定もしなかった。
しかし、リヴァイの表情は、
いつもよりほんの少し柔らかかった。
その時、モブリットが2人を呼びに来た。
「リヴァイ兵長」
「ハンジ分隊長がお呼びです。」
2人は、皆が集まる部屋に足を運んだ。
━━━
2人が部屋に着くと、
ハンジは徐にティースプーンを取り出した。
ハンジ曰く、エレンの巨人化した手には、
このスプーンが握られていたという。
また、スプーン自体に熱や圧力による変形は見られず、綺麗な状態が保たれていた。
ハンジがエレンに問いかける。
「なにか思う事はない?」
エレンは少し考えるようにし、口を開けた。
「確かそれを拾おうとして……
巨人化はその直後でした。」
ここで、1つの仮説が立つ。
巨人を殺す、砲弾を防ぐ、岩を運ぶ、
スプーンを拾う。
いずれの状況も、巨人化をする前に
“明確な目的” があった。
「恐らく、自傷行為だけが引き金になっている訳ではなくて、何かしらの目的がないとダメなのかもね。」
「……確かに今回の巨人化は、砲弾を防いだ時の状況と似ています。」
「けど、スプーンを拾う為に巨人になるなんて……。何なんだこれは」
エレンのやるせない呟きに、皆が口を噤む。
そして一瞬の沈黙があった後、
グンタが口を開く。
「……つまり、お前が意図的に許可を破った訳では無いんだな?」
「……は、はい!」
その返答を聞き、リヴァイ・レイを除く、
特別作戦班の4人が頷き合う。
次の瞬間──
4人は自身の手の甲に噛み付いた。
エレンやハンジが動揺する。
「……ちょ、何やってんですか!!」
その様子を、
リヴァイとレイは静かに見つめていた。
「……これはきついな」
「……エレン、お前よくこんなの噛み切れるな」
「俺たちが判断を間違えた。そのささやかな代償だ。だからなんだって話だがな……」
エルドとグンタが、エレンに話しかける。
エレンは状況を飲み込めていないのか、
まだ困惑していた。
そんなエレンに向かい、
オルオがぶっきらぼうに言葉を投げる。
「っ……お前を抑えるのが俺たちの仕事だ!」
「それ自体は間違ってない……調子に乗んなよ!ガキ!」
せっかくの行動を棒に振るな、
と言わんばかりに、レイがオルオを小突いた。
そして、最後にペトラが思いを伝える。
「ごめんね、エレン。私たちってビクビクしてて、マヌケで失望したでしょ。」
「でも、それでも……私たちは貴方を頼るし、
私たちを頼って欲しい。」
「だから、私たちを……」
“ 信じて─── “
━━━
エレンはペトラの言葉を思い出す。
そして口元から手を離し、躊躇した。
その時、リヴァイの鋭い声が飛んでくる。
「エレン!!遅い、さっさと決めろ!!」
エレンは迷う心を押し殺し、選択した。
「っ……進みます───!!」
エレンの選択を聞いた
班員たちの表情が変わる。
選択した直後も、
背後からは戦う兵士の叫びが聞こえる。
自身のした選択が正しいかは分からない。
しかしエレンは、この選択が正しいと信じて、
己の無力さを悔いながらも、目を瞑った。
すると、
女型の巨人が体勢を低くし、加速を始める。
「目標!加速します!」
「走れ!このまま逃げ切る!!」
リヴァイの号令と共に、
班員たちもできる限り速度を上げる。
(……このまま逃げ切るのは不可能だ。)
(……このままだと、皆ぺちゃんこになる。)
エレンは選択をした。
それでも、この悪状況は変わらない。
だけど──
(リヴァイ兵長は前を見続けているし、先輩たちも兵長を信じて全てを託してる。)
(……俺も、彼らを信じるんだ。)
(彼らが俺を、信じてくれたように──)
女型が目の前まで迫り、呼吸が止まる。
エレンが捕まりそうになった、その瞬間。
「撃て────!!!!」
エルヴィン団長の号令が、森に響き渡る。
そして、女型には無数の槍が突き刺された。
リヴァイを除く、班員全員が息を呑む。
「少し進んだところで馬を繋いだら、
立体機動に移れ。」
「俺とレイ、それ以外は一旦別行動だ。」
その指示を聞き、レイは小さく頷く。
「班の指揮はエルドに任せる。」
「適切な距離でエレンを隠せ。馬は任せたぞ」
その声と共に、リヴァイは立体機動に移った。
「私は兵長に着いて、女型の様子を見てくる。
その間、エレンをお願いね。」
「私の馬は……ペトラ、貴方に任せる。」
レイはペトラを見つめ、優しく微笑む。
「分かった。レイ、気をつけて。」
「うん、ありがと。」
レイは馬から腰を浮かし、
立体機動に移る準備を整える。
そして飛び立とうとした、その瞬間。
ペトラの頭をくしゃっと撫でた。
「ペトラ。あの時も今回も、エレンに私たちの気持ちを伝えてくれてありがとう。」
「この調査が終わったら、また一緒に帰ろう。」
そう言い残し、リヴァイの後を追うように、
立体機動で女型の元まで戻って行った。
彼女の姿が見えなくなる直前、
ペトラは小さく呟いた。
「……また子供扱い」
「それに一緒に帰ろうだなんて。
そんなの、当たり前でしょ」
レイが触れた際に乱れた髪を直しながら、
子供扱いをされた事に不満を零した。
しかし彼女の顔には、
確かに笑顔が浮かんでいた。
そして2人が飛び立って数秒、
ようやっと状況を理解したエレンが口を開く。
「……まさか、あの巨人を生け捕りに…?」
周りを見渡すと、
他の班員の顔にも安堵の色が浮かんでいた。
「どうだエレン、見たか!
あの巨人を捕らえたんだぞ!」
「これが調査兵団の力だ!舐めてんじゃねぇぞこのバカ!どうだ、分かったか!」
グンタとオルオが、興奮気味に叫ぶ。
「……はい!!」
エレンの顔色も明るく、
緊張の中にも勝利の笑顔が溢れていた。
調査兵団は、女型の動きを止める事に成功。
リヴァイ・レイを除く班員たちは、森のさらに奥へ進み、巨人との距離を取ったのだった──