テラーノベル
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私たちはカジノの厨房らしき場所へ逃げ込み、ステンレスの作業台の陰に身を潜めた。外からは、まだMafiosoの怒号と、何かが破壊される音が聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……。ここまで来れば、とりあえずは……」
私は座り込み、荒い息を整えた。
隣には、Chanceさんがいる。
「Chanceさん。……あの人と、何があったんですか?」
私が尋ねると、彼は顔を上げず、掠れた声で答えた。
「……イカサマだ」
「え?」
「俺は、あいつのカジノでイカサマをした。ダイスの目を操り、スロットの確率を弄り……莫大な賞金を掠め取ったんだ」
彼は自嘲気味に笑った。
「俺は自分の『運』を過信してたんだ。どんな危ない橋も渡り切れるとな。……だが、バレた。俺は追われる身になり、逃げ回った挙句、『奴』の甘い言葉に乗せられて……殺された」
彼の手が強く握りしめられる。
「俺は逃げてばかりだ。生きていた時も、死んでからも……。結局、ツケを払わされる時が来たんだよ。あいつは俺にとっての『死神』だ」
彼の言葉には、深い諦めが滲んでいた。
無敵のギャンブラーの仮面の下にある、弱くて人間臭い素顔。
でも、私はそんな彼を見て、不思議と恐怖を感じなかった。
「……じゃあ、今度は勝てばいいじゃないですか」
「は?」
「イカサマでも何でもして、勝って逃げればいいんです。だって、Chanceさんは『ギャンブラー』なんでしょ?」
私が言うと、彼は呆れたように私を見た。
「勝つって……相手はバケモノだぞ? それに俺の銃は不発だし、運も尽きてる」
「私の『不運』があります」
私は胸ポケットの時計を握りしめた。
「私の周りでは、あり得ないことが起きます。だったら、その『不運』を敵にぶつければ、それは最強の『武器』になるはずです」
私が真剣な眼差しで見つめると、Chanceは数秒間ぽかんとして、それから「ふっ」と吹き出した。
「ハハッ……! お前、とんでもないこと言うな」
「本気です」
「ああ、分かったよ。……そうだな。ここで降りたら、それこそ負け犬だ」
彼が立ち上がり、フェドラ帽を被り直す。
その目には、いつもの不敵な光が戻っていた。
「乗ったぜ、その賭け。俺の残りカスみたいな運と、お前の特大の不運……どっちが勝つか勝負だ」
その時、館内スピーカーから007n7さんの声が響いた。
『全サバイバーに通達! カジノ地下最奥部、巨大金庫前へ集結してください! このままでは全滅します!』
「地下金庫だと……? あいつ、何を考えてやがる」
「な、なんであのハンバーガーさんの声が?」
「ハンバーガーさん? ……まあ、あいつハッキングとかできんだよ」
「そうなんですね……」
「とにかく、行くしかねえな。あいつ――Mafiosoの強さは桁違いだ。何か策があるっつったら、それに賭けるしかねえだろ」
私たちは、その誘導に従ってカジノの奥にある業務用エレベーター――は壊れているので、その脇の非常階段へと向かった。
長い螺旋階段を駆け下り、私たちは地下深くの金庫室前まで辿り着いた。そこは地上の華やかさとは無縁の、冷たいコンクリートと鉄の空間だった。
通路の突き当たりでは、Buildermanさんが巨大なドリルを金庫の扉に突き立て、激しい火花を散らしていた。その横で、007n7さんが何やら画面を操作している。
「敵が来るのも時間の問題です! で、できる限り早く!」
「うるせえ! あと少しだ!」
轟音と共にドリルが唸る。直後、通路の向こう側から騒がしい足音と怒号が聞こえてきた。
「走れ! 追いつかれるぞ!」
Guest 1337さんを先頭に、他のサバイバーの方々が転がり込んでくる。彼らの背後には、無数の黒服たちが迫っていた。
「み、皆さん! ここが最終防衛ラインです!」
007n7さんの言葉に、サバイバーたちがざわめく。
「このマップ、未完成のデータ領域が残っています! 金庫の奥にデバッグ用の『強制退出ゲート』がある!」
「デバッグ用だと!?」
「ええ! そこからならシステムの裏をかいて脱出できます!」
その必死の説明に、Elliotさんは顔を歪めた。
「……状況が状況です。今は、信じるしかないようですね」
「来るぞ!」
Guest 1337さんが一喝し、迫りくる黒服を回し蹴りで吹き飛ばす。Shedletskyさんが剣を振るい、Two Timeさんがダガーで応戦する。
その時、私たちが降りてきた階段の方から、凄まじい轟音が響いた。
ドォォォン!!
厚いコンクリートの壁が粉砕され、土煙の中からMafiosoが現れた。シャンデリアの直撃を受けたはずだが、服が破れている程度で、その殺意はむしろ増していた。
「――見つけたぞ。今度こそ逃がさん」
低い声が響く。
「全員、ここでミンチにしてやる」
Mafiosoが指を鳴らす。一斉に襲い掛かる部下たち。多勢に無勢だ。このままでは、扉が開く前に全滅する。
Chanceさんが私を見て、ニヤリを笑う。彼はまだ冷や汗をかいていたけれど、その瞳には光が戻っていた。
「カリス、さっきのアレだ。もう一回できるか?」
「……やってみます!」
「よし。お前が場を荒らせ。トドメは俺が刺す」
私は防衛ラインから飛び出し、通路の中央へ走った。
Mafiosoの視線が私に向く。
「小賢しい女が……。貴様から先に始末してやる」
彼が剣を構え、私に向かって突進してくる。
速い。逃げ切れない。
恐怖で心臓が破裂しそうだ。
でも、これが『トリガー』になる。
(来い……来い……ッ!!)
死の恐怖が頂点に達した瞬間。
私の中で、あのドス黒い感覚が再び弾けた。
『Calamity Trigger』発動。
ガガガガガッ!!
異変は、頭上ではなく足元で起きた。
地下施設の床下に埋設されていたスプリンクラーの配管が、私の不運の影響で一斉に破裂したのだ。
ブシュゥゥゥゥッ!!
コンクリートを突き破り、高圧の水柱が間欠泉のように噴き上がる。
さらに、水が通路の照明やセキュリティシステムにかかり、激しいスパークが発生する。
「ぬおっ!?」
Mafiosoが水流に足を取られ、体勢を崩した。
そこへ、Chanceが飛び出した。
「今だ! 食らえ、とっておきのジョーカーだ!!」
彼が懐から取り出したのは、銃ではない。
一枚のコインだった。
彼がそれを親指で弾く。
キンッ。
空中で回転するコインが、スパークする電流を帯び、まるでレールガンの弾丸のように加速する。
私の『不運』と、彼の『幸運』が重なった奇跡の一撃。
ズドンッ!!
コインはMafiosoの眉間に直撃――はしなかったが、彼が持っていた長剣の刃に当たり、それを粉々に砕いた。
さらに衝撃で彼はずっと後方へ吹き飛び、コンクリートの壁に激突して目を回した。
「開いたぞ! 今だッ!!」
Buildermanの叫び声と共に、背後の巨大金庫の扉が重々しい音を立てて開いた。
中から漏れ出る白い光。
「走れカリス! 勝ち逃げだ!」
「はいっ!」
Chanceが私の手を取り、私たちは光の中へと飛び込んだ。
背後でMafiosoの「覚えてろぉぉぉッ!」という負け惜しみが聞こえた気がしたが、私たちは振り返らなかった。
視界がホワイトアウトし、浮遊感に包まれる。
気が付くと、私たちは再びサバイバーハウスの床に転がっていた。
全員ずぶ濡れで、煤まみれ。ボロボロだ。
「……勝った、のか?」
Shedletskyさんが恐る恐る顔を上げる。一瞬の静寂の後、Guest 1337が短く息を吐いた。
「ミッションコンプリート。サバイバーの勝利だ」
その言葉を合図に、歓声が上がった。Veeronicaさんがスケボーで回転し、Noobさんが飛び跳ね、Elliotさんが安堵でへたり込んだ。
「やった……! あんな強い奴から全員逃げられるなんて!」
「ああ! これで今夜は安眠できるぜ! あのマフィアに切り刻まれる悪夢を見なくて済む!」
この世界では、死んでも生き返るらしい。だけど、死ぬ瞬間の痛みと恐怖は本物だ。だからこそ、無傷での生還は、何よりの報酬だった。
「ははっ……! やったな、カリス!」
「はい……!」
私は隣で大の字になっているChanceさんと顔を見合わせ、傷だらけの顔で笑い合った。
プシュッ!
軽快な音がして、Shedletskyさんが懐から取り出したコーラを開けた。
「さあ野郎ども! 勝利の祝杯と行こうぜ!」
「賛成です! 今日は特別なピザを焼きますよ!」
Elliotさんが立ち上がる。
サバイバーハウスに、温かい笑い声が戻ってきた。
このゲームに終わりはない。
でも、ここには仲間がいる。
Chanceさんが私にコーラを差し出してきた。
「乾杯だ。……ま、悪くねえコンビだったぜ」
「はい。乾杯!」
カチン、と缶を合わせる。
炭酸の泡が弾ける音が、心地よく響いた。
不運と幸運。
正反対の二人が揃えば、どんな理不尽な運命も覆せる。
私の終わらないサバイバルは、まだ始まったばかりだ。
でも、もう怖くはない。
だって、次のダイスロールが何が出るか、楽しみで仕方がないのだから。
コメント
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すげぇ好きっ★