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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「おはようございます」

「おはよう、蓮ちゃん」


翌朝、秘書室に初出勤すると、葉子はもう来て、お茶の用意をしていた。


「すっ、すみません。

いつもより早く来てみたんですが」


まだ早い方がいいようだ、と思い、時計を確認する。


「あら、違うのよ。

私はバスと電車の乗り継ぎの都合で、ずいぶん早くに着いちゃうだけなの」


気にしないで、と葉子は笑う。


「早めに来て、此処でお茶飲んだりして、くつろぐのが好きなの」

そこで声を落として、葉子は言った。


「此処では、いつも気を使ってばかりじゃない?


だから、此処で一人がお菓子とか食べたり、たまに本を読んだりして自由に過ごすと、なにかこう、やってやったっ、て感じがしてスッキリするの」


だから、早く来なくてもいいのよ、と言ってくれる。


ほんとやさしくて可愛い人だな、と思う。


自分もこんな先輩になりたいなと思ったが、派遣社員なので、いつ、違う会社に変わるかわからない。


残念だな、と思っていた。


「おはようございます」

と葉子が振り向き、挨拶した。


「おはようございます」


現れた脇田に深々と頭を下げると、脇田が笑う。


「おはよう、秋津さん。

渚にはともかく、僕にはそこまでかしこまらなくてもいいよ」


そこで声を落として―― だが、葉子も聞きたがっているからだろう、ちゃんと彼女に聞こえる声で、脇田は言った。


「夕べ、渚、いそいそと帰ってったけど、君んちに行った?」


蓮も気持ち声を落として言う。


「来ましたよ、菊の花を持って」


ぷっ、と葉子が吹き出した。


「なんで菊の花」

と葉子が言う。


「いや、それしかなかったそうです。

その前は、しきみで」


「それってあれじゃない?

共に墓に入るまで、一緒に居ようってプロポーズだとか」

と言って葉子は笑っている。


いや、あの人、意外となんにも考えてないですよ、と思っているうちに、渚が来た。


おはようございます、と三人が頭を下げる。


「おはよう」

と返す渚は特にこちらを見もせずに、行ってしまう。


仕事で頭がいっぱいのときは、私のことなど、丸投げですね、とちょっと恨みがましくその背を見送った。




昼休み、会食用に仕出し弁当を手配したついでに、自分たちの分も頼んだので、手が空いてから、秘書室で食べることになった。


「こういうのって見た目はともかく、味はいまいちなことが多いけど、此処のは美味しいですね」

と葉子に言うと、


「でしょー?」

と葉子は勝ち誇る。


それで一緒に頼もうと誘ってきたようだ。


「手配と言えば、夜になってから、コンビニで菊買ってこなくても、他の時間に手配しとけばいいような気がしませんか?」


そう花のことで、葉子に愚痴った。


菊やしきみに不満があるわけじゃなくて。


……いや、あるが。


一番の問題はそこではない。


「絶対、仕事終わるまで、私のことなんて、ケロッと忘れてるんですよ。


それで、暇になったから、急に思い出して、おお、忘れてた。

まあ、あいつにやるのなんか、この仏壇の花でいいかって」


「あの、蓮ちゃん、後ろ……」

と葉子が苦笑いした。


振り返ると、渚が立っていた。


「いや、その時間までお前のことを考えてないわけじゃないんだが」

と言ってくる。


いや……忘れてますよね、完全に。


わかっている。

そんな呑気な仕事でないことくらい。


「いいんですよ、別に」

ちょっと愚痴っただけです、と蓮は言った。


「それに、仕事してる渚さんはちょっと格好いいかなって思いますし」

「じゃあ、好きか?」


「……どうしてそう、結論を急ぐんですか」

と言うと、


「考えてるよ」

と渚は言う。

「仕事中もお前のことを。

早く会いたいと願ってる」


いや、会ってますけどね、今も、と思っていると、その考えを読んだように、

「いや、二人きりでだ」

と言ってくる。


だが、すぐになにか思い出したらしく、なにも言わずにさっさと社長室に戻っていってしまった。


これだからな、もう~と振り返り、見ていたのだが、扉が閉まった途端、

「やだーっ」

と葉子が叫ぶ。


き、聞こえますよ、と思ったのだが、休み時間だからいいのか、葉子は、かまわず叫んだ。


「いいじゃない。

いいじゃない。


正直言って、社長、幾ら男前でも、あんまり女性にマメじゃないから、結婚相手としては、どうなのかなって思ってたんだけど」


そんなこと思ってたんですか……。


「やだ、ちょっと録音しときたかったわ、今の。

そうちゃんにも言わせたい~っ」


「誰ですか、宗ちゃんって」

と言うと、


「浦島さんの彼氏だよ」

といつから居たのか、戸口に居た脇田が言ってくる。


「なんと、大学生」

「犯罪ですよ!?」


未来と同じくらいではないか。


大学生とは言っても、まだ小僧といった感じの子も多いので、落ち着いた葉子とは合わないのではないかと思ったが、そうでもないようだ。


「まー、たまに疲れるんだけどね。

なにもかもこっちにおんぶに抱っこだから。


でも、そんな中で、たまに、葉子さん、疲れたら、僕に寄っかかっておいでよ、とか言われたら、もう、貢《みつ》いじゃうーって感じなのっ」


「……貢いでるんですか?」


そこでいつものように冷静になって葉子は言った。


「いや、私は将来のために貯蓄してるから。

彼の方がアルバイトして、食事代とか出してくれてるわ」


そ、そうなんですか……。


「私、浦島さんの彼氏は、なんとなく、脇田さんみたいな人かと思ってました」

と言うと、何故か、二人は声を合わせて、いやあ、と否定してくる。


「浦島と一、二回、食事に行ったことはあるんだけど」

と脇田が、さん付けでなく、葉子を呼んで、そう言った。


「ま、合わないな、と思って」

と二人同時に言う。


だからね、と葉子が笑って言った。


「釣り合うとか釣り合わないとか、そんなこと考えて付き合っても駄目だと思った。

脇田さんには、蓮ちゃんみたいな子の方が合う気がするわ」


そんな葉子たちの話を聞きながら、仕事仲間として合う、というのと、そういうのは違うんだなあ、とぼんやり思った。




殴ろうかな、浦島……。


流れに合わせて笑いながらも、脇田はそんなことを思っていた。


『脇田さんには、蓮ちゃんみたいな子の方が合う気がするわ』


いやいや、手に入らないものを勧められても困る。


そう思ったとき、ふと蓮の足首が目に入った。


目立たないタイプの絆創膏が貼ってある。


「まだ治らないの?」

とそこを見ながら訊くと、


「ああ、でも、ちょっと擦っただけですから」

と蓮は笑った。


「脇田さんは大丈夫ですか?」

と問われて、うん、と言う。


結局、あれが蓮の部屋に行った最初で最後だったなと思う。


あのあとは、渚が入り浸ってるから。


忙しいのにご苦労なことだ。


頼まれれば、蓮が好みそうな花の手配くらいしてやらなくもないのだが。


プライベートなことなので、向こうから言ってこない限りはするつもりはない。


『じゃあ、えーと。

……コンビニ弁当半分こと昨日の残りでどうですか』


あのとき、照れ臭そうに言った蓮の顔を思い出す。


というか、あれから何度も思い出している。


渚にも言っているのだろうか。


『コンビニ弁当と昨日の残りでいいですか?』


平気で言いそうだな、と思い、笑うと、蓮が、なんだろう? という顔でこちらを見ていた。














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