テラーノベル
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風呂上がり、仁人はバスタオルを肩にかけたまま、太智の前にちょこんと座っていた。
濡れた髪から滴る水がシャツに滲んでいるのが気になるのか、そわそわしている仁人の後ろで、太智がドライヤーのスイッチを入れる。
「ちょっと熱いかもやけど、我慢してな」
「うん」
ドライヤーの風がふわっと舞い、仁人の髪が軽く宙を踊る。まだ少し湿っているけれど、やわらかな毛先が風に撫でられてゆっくり乾いていく。
太智は仁人の髪に手を添え、熱がこもらないよう指の間をすり抜けさせるように丁寧に乾かす。 指先に触れる仁人の髪は、思っていた以上にさらさらで、指を通すたびにやわらかな感触が伝わってくる。
ふと、太智は小さく呟いた。
「……仁人の髪、綺麗やなぁ」
「……ん?」
振り向こうとした仁人を、太智はそっと押さえる。
「そのままでええよ。まだ乾かしてるから」
「……ふふ、なにそれ。…たぶん太智 のおかげだな」
「え?」
「一緒に住むようになってから、シャンプーとかトリートメントとか、選んでくれてるし。俺、そういうの、正直よくわかんないから。ま、ありがとな、ってこと」
太智は一瞬言葉を失ったが、仁人の髪を乾かす手を止めないまま、ほんの少し照れくさそうに微笑んだ。
「そんなん、当たり前やん……じんちゃんの髪にあうやつ、ちゃんと使ってほしいし……」
やがてドライヤーを止めると、静けさが部屋に戻る。
仁人の髪は完全に乾いて、柔らかく、あたたかくなっていた。太智は無意識のうちにそっと手で撫でて、髪に残った優しい香りにふっと目を細め、仁人に聞こえない声で言う。
「ええ匂い……やばい、好き」
そのまま、仁人の肩を後ろからぎゅっと抱き締めた。
「……何、急に」
「……なんもない。ただ、じんちゃんが可愛いすぎてしんどいだけ」
「……ほんと、こっちが照れるわ」
抱きしめ返すことはなかったけれど、仁人の声はどこか甘くて、優しくて。
その空気だけで、太智は満たされていく。
お互いこういう時間が、永遠に続いてほしいと思った。
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