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ピッ ピッ ピッ ピッ ……
病室のベッドで寝ている俺。
体のあちこちにセンサーが取り付けられている。
枕元のモニターには血圧や心拍数が表示されている。
医療機器ってすごいよな。
こうして体の状況がはっきりと数字で分かるのだから。
モニター画面ではハートマークが心臓の鼓動にシンクロして点滅している。
ご丁寧なことに毎分の平均心拍数まで表示されている。
そうか、俺はこの1分間にこれだけの回数、心臓を動かしていたのか。
これが1日、あるいは1年となると、相当な数の心拍数になるだろう。
そう考えた時、昔読んだことのあるある文献を思い出した。
心拍数が多い生物は早く死ぬ。
心拍数が少ない生物は長生きする。
心拍数が毎分600回のネズミは4年で死亡。
心拍数が毎分 40回のゾウは70年で死亡。
生物の生涯心拍数はだいたい同じくらいなのではないかという仮説だ。
この説には賛否両論あるようで現代でも答えが出ていないらしい。
だが、俺には何となく説得力があるように感じた。
再びモニターを見てみる。
相変わらず、俺の心拍数を文字通り機械的に表示していた。
この数字を足していけば心臓が何回動いたのかが分かるだろう。
そんなことを考えていたら、ふと、小学生の時に言っていたこんな言葉を思い出した。
「それ、いつのこと~? 何時何分何秒? 地球が何回回った時~?」
誰もいない病室で俺はくすりと笑った。
そして、つぶやいてみた。
「俺が死ぬのはいつのこと~? 何時何分何秒? 心臓が何回動いた時~?」
この病室は個室。
答えてくれる者は誰もいない。
ピッ ピッ ピッ ピッ ……
機械の音が無情に鳴り続いているだけだ。
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇回でございます」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
ばかな!
そんなふざけたことを言うやつは誰だ?
あたりを見渡してみる。
すると、いつの間に入ってきたのだろうか、
見たことのない男が立っていた。
ひどく痩せていて、まるで骸骨のような顔。
麦わら帽子に手ぬぐい、作業着を着て、長靴を履いている。
病院の敷地で草むしりをしているおじさんか?
手には長い金属製の棒を持っているが、これは何だろう?
そもそも、俺の知り合いにこんな人はいない。
「誰?」
「おやおや、あなた様には私が見えるのですね。自己紹介しましょう。わたくし『死神』と申します。お見知りおきを」
やれやれ、こんな幻覚が見えるようになるとは死期は近いのかもしれない。
出て行けと言おうとも思ったが、長らく家族も同僚も見舞いに来てくれず暇を持て余していたこともあり、自称「死神」と話してみることにした。
「死神ってことは、俺の寿命は見えているってことだな?」
「左様で」
「さっき、俺の心臓が何回動いた時死ぬとか言っていたような気がするがそれは本当か?」
「もちろんでございます。この仕事、数千年やっておりますので人の死期はピタリと分かるのでございます」
心臓が動いているということは生きている証であり喜ぶべきこと。
しかし、定められた回数心臓が動くと死ぬのであれば、心臓はあまり動かない方がいいということになる。
心拍数を数えることは死へのカウントダウンみたいなものなのだろうか。
それはともかくとして、さっきから気になっていることを質問してみた。
「ところで、死神さん、なんでそんな農作業の服装をしているんだ? 死神ってのはローブを着て、大きな鎌を持っているってのが定番じゃないのか?」
「ははは……! いつの時代の死神ですかな、それは」
死神はニヤニヤと笑う。
「死神とは神に使える農夫。それで鎌を持っているのでございます。ただ、それは昔の話。神の世界でも今どきの農夫はこのような格好で仕事をしているのでございます」
ふーん、そんなものなのか。
もう少しこの茶番に付き合うとしよう。
「あんたが手に持っているのは何だ? 鎌じゃなさそうだが」
「いいところに目をお付けになられましたね。これは、機械の力で草を刈る道具でございます。今どき、鎌なんてものを使っていては、時間がかかり過ぎて、刈り終わる前に死を迎えてしまいますよ。はっはっは」
死神は何かおもしろいことを言ったつもりのようだったが笑えなかった。
俺は言った。
「まあいい。死神の世界も現代的になったってことか?」
「左様でございます」
ところで、こうして死神が見えて会話ができるということは、何かしら寿命を延ばす交渉ができるということなのかもしれない。
試しに聞いてみることにする。
「死神さん。心拍数を減らせばその分、長生きできるってことでいいのか?」
「ご明察、恐れ入ります。その通りでございます」
「ほほう。では、今の心拍数を1割ほど、減らしてくれないか」
「可能ではございますが、仮に減らしたとしても、あなた様の寿命はたいして延びませんよ」
そうか、だったらあまり意味がないな。
「けれども私は死神でございます。あなた様の過去の人生において心臓が速く動いた履歴を消すことは可能でございます」
「どういうことだ?」
「ドキドキした体験を、なかったことにする、ということでございます」
なるほど、過去の心拍数を減らせば結果として寿命が延びるというわけか。
「え~っと……」
死神は作業着のポケットからタブレットを取り出すと俺の人生の履歴を調べ始めた。
「ええっとあなた様は……お子さんの成長に一喜一憂してそこでかなりの心拍数を使っていらっしゃいますね。その履歴を消してみるのはいかがでしょうか」
「消すとどうなる? 寿命は延びるけどその代わりに何かを失うってのがお約束のような気もするが」
「はい、あなた様はとても賢い! その通りでございます。この場合、あなた様とお子さんとの出来事はなかったことになります」
「子供が部活の試合に出て応援したこと、子供が病気になって治るのか心配したこと、子供が入試を受けて結果を待っていたこと、すべて、なかったことになるのか?」
「その通りでございます。あなた様にはお子さんがいなかったことになるのでございます」
それは嫌だ。
最近は見舞いに来てくれなくてさみしいが俺にとっては大切な子供。
自分の寿命が長くなったとしても子供がいなかったことになるなら生きていてもしようがない。
俺は死神に交渉した。
「子供に関することでドキドキした思い出はどうかそのまま消さないで残しておいてくれ。代わりに俺個人のことでドキドキした思い出を消してほしい!」
「では……」
死神はまたタブレットを操作し始めた。
「奥さんとの出会い……」
それは消すな!
「受験の……」
消すな! あの大学を出ていなかったら今の仕事には就けなかった。
「おやおや、わがままでございますなぁ……過去のドキドキを減らして長生きしたいのではなかったのですか?」
ううう……
死ぬのは嫌だが、大切な思い出が消えてしまうのはもっと嫌だ。
そう思った時、
ぱち ぱち ぱち ……
乾いた拍手が病室に鳴り響いた。
「その通りでございます。人の生き方は十人十色。どれが正解、というものはございません。今、あなた様は、自分の延命よりも、思い出を大事にしたい、そうお考えになられました。そのような生き方もあるのでございます」
そう言うと、死神の姿は薄れていき、消えていった。
しばらく何もできず、白い天井を見上げていた。
今のは何だったのだろうか?
夢でも見ていたのだろうか?
ベッドサイドのモニターを見てみる。
ピッ ピッ ピッ ピッ ……
相変わらず俺の心拍数が表示されている。
生きているって何だろう?
心臓が動いているということ?
それだけではない。
心臓がドキドキした思い出、それらがいつもいい思い出だったとは限らない。
しかし、どんな思い出でも一度しかない人生の大切な思い出。
そう思えた。
ドキドキの思い出。
それは俺が生きていた証。
ピッ ピッ ピッ ピッ ……
< 了 >