「パリポリ」
「ボリボリ……」
宿屋『クラン』の厨房で―――
何か固めの物を噛み砕く音が響く。
「面白い食感だな」
「匂いがちとキツいけど」
門番のロンさんとマイルさんが、食べながら
感想をそれぞれ口にする。
「お年寄りには優しい味ですね」
「そうか? 俺はもうちょっと塩辛くしても
イケる気がするが」
今は児童預り所の所長であるリベラさんと、
ジャンさんが老夫婦のように語り、
「ギルド長は体使うッスからねえ。
けど確かに塩気はもう少し欲しいかも。
ミリアさんはどうッスか?」
「口に入れたまましゃべらないで、レイド。
でも何でしょうねコレ。
しょっぱいというか酸っぱいというか……」
黒い短髪をした褐色肌の青年と、丸眼鏡・
ライトグリーンのショートヘアの女性が食べながら
考え込む。
「シンには悪いけどー、コレはハズレかな」
「匂いがのう。
我はガマン出来なくもないが、苦手な者も
いるのではないか?」
「ピュ~」
メルとアルテリーゼ、ラッチには不評のようだ。
「あら煮もそうでしたけど、時々シンさんは
とんでもない……
いえ、独特の料理を作りますよね」
「鰻のキモ焼きや煮物は薬と思えばまあ……
というところでしたが―――
これもそうなのでしょうか?」
私よりも身長の高い少年と、亜麻色の三つ編みを
した少女―――
ギル君・ルーチェさんのカップルだが、こちらも
微妙な評価らしい。
「そうですね。
薬というか、体調やお腹の調子を整える食品では
あります」
彼らに提供したのは、『ぬか漬け』だ。
米が採れるようになり、玄米を精米する際に出る
粉=米ぬかを利用して作ってみたのだ。
自宅に氷室もあるので、食塩水と米ぬかを混ぜ、
一日に数回かき混ぜて―――
防腐用にトウガラシも入れたかったのだが、
入手出来ないのでこれは冷蔵頼り。
そして最初に『慣れさせた』野菜を捨て、
1日漬けたキュウリやカブに似た『漬物』を
お披露目する事になったのだが……
「フタをすればそれほどでもないけど、
匂いがダメって人はいるだろうね」
ここの宿の女将さん、クレアージュさんも
難色を示す。
『ぬか床』ごと女将さんにも渡したのだが、
商売となると厳しい表情にならざるを得ないの
だろう。
私はふと、未だ発言してない2名に視線を向ける。
その先には―――
ロック男爵様(先代・隠居済み)と、その執事
フレッドさんがいたが、私が見ている事に
気付いたのか、
「フ、フレッド。お前はどうだ?
個人的には悪くないと思うのだが」
まずスキンヘッドの30代前半の男性が話を
部下に振り、
「……そうですね……
確かに、単品では難しいかと……」
後ろでまとめた髪を直立した背中へ垂らし、
すでにお箸の使い方をマスターしていた彼は、
上品にそれを口元へ運ぶ。
しばらくボリボリという音がしたがすぐに止み、
彼は続けて、
「……ですが、付け合わせとして考えれば……
この町には、美味しい料理がたくさん
ありますが……
油を使ったものが多いと感じます。
付け合わせとして野菜サラダが出てきますが、
それもマヨネーズに和えられたもの―――
少々くどいと思われる方もいるのではないで
しょうか……」
いつの間にか全員の視線がフレッドさんへと向き、
「……天ぷらやフライ、カツ……
そういった料理と一緒に出せば……
こちらは、それとはいわば対極的にある料理……
塩気と苦み、少しの酸っぱさが油っこい味覚を
切り替えてくれるでしょう……」
それを聞いていた『クラン』の女将さんは、
フレッドさんの肩を叩きながら、
「いいねえ、アンタ!
それもらったわよ!」
豪快に笑い飛ばすと今度はこちらを向いて、
「それでシン、これは何ていう料理なんだい?」
「『ぬか漬け』―――
もしくは『漬物』と呼ばれるものですね」
各自が手元にあるそれらを見ながら、また
食べたりつまんだりしてみる中、ジャンさんが
やってきて、
「そういや新し物好きのあの夫婦がいねぇな。
どうしたんだ?」
「ああ、近所ですし興味があるかなーと思って
パック夫妻には先にお見せしたんですが……」
2人とも『発酵』とか『乳酸菌』とかいうワードに
飛びついて―――
ぬか床を屋内へ持って行ってしまってそのままだ。
「あ、それと……
ロンさん、マイルさん」
「ん?」
「どうかしたかい?」
門番兵の2人に、思い出した事を話す。
「恐らくあと2・3日の間に、王都から貴族の
お客さんがお見えになると思いますので」
王室騎士団が町を去ってから一週間ほど経つ。
距離と日程を考えると―――
シーガル様が来るのはそれくらいになるだろう。
「そうですか」
「ん、じゃあ部下にも連絡しておきます」
ここで私とギルド長が首を傾げ、
「え? 部下?」
「お前さんたち、部隊長にでもなったのか?」
アラフォーとアラフィフのオッサン2人の問いに、
「いやー、ドーン伯爵様から……
この町でシンに初めて会った人間として、何か
対応を褒められたりして」
「シンさんとの仲を聞かれたんですけど、
別に普通ですよって答えたら……」
言われてみればこの2人とは関係は悪くないし、
そこは問題ではないのだけれど。
「確かに仲は良好ですし―――
ま、まあ出世したのならいいのでは?」
するとロンさんとマイルさんは苦笑して、
「でもなあ、出世したと言っても門番兵長っていう
新しい肩書ですよ?」
「この町の門番のまとめ役らしいですけど、
やる事はほとんど変わらないし。
あ、でも給金は3倍になりました!」
3倍……とは言っても徴兵だから、もともと
高くはないだろう。
衣食住は保証されているから、この世界ではまだ
マシな部類だと聞いた事があるし。
「そういえば門番兵長って、お二人のどちらが?」
「いやーそれが、俺もマイルもです」
「新しく出来た役職なんで、多分ドーン伯爵様も
そこまで考えてなかったんでしょうね」
この2人に対するご褒美というか、恐らくは私の
心証を良くするための出世だろうしなあ。
「じゃあ昇進祝いをしないと」
それを聞いた彼らは一瞬体を硬直させて
目をそらし、
「でもなぁ……
シンさんのお祝いって」
「ジャイアント・ボーア一頭丸ごととか、
マウンテン・ベアーの毛皮とか持って
こられそうで……」
可能なら出来るだけに否定し辛い。
「まーやろうと思えばねー」
「それが所望かの?」
「ピュ?」
家族が悪ノリで聞くと、2人はブンブンと
首を左右に振りまくる。
でも確かに、最初にこの町に来た時―――
門で追い返されでもしたら詰んでいたしな。
後でカーマンさんに頼んで、王都で魔導具でも
見繕ってもらって、お祝いの品にするか。
こうして、『ぬか漬け』『漬物』のお披露目は
終わった。
「師匠ー!!」
「いえあの、私は平民なので」
発酵食品のお披露目から3日後の―――
冒険者ギルド支部。
私を『師匠』と呼ぶのは……
王室騎士団に手紙で言伝を頼んだ、シーガル様だ。
王都で子供たちの救出作戦に関わっていた時はまだ
『シン殿』だったはずなのだが……
いつの間にか名称がバージョンアップしたらしい。
ロングミドルの金髪は少し切ったのか―――
長さは肩まであったのだが、今は首よりちょっと
短い程度になっていた。
その彼と冒険者ギルドの応接室で待ち合わせたの
だが……
初対面の時にケンカを売ってきた彼はどこへやら。
「えっと、まずは来てくださり
ありがとうございます」
「師匠の呼びつけならどこへでも!
それで自分は何をすれば?」
彼の質問に、私は彼の横に密着するように座る
女性と、同室にいたジャンさんに視線を移す。
「失礼ですが、彼女は?」
「申し遅れました。
わたくしは女性騎士団の一人―――
エリアナ・モルダン……
モルダン伯爵家の者です」
ブラウンのウェービーヘアーを持つ女性が、
そのセミロングの髪の隙間から、こちらを
見透かすように見てくる。
「ああ、確か王都で……
私は当ギルド所属のシルバークラス、
シンといいます。
そういえば、あの時子供たちの救出に参加した
女性騎士団の方々が―――
保護した子供を引き取ったと聞いておりますが、
彼らは元気でしょうか?」
するとギルド長が苦笑いしながら、
「その子供たちについてのグチを、ついさっきまで
聞いていたところだ」
「?? と言いますと?」
恥ずかし気に目を伏せた彼女の説明によると……
エリアナさんの保護した子供は男女2名だった
そうだが、
当初両親は『平民の子供など!』と猛反対し、
仕方なく彼女だけで面倒を見ていたらしい。
「でも今は、両親に取られてしまいまして……
昼も夜も夢中で可愛がっております。
あの子たちも今はお母様にベッタリですし」
それは無理もないかな、と思う。
エリアナ様くらいに育っていれば、もう完全に
大人だし、考えがぶつかる事もある。
それに比べ、犯罪組織から救出された子供たちは、
散々怖い目や脅迫にあってきただろうし、いわば
大人しく従順なわけで……
そちらの方が何倍も可愛く見えるのは
仕方ないだろう。
「まあ、子供たちが幸せならそれで……
ですが、どうしてエリアナ様はシーガル様と
一緒にこちらへ?」
「え、ええと……
マリサ副団長様のお話では、子供たちの救出に
こちらのギルドに大変お世話になったと―――
それでわたくしも一度お礼に、その」
そこで彼女はジーッと私の顔を見つめ、
「……シーガル様が、シン殿の事を『師匠』と
呼んでおりましたが―――」
隣りにいる彼へと顔を向けて、
「あの、この方はシルバークラスなんですよね?
でもシーガル様はゴールドクラス相当の実力を
お持ちと聞いておりまして。
何か強力な魔法でもお持ちなのでしょうか?
それとも特殊系とか」
「師匠の実力は計り知れません。
実際に立ち会った時は自分の完全敗北でしたし。
シルバークラスに留まっているのも、きっと何か
お考えがあっての事―――」
何か話が大きくなってきているなあ……
と思っているとジャンさんが片手を上げて、
「まあそんな事より、さっさと呼び出した理由を
見てきてもらえ」
言外に、『説明が面倒だし出来ないからとっとと
外に出ろ』という思惑が明らかに入っており―――
私は2人の貴族を連れてギルドを後にした。
そして到着した先。それは……
「えっと……
あれは何ですか、師匠」
「ああ、ちょっと事情があって預かって
いるんですよ」
彼が指さす先は、児童預り所―――
の後ろにある、箱を重ねたような建物。
そこにはワイバーンの家族と、町の支配下に入った
ワイバーンがおり、シーガル様とエリアナ様はその
光景を目を丸くして見つめていた。
そこへ上空から一体のワイバーンが舞い降りる。
「あ、危ない!!」
彼は思わず同行していた女性をかばう。
「いえ大丈夫ですよ。
あ、レイド君お疲れ様です」
ワイバーンに『騎乗して』いたのは、初の
ワイバーンライダーになったレイド君、
そして彼の背中にはミリアさんが抱きついていた。
「シンさん、お疲れ様ッス。
そちらの方々は?」
「ギルドで模擬戦を行う際に、会った事が
ありませんでしたっけ。
レオニード侯爵家のシーガル様です。
ほら、あの騎士団の。
こちらの女性は、モルダン伯爵家の
エリアナ様です」
それを聞いた2人は慌ててワイバーンの背から
降りて、頭を下げる。
「し、失礼しました! お久しぶりです!
この町の冒険者ギルド、次期ギルド長―――
レイドです」
「ギルド職員ミリアです。
よろしくお願いします」
2人が深々と礼をする中……
貴族の男女は口をポカンと開けたままで―――
ようやく我に戻ったシーガル様が私の方を向いて
「し、師匠!
これはいったい……!」
「シーガル様をお呼びした理由がこちらです。
あなたには、是非―――
レイド君と同じように、ワイバーンライダーに
なって頂きたく」
そう説明するとシーガル様もエリアナ様も
体を硬直させ、
「わいばーん……」
「らいだー……?」
そのまま放心状態へと移行し―――
私と冒険者ギルドの男女とで、取り敢えず
児童預り所の応接室へ運ぶ事にした。
「し、失礼しました……」
「お見苦しいところを」
ようやく落ち着いた2人は、飲み物に口を付ける。
町の住人であるレイド君ですら、私の提案には
驚いていたからなあ。
この反応は予想しておくべきだったのかも。
緊張を和らげるため、あえて別の話題を振りに
同室のティーダ君に話しかける。
「そういえば、ティーダ君がいなくてもレイド君は
結構ワイバーンと意思疎通出来ていたような」
「話せないだけで、知能は高いですから―――
人間のしゃべっている事もだいたいわかって
きたと、彼らも言ってました」
一緒に座っている、先ほどまでワイバーンに
乗っていた男女も話を合わせ、
「そうッスね。俺の言っている事―――
理解しているんだろうなーって時ありますし」
「確かに、途中から合図ではなく、言葉で
判断していたみたいでしたしね」
ウンウン、とうなずく彼らを前にシーガル様は
視線を少年に移し、
「師匠、この子は?」
「獣人族のティーダ君です。
この町に来たチエゴ国からの留学生で……
魔狼やワイバーン、他動物の言語を理解出来る
ので、通訳をしてもらっています」
チエゴ国、というところで彼は一瞬顔色を
変えたが―――
後に続く『魔狼やワイバーンの言葉が理解可能』
という説明にポカンとなった。
しばらく思考を巡らせていたようだが、
気を取り直して私へ向き直り、
「で、でもですね師匠。
どうして俺なんでしょうか」
確かにそこは気になるだろう。
私はゆっくりと一度うなずくように頭を下げて、
「まず、現在ただ一人のワイバーンライダーである
レイド君は……
範囲索敵の使い手です。
この範囲索敵を上空で、さらに高速で移動する
ワイバーンに乗って使うと―――
それまでの戦いを一変させるほどの優位性を
持つ事が出来るでしょう」
「でも俺は、範囲索敵は使えませんよ?」
おずおずとたずねてくるシーガル様に私は続けて、
「別に、ワイバーンライダーが範囲索敵を
持っている必要はありません。
今のミリアさんのように、後ろに乗せるという
方法も使えます。
それにワイバーンは単体でも恐るべき戦力です。
今、ここには……
『ハヤテ』『レップウ』『ノワキ』の3体が
候補としておりますが―――」
騎乗用のワイバーンには名前が無いと不便なので、
それぞれ命名する事にした。
当人? たちは気に入ってくれたらしい。
私は話を続けて、
「レイド君のおかげで、ワイバーンライダーは
可能だという事がわかりました。
そこで残り2体……
これを任せられる人選を考えた時、真っ先に
出てきたのが王都騎士団の方々でした」
「…………」
彼はその言葉に両目を閉じる。
「しかし、王都であった出来事はシーガル様も
エリアナ様もご存知の通り……」
聞き入る面々の前で、私は話を続け、
「私が知っている限り、王都騎士団の中で
人格的にも能力的にも……
ワイバーンライダーを託せるのは、
シーガル様の他にないという結論になりました。
どうかお引き受け頂けないでしょうか」
貴族の青年に頭を下げると、私よりさらに
頭を下げて
「やらせて頂きます!
必ずやワイバーンライダーに……!!」
「そうですわ!
シーガル様ほど相応しいお方はおりません!!」
隣りに当然のように座っていたエリアナ様も
賛同する。
「あ、ありがとうございます?」
彼は彼女の気合いの入れ方にきょとんとするが、
私は続けて提案する。
「では―――
エリアナ・モルダン伯爵様にも協力をお願いして
よろしいでしょうか」
「は、はいっ!!
シーガル様のためなら何なりと!!」
当の本人が『え? 何で?』という顔を
しているが、それに構わず
「協力して頂く内容ですが、先ほど言った通り
シーガル様は範囲索敵の使い手や―――
もしくは重要人物を乗せて飛ぶ必要性も
出てくると思います。
ですので、シーガル様の後ろに乗る人として
付き合って頂ければと……」
「是非とも喜んで!!」
そこで当人は、ようやく疑問を口にする。
「えーと、モルダンさん……
どうして俺にそこまで?」
ハッ、と我に返った彼女は慌てながら、
「えっ!?
あの、ええと……だ、男性の騎士団の中では
唯一子供たちの救出に協力してくれた方ですし、
こ、これだけ正義感を持った方のお手伝いを
させて頂くのは当然の事と思いまして―――」
「そういう事であれば、よろしくお願い
いたします。
この事は、王都の防衛力の強化にも
つながるでしょうし」
感情が表に出る彼女と、律儀にかつ礼儀正しく
対応する彼との差が何とも痛々しいが……
「今日は顔合わせ程度で……
町に着いたばかりでお疲れでしょう。
宿はギルド支部で聞いていると思いますが、
そちらでお休みください。
本格的な訓練は明日から開始しますから」
「わかりました、師匠!
では俺とモルダンさんはこれで」
「はい。それでは失礼します」
こうして、彼がワイバーンライダーになる事の
合意を取った後―――
私はレイド君・ミリアさんと共にギルドへと
戻る事にした。
「おう、戻ったか」
支部長室に入ると、そこには部屋の主と―――
「お帰りなさいませ」
「レオニード・シーガル様は引き受けましたか?」
ブロンドのロングヘアーと、黒髪ショートの眼鏡の
女性が出迎える。
「バッチリッス!
これで肩の荷が下りたッス」
「サシャさんとジェレミエルさんは、これから
まとめる事をまた王都にご報告、お願いします」
実は、シーガル様……
ひいては王都にワイバーンを提供するのは、
みんなで示し合わせての事だった。
王都騎士団が帰った後、事後承諾という形では
あったが―――
自分の考えを、トップシークレットを共有する
者たちの前で説明したのである。
理由の一つは、今さらだが……
この町に戦力が集中し過ぎている事。
この上、ワイバーンライダーまで所有すると
なると―――
あらぬ疑いをかけられる可能性が増大する。
このウィンベル王国の上層部、王族は……
冒険者ギルド本部へ一族を送り込むくらいの
用心深さと、慎重さは持ち合わせている。
危機管理能力やそれに対する政治センスは、
それなりにあると言っていい。
そのライオネル様との関係は良好だが―――
他の上層部がどう思うかまでは話は別だ。
そこで先手を打ち、戦力をこちらから『提供』する
事にしたのである。
「女性騎士団のマリサ様や、範囲索敵を持つ
ニコル君も考えましたが……
マリサ様の場合、男性側の騎士団と関係が
微妙な現状、刺激を与えるのは良くないと
判断しましたので。
あとその2人だと、ドーン伯爵家関係の
人間ですから―――
戦力の偏りが解消されないんですよね」
2つ目の理由―――
それは、『ドーン伯爵家以外』に戦力を提供する
必要があった事だ。
マリサ様は伯爵家の長女だし、ニコル君も
アリス様の元専属奴隷で―――
王都に戦力を提供しても、それがドーン伯爵家
ゆかりの人間なら……
『結局は外部に戦力を渡すつもりはないのか』
と警戒されてしまう恐れもあった。
「まあ人選は限られていたしな。
悪くないと思うぜ、俺は」
ギルド長のお墨付きをもらい、ホッと胸を
なでおろす。
「では、王都の本部長に報告書を提出しますね」
「王都防衛の大幅強化になります。
王族の心証もかなり良くなるでしょう」
サシャさんとジェレミエルさんも追認するように
うなずき、
「では、妻たちと―――
パック夫妻には私から伝えておきます」
「お願いするッス」
「お任せします」
レイド君とミリアさんが頭を下げたところで、
秘密を共有・確認する会合はお開きとなった。
―――3日後。
私は児童預り所の前で待機していた。
「それは……
ランペイジ・エイプと思われます」
「暴れ猿、かあ」
ティーダ君の説明を受けて、私は考え込む。
事の発端は、いつも通り魔物鳥『プルラン』の
生息地を上空からパトロールしていたのだが……
アルテリーゼの背に一緒に乗っていたメルが、
生息地の一か所である小高い山の麓―――
その山に猿らしき生き物の群れを発見。
そこでいったん町へ戻り、猿の群れについて
対応を考える事にしたのである。
「ちなみに聞きますけど、意思疎通は?」
ワイバーンの女王と同じく、交渉出来るので
あればと思ったが、
「ムリムリ。
狂暴で有名だし、群れという事はおそらく
ボスもいると思う。
下手に近付いたらあっという間に囲まれて
やられちゃうよ?」
銀髪のロングヘアーの女性が、片手を振りながら
ティーダ君の隣りで答える。
そうなると排除しか無いか……
「でも、何であそこにいたんだろ?」
「少なくとも、前回の見回りまでは
おらなんだぞ?」
メルとアルテリーゼがそれぞれ疑問を口にするが、
「もともとはその山が住処だったんじゃないかな。
エサが無くなったか何かで一度離れたけど、
今はプルランがいるので、それ目当てで戻って
来たんじゃない?」
ルクレさんが分析して語る。
フェンリルはドラゴンのアルテリーゼとは違って
飛行はしないので―――
地上の動物・魔物に関しては知識が豊富なのかも
知れない。
「それでどうするッスか?」
「師匠の指示であればすぐに動きますが」
2人のワイバーンライダーがスタンバイする。
それぞれの後ろには、ミリアさんとエリアナ様も
おり―――
何というか、彼氏のバイクの後ろに乗る恋人と
いった感じだ。
心なしかメルもアルテリーゼも、それを見て
にやけている。
それに構わず、私は彼らに視線を移して
「出来れば穏便に引いてもらいたいですけど……
最悪、ボスは私が倒しますので、残った群れを
適当に脅かして、追い払ってもらえれば」
レイド君とシーガル様がうなずくと、乗っている
ワイバーンたちも翼を広げる。
シーガル様も、もうすっかりワイバーンの騎乗に
慣れたようだ。
こうして―――
私+メルがドラゴンとなったアルテリーゼに乗り、
レイド君とミリアさんのコンビと、そして
シーガル様・エリアナ様コンビがそれぞれの
ワイバーンに乗って出動する事となった。
アルテリーゼを先頭に、2体のワイバーンが
続き、ランペイジ・エイプの群れがいた山まで
飛行する。
「今さらだけど、ドラゴンのアルテリーゼが
来たら逃げないかな」
「それなら発見した時点で逃げてると思うよー。
今もいるんならダメじゃないかな」
「それもそうか……」
私の楽観的な予測は、メルによってあっさりと
否定された。
となると、今の状態のままで追っ払う事は
不可能という事か……
「む!?」
アルテリーゼが急に叫んだかと思うと、
急速に旋回する。
同時に後方のワイバーンたちも回避行動を取り、
その合間を何かが高速で通り過ぎていった。
「今の、下からッスか!?」
「モルダンさん、しっかり捕まってて!」
何かが飛んでいった先を見ると―――
岩のような球形の塊が飛んでいくのが見えた。
そしてそれの発射元であろう地上を見ると、
「うわ、デカいな」
そこには一匹の大きな、恐らく群れのボスであろう
大猿がいた。
すでに次の投げる岩を抱え、こちらに照準を
合わせているようだ。
「確かにこりゃー話し合いは無理っぽいね」
「シン、どうするのだ?」
妻の言葉に、私は2人のワイバーンライダーに
向かって、
「レイド君とシーガル様は急上昇して
待機してください!
投げられた岩を余裕を持ってかわせる高度まで!
こちらはすぐに仕留めます!」
「わかったッス!」
「師匠、ご武運を!」
次いでアルテリーゼへ指示を出す。
「一度だけ、あの大猿へ急降下してくれ!
その後すぐに急上昇! 出来るか!?」
「わかったぞ、シン!」
今度はもう一人の妻に振り向き、
「メル、しっかり掴まっていてくれ!」
「りょー!!」
そして落下するよりも速く、地上へ接近し―――
その間に状況を観察する。
群れている猿も、他の木々と比べるに体が
大きい。
地球のゴリラの倍くらいはあるだろうか。
その中でもボスと思われる個体は……
普通サイズと思われる猿の、さらに2倍は下らない
大きさだ。
立ち上がれば5・6メートルはあるだろう。
だが―――
すでに絶滅した霊長類を含めても、そこまで
大きくなる事はない。
確か最大でも直立して3メートルが限界
だったはず。
「あんな巨大な類人猿など
・・・・・
あり得ない」
その後、いったん水平飛行のままボス猿から離れ、
ある程度距離を取ったところで急上昇に転じる。
地上の光景が小さくなっていくが―――
明らかにボス猿を中心として混乱が起きて
いるのがわかった。
『まとも』に重力の洗礼を受けて、うつ伏せに
倒れたまま動かないボス猿、その周囲の群れは
パニックに陥り―――
皆、散り散りに逃げ出している。
上空で待機していたワイバーンライダーの高度に
到着すると……
私はレイド君とシーガル様に向かって、
「ボスは倒しました。
殺してはいませんが、もう動けないはずです。
あと、群れも殺す必要はありません。
町から遠ざけるようにして、威嚇してください。
ワイバーンによる火球攻撃は厳禁です。
火事になる恐れがありますからね」
「了解ッス!」
「師匠の指示通りに!!」
こうして、ドラゴンとワイバーン2体は降下し……
『後処理』の作業に入った。
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