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カジノの喧騒の奥。ステージ裏近くの廊下。夜のラッシュがひと段落し、初兎は控室へ向かおうとしていた。
「ねぇキミ、さっきステージで踊ってたね。バニーガールなのに、男なんだ?……面白いじゃん」
不意に腕を掴まれ、初兎の背筋が凍る。
悪びれもせず近づいてくるのは、どこか目の座った酔客。スーツの下に隠しきれない乱れた雰囲気。
「僕、もう休憩時間なんで――離してください」
「逃げなくていいよ。男でも……キレイな顔してる子、俺、好きなんだよね」
その瞬間、初兎の心に警報が鳴った。だが身体は硬直し、声も出せない。
(誰か、助け――)
バンッ!
「その手、今すぐ離せ」
低く響く声と共に、廊下の奥から現れたのはIf。
黒のジャケットを翻し、いつになく鋭い目をしている。
「なんだよ……オーナーだっけ? こいつ、スタッフでしょ? 客にサービスするのが仕事――」
「お前みたいなのは、客じゃない。今すぐ出ていけ。次に触れたら、指の一本じゃ済まさない」
一歩、また一歩とIfが近づくたびに、相手は怯えたように後退りし、やがて逃げるように去っていった。
静寂が戻る。
初兎はまだ固まったまま。
そんな彼に、Ifはゆっくりと近づき、そっと肩に触れた。
「大丈夫、初兎。もう、誰にも触らせない」
「……まろちゃん……」
その呼び名に、Ifの表情が少しだけ緩む。
「ごめん、僕……また守られてばっかだ」
「いいんだよ。守りたいって、思ってるんだから」
「でも、怖かったのは……僕が弱いからで……」
「違う。初兎は優しいから、ちゃんと怖がれる。だから俺が、守る理由があるんだ」
Ifはゆっくりと、初兎の頬に触れた。
その手の温度が、凍った心をじんわりと溶かしていく。
「俺はさ、お前が男でも、バニーでも、関係ない。初兎が“初兎”だから、好きなんだ」
「……それ、今……告白?」
「そう取ってくれるなら、答えが欲しい」
初兎は小さく笑って、そっとIfの胸に額を預ける。
「……まろちゃんのこと、ちゃんと好きだよ。ずっと前から」
その瞬間、世界が音を立てて静かになった。
バニーの仮面を脱いだ“僕”と、冷静を捨てたオーナーが、ようやく“恋人”として向き合った夜だった。