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『出てこい、蓮子っ』
九時半、今日はちょっと早いな。
渚からの着信時間を確認しながら出ると、開口一番、怒鳴ってきた。
『今すぐ下に下りて来い』
迎えに来てやった、と言い出す。
「……迎えに来たって、何処に行く気ですか?」
『会社の側のコンビニだ』
すみません。
いい加減、コンビニから離れてください、と思ったのだが、下でわめかれても困るので、軽く戸締りをして一階まで下りた。
エレベーターが開いた途端、渚が立っていて、うわっ、と声を上げてしまう。
渚はこちらを見、
「今日も普段着か。
可愛いじゃないか」
と言ってくる。
なんで、この人、しれっとこういうことを言うのかなあ、と思っている間に、
「よし、行こう」
と手を握ってくる。
「えっ。
ちょっと離してくださいっ」
会社、すぐ近くなんですけどっ。
みんなに見られるっ、と思っている間に、コンビニに着いていた。
渚に手をつかまれたまま、コンビニに行くと、あのときの店員、仲間が外のゴミ箱を片付けていた。
こちらを見て、
「あれっ?
お嬢ちゃん、次々新しいイケメン連れてきてー」
と悪気もなくカラッと言ってくる。
えーと……。
まだ手を離さない渚が笑ったまま訊いてきた。
「誰だ、俺以外のイケメンって」
自分を早速イケメンに入れてるところがなんなんですが。
「……脇田さんですよ。
此処で助けてもらったって……ああ、言ってなかったでしたっけ?」
聞いてない、と言う。
そういえば、脇田さんが自己保身のために言わなかったと言ってたな、と気づいたが、此処であらぬ疑いをかけられるより、脇田さん的にもいいだろうと思い、此処で蛍光灯が落ちてきた話をしゃべった。
「脇田の怪我も此処だったのか。
お前の怪我もそのときか、見せてみろ」
脇田はあっという間に、小さな絆創膏に貼り替え、怪我を感じさせなかったので、なんとなく治っているような雰囲気になっていたが、やはり、そうではないようだった。
怪我を全く感じさせないところも、秘書として、さすがというべきか。
「こんなところで見せませんよ、足ですから」
と言うと、
「じゃあ、帰ったら見せろ」
と言ってくる。
仲間が笑っていた。
「さあ、好きなものを買え」
と店内で渚が言い、仲間が商品を並べ替えながら笑っていた。
「いやあの、好きなものをって、コンビニですからね」
だが、まあ、こんなになんでも揃ってるところも他にないか、と思う。
よくこの狭い空間に厳選されて置いてあるものだと思う。
せっかく来たのだから、前から食べてみたかった、ちょっと高いお惣菜でも買ってみるかな、と思い、眺めていると、その近くにある野菜類に目が行った。
「そういや、コンビニにも野菜とかあるんですよねー」
買う人居るのかな、と呟くと、
「お前は料理しないから知らないだろう」
と渚が言ってくる。
「あっ、なに言ってるんですかっ。
作りますよっ」
「嘘つけ、あの未来とかいう少年が、お前の実家から晩ご飯を運んでると言ってたじゃないか」
とバラすので、仲間だけではなく、近くをモップでお掃除していた若い男の子まで笑っていた。
「いつもじゃないですよーだ。
わかりました。
今から作って見せますよ。
なにか、おつまみでもっ。
じゃあ、野菜買ってくださいっ」
と言うと、側に居た仲間が、ぼそりと、
「その先のスーパーが十二時まで開いてるけどね」
と言ってくる。
親切だ。
此処で買うと高いと言うのだろう。
「そうなんですか。
ありがとうございます。
そんなスーパーあったんですね」
「やっぱり、普段料理してないね」
と仲間も笑っていた。
結局、見栄を張るのはやめ、つまみになりそうなお惣菜と、酒を買ってもらって帰った。
「なんだか恥をさらして帰っただけのような気がします」
渚が荷物を持ってくれているので、手ぶらで歩きながら呟くと、
「別にいいじゃないか。
人には得意不得意があるんだ。
お前が料理が作れなくとも、俺はかまわん」
と言ってくる。
「……だから、何故、作れないと決めつけるんですか~」
ともめている間に家に着いた。
お惣菜を温め、二人で、テレビを見ながら、軽く呑む。
「美味いな、このタンシチュー」
「でしょーっ。
パンとワインに合うんですよ~っ」
「勝ち誇るな、お前がコンビニの店員か」
少し社内の話になり、いつもは、しかつめらしい顔をしている部長が実は奥さんには頭が上がらないとか。
孫のために夏休みの宿題の工作を作っているとか、微笑ましい話を聞いたりして笑った。
渚は見てないようで、社内の人間のことをよく見ている。
あんまり下には降りてこないのになーと思った。
ソファに座り、ぼんやり深夜番組を見るともなしに眺めていると、横に座った渚が訊いてきた。
「ところで、傷を見せてみろ」
「まだ覚えてたんですか」
「脇田がお前を傷物にしたんだろ?」
「傷物にしたのは、蛍光灯ですよ」
「かばうじゃないか」
と言いながら、ひょい、と絆創膏がある方の足首を掴んで持ち上げる。
後ろにすっ転びそうになった。
「なっ、なにするんですかーっ」
なんとか両手をついて踏ん張ると、渚は足首をつかみ、
「そうだな。
たいした傷じゃないな」
と言いながら、マジマジと眺めている。
「だからそう言ったじゃないですかっ」
とめくれないようにスカートを押さえて訴えた。
「っていうか、貴方の態度、相変わらず、愛が感じられませんっ」
物みたいに、ひょい、と持って、製品を確認するみたいに乙女の足首を眺めるとかどうなんだ、と思う。
「なにを言ってる、愛ならあるぞ」
と言い様、渚は、いきなり、絆創膏の辺りに、唇で触れてきた。
素足だったので、渚の唇の感触と熱を肌で直接感じる。
赤くなった蓮は振りほどこうと、
「やっ、やめてくださいっ」
と身をよじり、弾みで、渚の顔を膝で蹴ってしまった。
てっ、と渚が口を手で押さえる。
「わーっ。
すっ、すみませんっ」
渚の指の間から血がしたたっていた。
口が切れたようだ。
ゆっくり渚が手を離すと、下唇の内側が赤紫になり、血がにじんでいた。
「うわーっ。
親戚のおにいちゃんの子供が考えなしに突っ込んでって、テレビ台で口を切ったときみたいですねーっ」
「……お前、暗に俺を批判してないか?」
いえ、そんな、と蓮は苦笑いしながら、立ち上がる。
「え、えーと……絆創膏。
絆創膏」
と救急箱を探していると、後ろで、
「口の中に貼れるかっ」
と渚が叫んでいた。