相手は明らかに不満げな態度を取っていた。それでも無視することにした。?「仕方がありませんね」と彼女は言った。どうしようもないほどに苛々していた。何に対して? 目の前にいる彼女の存在全てにだ。彼女は自分のことを天才だと思っているようだった。少なくとも彼自身はそのように思い込んでいるらしかった。しかしそんなことは知ったことではなかった。自分がどれだけ努力してきたかを、自分は知っている。自分以外の誰も知らないだろう。それだけではない。彼は何かというとすぐ人を見下すような態度を取る。傲慢な性格をしているのだ。それが気に入らない。何故なら彼女は他人を見下すことでしか優越感を得ることができないからだ。そしてそのことを自覚していない。他人の気持ちなど考えたこともないに違いない。だからこそ見ていて腹立たしいのだ。彼はこちらが何も言わないことをいいことに勝手に喋り始めた。まるでこっちが悪いかのように責めてくる。どうしてこんな奴が生きていられるんだろうと思った。彼女の話を聞いているだけで気分が悪くなる。もう二度と会いたくないと思っていた。それなのに偶然出会ってしまったのだ。最悪なことに向こうから話しかけてきた。しかも馴れ馴れしく肩に手を置いてくる始末である。嫌気がさしたが振り払う気力もなかった。彼女はしつこく質問してくる。正直うんざりした。何を答えればいいのか分からなかったし適当にはぐらかすことにした。それからしばらくは沈黙が続いた。やがて彼女は不機嫌になったようだ。だがそれはお互い様だったので特に罪悪感はなかった。しばらく歩いた後に彼女が唐突に口を開いた。?「あなたは私が嫌いなんですか?」その問いに対する明確な回答は既に用意してある。?「もちろん好きではありませんよ。むしろ大嫌いです」と素直に伝えた。ところがどういう訳か彼女は嬉しそうな表情を浮かべているではないか。?「やっぱりそうでしたか!」何が嬉しいというのか理解に苦しむ。やはり人間の考えることは分からないものだ。しかしこれ以上関わりたくなかったので足早に立ち去ることにする。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!