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自身のオフィスに戻ったとき、たくさんの素晴らしい絵画を見たことで、結の心は満たされ温かい気持ちになっていた。
デスクの上に置かれていた郵便物に気がつき一通ずつ見ていくと、「小塚結様」という文字だけが書かれた白い封筒があった。不審に思いながら裏返すと差出人の名前もなく、封は開いていた。恐る恐る中を見た結は思わず叫び声を上げそうになった。
「お母さん…?」
封筒に入っていたのは一枚の古びた写真。そこに映っていたのは、結の母の花江の姿だった。そして花江の隣で笑う小さな男の子の姿があった。
「誰…?」
実家の近くに住んでいた子だろうか。両親どちらの祖父母にも会ったことがなく、親戚やいとこたちとも縁がない結には、この男の子に全く心当たりがなかった。眉毛の上で切り揃えられた癖っ毛な前髪が印象的な子だ。写真を裏返すと「お母さんとりんたろー」と書かれた子供の文字があった。
りんたろー。
聞いたこともない名前だ。写真に写っているのは確かに花江だと思うが、今とは随分雰囲気が違って娘のように見えた。随分前に撮られた写真のようだ。
「まさか隠し子?」
数分前まで温かい気持ちになっていたのに、写真を見ていると身震いが止まらなかった。そこへ響いた扉がノックされる音に飛び上るほど驚き、結は慌てて写真をデスクの引き出しにしまった。
部屋に入って来た工藤は、ひどく慌てている様子だった。
「どうされました?」
目を丸くして結が聞いた。
大学を出たばかりの小娘がホテルの代表になったとき、それまで貴一の秘書だった工藤を貴一は結の秘書にした。工藤は、どんなときでも笑みを絶やさず温厚な話し方をし、どんなトラブルにも冷静に対処をすることができる。工藤から学ぶことは多く代表として仕事をしていく上で心強い秘書であり、師でもある頼れる人物だった。その工藤が慌てているなど珍しい。
「どうかしましたか?」
椅子から立ち上がった結は、デスクを回りながらもう一度聞いた。だが、結の顔を見た工藤が聞き返してきた。
「代表こそどうかされましたか? 顔色が悪いような気がしますが」
「私のことは気にしないでいいの。それより何かあったのでしょう? 言ってください」
「それがですね…、フロント係が見つけたお客様のお忘れ物だと思うのですが」
先を促すように結は頷く。
「なんと申しましょうか…、あれは骨壺ではないかと思うのです」
工藤の言葉が理解できずに、はあ?と聞き返しそうになった。お客様の忘れ物だというそれは、結のオフィスと同じ階にある会議室に置かれているというので、工藤と共に向かった。そこでは二人の人物が待っていた。
「フロント係の鈴村涼子君です」
工藤が言う。鈴村涼子は五十代くらいの細身の女性で、ぴんと背筋を伸ばして身体の前で手を軽く重ねて、結が入って行くと丁寧に頭を下げた。
「事情を聞かせて。これがその忘れ物なの」
テーブルに置かれている物に、結は視線を向けた。
「彼はセキュリティ部門の者です」
きびきびとした口調で涼子が言うと、男性が軽く頭を下げた。だが、その間も彼の指はキーボードを操作し続けていた。
「今日の十四時頃のことです。最初に気が付いてくださったのは、一階のラウンジでお友達と待ち合わせをしていたというお客様でした。ふと視線を向けたテーブルの上にこれが置かれていたそうです。辺りを見回したそうですが、近くには誰もいなくて、それでフロントに知らせに来てくれたのです」
結は頷き、テーブルに置かれている物に再び視線を向けた。白い布の中に円筒形の物が入っているのがわかる。
どうして置いていってしまったのか。工藤は白い布の結び目を見つめながら考えていた。結び目に寄った皺、微かな汚れ。この持ち主は何度もこの結び目を握り締めたのだろう。それほど大事な物のはずなのに。
「開けちゃダメっすかね」
ずっとパソコンを操作していた彼が、顔を上げて軽い調子で言った。
「うちのじいちゃんが死んじゃったとき、ツボの蓋の裏にばあちゃんが、じいちゃんの名前とか命日を書いていた気がするんすよね。俺の見間違いかもしれないっすけど」
「そんなことできるわけないでしょう。バッグや財布ならまだしも。そうですよね代表」
涼子に話を向けられても、目の前にある物をどうすればいいかわからなくて、結は的確な指示ができなかった。
「だからあんたはダメなのよ」
彼の頭を指先で小突きながら涼子は言うが、その言葉は彼にではなく、結に向けられているようで結は何も言えなかった。
「彼に防犯カメラの映像を見てもらっているのですが」
パソコンの画面を指差す涼子に、結と工藤は揃って画面を覗き込む。
「あんた、この辺をもっと拡大しなさいよ」
「これが限界。できないものはできないの」
「この辺りを見てください」
画面にホテルのラウンジが映り、観葉植物の影から何かを抱えて現れた人影は、しばらくラウンジの椅子に座っていたが、テーブルから離れるときは何も抱えていないように見えた。けれど、その人影が男性なのか女性なのか、若いか年配者なのかこの画面からは判断できなかった。
「丁重に保管致しますのでご心配なく」
これで話はおしまい。そう言われているみたいだった。
コメント
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みぅです🤍🥀 第2話、一気に不穏な空気になったね…。お母さんの写真と「りんたろー」って名前、知らない男の子の存在がすごく気になる。それに骨壺の忘れ物…重なってくる感じがゾッとする。結の心が温かくなった直後に、また冷えていく描写が上手いなって思った。続きがすごく気になるよ🌙