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激闘から数日。Mafiosoが再び現れることもなく、サバイバーハウスには、束の間の平穏が訪れていた。
暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音だけが、静かな部屋に響いている。
「……ふむ。調子は良さそうだな」
Buildermanさんが、私の懐中時計を耳に当てて頷いた。
「ゼンマイの巻き上げも順調、歯車の噛み合わせも完璧だ」
「ありがとうございます。これがないと、なんだか落ち着かなくて」
私は彼から時計を受け取り、大切に胸ポケットへしまった。
この時計は、私の失われた記憶の唯一の手がかり。Buildermanさんに直してもらってから、肌身離さず持っている。
「よう、カリス」
ソファの向かい側から、Chanceさんが声をかけてきた。彼はコーラを飲み干し、空き缶をゴミ箱に入れた。
「大事にしろとは言ったが、そこまで入れ込むとはな」
「Chanceさんだって、気にしてたじゃないですか」
「まあな。……なんか見覚えあんだよな、それ」
Chanceさんはそう言うと、何気なくテーブルの上の時計に手を伸ばそうとした。
その時だった。
キィィィィィン……
不快な耳鳴りのような音が、唐突に響いた。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
時計が熱を帯びる。そして、秒針が有り得ない動きを始めた。
カチ、カチ、カチ……と進んでいた時計が、Chanceさんが近づいた途端に速度を上げ、ついには逆回転を始めたのだ。
「なんだこりゃ!? おいBuilder、問題ないんじゃなかったのか!?」
「な、なんだと!? 俺はいじってねえぞ! 貸してみろ!」
Buildermanさんが慌てて駆け寄ろうとするが、それより早く、私の視界が歪んだ。
――ザアアアアア……。
突然、ハウスの中に雨音が響いた。
いや、違う。これは私の頭の中で鳴っている音だ。
暖炉の火が消え、視界がモノクロームに染まる。
「……ッ、うぅ……!」
頭が割れるように痛い。
ノイズ混じりの映像が、脳裏にフラッシュバックする。
冷たい雨。公園のベンチ。喪服を着てうずくまる私に、缶コーヒーを差し出す手がそこにあった。
『よお。また一人か?』
彼は私の隣に座り、懐から銀色の時計を取り出した。
『やるよ。俺の『幸運』で勝ち取った戦利品だ』
『え、でも……。私が持ってたら壊しちゃいますよ。私、ツイてないので……』
『だからやるんだよ。これを持っておけ。俺の運をお裾分けってわけだ』
彼はニッと笑った。
『まあ、お守りみたいなもんだ。これでお前の不幸も、少しはマシになんだろ』
――映像は唐突に切り替わる。
怒号と銃声が響く路地裏。
『カリス!? 馬鹿野郎、なんでついてきた!』
銃口が火を噴く。Chanceさんはとっさに身を翻し、弾丸を避けた。弾丸は彼を逸れ、そのまま真っすぐに――背後の建設中のビルの留め具を撃ち抜いた。
頭上から降り注ぐ、数トンの鉄骨のコンクリートの塊。視界が暗転する。痛みすら感じる暇もなかった。
「――ハッ!?」
私は大きく息を吸い込み、現実に引き戻された。
全身が冷や汗でびっしょりだ。
心臓が早鐘を打っている。
「おい、大丈夫か!? カリス!」
目の前で、Chanceさんが私の肩を揺さぶっていた。
彼の顔には、心底心配そうな色が浮かんでいる。
「Chance、さん……」
私は震える手で、自分の胸を押さえた。
痛くない。
でも、あの感触はあまりにもリアルだった。
「……私、今……変な夢を……」
「夢?」
「雨が降っていて……Chanceさんが時計をくれて……それで、ビルが崩れて……」
私がそこまで言うと、Chanceさんの表情が凍りついた。
彼の手が、私の肩から力なく滑り落ちる。
「……ビル?」
彼は掠れた声で呟いた。
「……俺が、殺されかけた夜も……雨が降っていた。そして、近くの工事現場で事故があった……」
部屋の空気が、急激に冷え込んだ気がした。
時計の暴走は止まっていたが、針は示し合わせたように『あの日、あの時刻』を指して止まっていた。23時59分。あと一分で日付が変わる、その瞬間。
「おい、これ……」
覗き込んだBuildermanさんが息を呑む。
Chanceさんは震える手で自分の時計を握りしめ、私を見た。その瞳には、今までにない動揺が走っていた。
「……まさか、お前……」
彼が何かを言いかけた、その時。
ウゥゥゥゥゥゥン!!
ハウス内に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
いつもの低い音ではない。もっと高く、神経を逆撫でするような緊急警報の音だ。
「なんだ!? また新マップか!?」
「待ってくれ! まだ話が!」
「Chanceさん!」
私たちは互いに手を伸ばしたが、赤い光が視界を埋め尽くした。
転送された瞬間、肌を叩く冷たい感触に、私は思わず身を縮めた。
雨だ。
止むことのない、冷たい雨が降り注いでいる。
「……ここは」
目を開けると、そこは薄暗い路地裏だった。
濡れたアスファルト。点滅する街灯。遠くに見える高層ビルの明かり。
カジノのような派手さはないが、どこか見覚えのある、現代的な街並み。
今回のサバイバーは、私とChanceさん、そしてGuest 1337さんと007n7さんの四人のようだ。
「おい、カリス!」
Chanceさんが雨の中を走ってきた。彼はフェドラ帽から滴る雨も気にせず、私の肩を掴んだ。
「さっきの話の続きだ! お前、夢の中で何を見た!? 俺が撃たれたって……」
「は、はい……。Chanceさんが誰かに追われてて……」
「……それで?」
「銃弾が、逸れて……」
私が言い淀んだ時、路地の奥から不気味なノイズが響いた。
ザザッ……ザザザッ……
まるで壊れたテレビのような音。
街灯が明滅し、空間そのものが歪んでいく。
「警戒せよ! キラーのお出ましだ!」
Guest 1337さんが構える。
歪んだ空間から滲み出るように現れた、異様な姿の男。
鮮やかな黄色の肌に、青いシャツ。頭には冷気を纏った王冠を被っている。そして何より不気味なのは、その顔だ。
目も鼻も口もない。顔があるべき場所は、黒い長方形の検閲バーで塗りつぶされている。
「……iTrapped」
Chanceさんが絶望的な声でその名を呼んだ。
彼を殺した張本人。そして、私の記憶の中にある銃を持った影。
iTrappedは、無言のまま右手を掲げた。その手には、黒い拳銃が握られている。
「来るぞッ!!」
Guest 1337さんの叫びと同時に、銃声が轟いた。
バンッ!
弾丸がアスファルトを削り、火花を散らす。
私たちは散り散りに路地裏を駆け抜けた。
雨音と銃声、そして自分たちの足音だけが響く。
「ハァ……ハァ……!」
私は必死に走った。
でも、おかしい。
この道を知っている気がする。
この先の角を曲がれば大通りで、その手前にゴミ捨て場があって……。
「カリス、そっちは行き止まりだ!」
Chanceさんの声。
でも、足が勝手に動く。まるで、過去の自分がそうしたように。
角を曲がった瞬間、私は行き止まりのフェンスに突き当たった。
「あ……」
背後から、ゆっくりと足音が近づいてくる。
iTrappedだ。
彼は銃口を私に向けたまま、感情のない声で呟いた。
『……イレギュラーデータ。排除する』
銃口が光る。
死ぬ。
あの時と同じように。
「やめろぉぉぉッ!!」
横から影が飛び出した。
Chanceさんだ。
彼はフリントノック銃を構え、iTrappedに向けて引き金を引いた。
カチッ。
――不発。
まただ。肝心な時に、彼の銃は火を噴かない。
『……愚かな』
iTrappedの銃口が、私からChanceさんへと向きを変える。
このままでは、彼が撃たれる。
私の記憶と逆だ。
あの時は、彼が避けた弾が鉄骨の留め具に直撃した。
今回は、私を庇って彼が撃たれるのか?
「いや……だ……」
私は懐の時計を握りしめた。
熱い。時計が焼きつくように熱い。
私の『不運』が、何かを求めて暴れ出そうとしている。
「Chanceさん! 避けて!!」
私は叫びながら、近くにあったゴミ箱をiTrappedに向けて蹴り飛ばした。
私の『不運』が発動する。
ゴミ箱は濡れた地面で滑り、あり得ない軌道を描いてiTrappedの足元へ――
ドガッ!!
iTrappedがつんのめる。
発射された弾丸は大きく逸れ、上空のネオン看板のワイヤーを撃ち抜いた。
ギギギ……ズドンッ!!
巨大な看板が落下し、iTrappedと私たちの間の道を塞ぐ壁となった。
「はぁ……はぁ……!」
「……助かった、のか?」
Chanceさんがへたり込む。
降りしきる雨の中、私たちはネオンの光に照らされながら、互いの無事を確かめ合った。
すると、近くのビルの屋上から007n7さんが身を乗り出して叫んだ。
「二人とも! 無事ですか!?」
「ああ、なんとかな! 007n7、お前そこで何してる!?」
「このマップの構造を解析していました! ……妙なことが分かりましたよ!」
007n7さんは雨に濡れるのも構わず、大声で続けた。
「空間の座標が歪んでいるんです! まるで、二つの異なる時間が、無理矢理重ね合わせれているような……。Chance、あなたが死んだ時間と、カリスさんが死んだ時間が!」
その言葉に、私は息を呑んだ。
私が、死んだ時間?
私はそっと胸に手を当てた。
心臓は動いている。
でも、懐中時計は23時59分で止まったままだ。
私の時間は、あの日、あの雨の中で止まってしまったのだろうか。
007n7さんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲の風景が再び歪み始めた。
今度は、ノイズではない。
まるで映画のフィルムが重なるように、半透明の過去の映像が、現在の風景にオーバーラップしてくる。
「……なんだ、これ」
Chanceさんが目を見開く。
私たちの目の前に、二つの人影が現れた。
一つは、過去のChanceさん。まだ生きていた頃の、焦燥感に駆られた顔をしている。
もう一つは、iTrapped。顔の検閲バーはそのままだが、まるで旧知の友人のような態度だ。
『安心して良い。この先にあるのは、選ばれた人間しか入れない会員制の闇カジノだ。セキュリティは鉄壁だし、何より……お前好みの高レートな卓が立っている』
『……マジか? あいつの手が及ばない場所で、また博打が打てるのか?』
『ああ。その強運を活かせる最高のステージだ』
甘い言葉。追い詰められたギャンブラーにとって、それは救いの手であり、抗えない誘惑だった。Chanceさんの表情から警戒が薄れ、欲望と安堵が混じった笑みが浮かぶ。
『……やっぱり持つべきものは親友だな!』
『さあ、こっちだ』
幻影の二人は、路地裏の奥へと歩いていく。
そして、まさしく私たちが今いる、この行き止まりの路地へと入ってきた。そこにはカジノの入り口などない。ただの汚れた壁があるだけだ。
『……おい、ここ袋小路だぞ? 入り口はどこだ?』
Chanceさんが振り返る。
その背後で、iTrappedは静かに懐から黒い拳銃を取り出していた。
『入り口なんてない』
冷たい声。
Chanceさんが凍りつく。
『……は?』
『お前は少し、勝ちすぎたんだ。ソネリーノ一家も、お前の強運には手を焼いている。……彼らは、『お前の死体』になら高額な賞金を払うと言った』
『なっ……!? てめぇ、俺を売ったのか!?』
iTrappedが銃口を向ける。
そこに友情など最初からなかった。あったのは、冷徹な計算と裏切りだけ。
『悪く思うな。これもビジネスだ』
トリガーが引かれる直前。過去のChanceさんの視界に、誰かが飛び込んできた。
――私だ。
喪服を着た私が、物陰から飛び出してきた。
『Chanceさん!』
『カリス!? 馬鹿野郎、なんでついてきた!』
Chanceさんが叫ぶ。彼は私を巻き込まないように、強く突き飛ばそうとした。
『どいてろ! 死ぬぞ!』
『嫌です!』
でも、私は動かなかった。むしろ、彼を庇うように前に出た。
怖くなかったわけじゃない。でも、自分の人生なんて心底どうでも良かった。
親族は全員死に絶え、私は正真正銘の独りぼっちだった。帰る家はあっても、待っている人はいない。未来に希望なんてない。
けれど、Chanceさんは違った。生きる力に溢れている。どんな苦境でも笑い飛ばす強さがある。私みたいな空っぽな人間が生きるより、彼が生きた方が、きっと世界は面白い。
彼のために死ねるなら、私は本望だった。
バンッ!
銃声。過去のChanceさんは、反射的に動いていた。
そこには、濡れて滑りやすい鉄板が敷かれていた。普通なら転倒するはずだ。しかし、彼の『幸運の女神』が微笑む。
彼は転ぶどころか、滑る勢いを利用して、弾丸の軌道から完全に体を逸らしたのだ。
「……そうだ。俺はあの時、運良く避けたんだ。……でも」
現在のChanceさんが、震える声で呟く。
彼の視線は、弾丸が飛んでいった『その先』に釘付けになっていた。
逸れた弾丸は、コンクリートの壁に当たり、跳弾した。
キンッ! という鋭い音。
弾丸はあり得ない角度で跳ね返り――頭上の建設現場の、鉄骨を支えるワイヤーの留め具を直撃した。
ブチリ、と嫌な音がした。次の瞬間。
ガシャアアアアアンッ!!
数トンの鉄骨とコンクリートの塊が、崩落した。無理に彼を庇おうとして前に出ていた私の上に、それは無慈悲に降り注いだ。
「あ……」
私の喉から、声にならない音が漏れた。
過去の私は、何が起きたのかも分からなかっただろう。
一瞬の衝撃と、永遠の闇。
懐中時計がポケットから滑り落ち、水たまりに落ちて止まる。
針は、23時59分を指していた。
『……チッ、外したか。まあ良い、死体が増えただけだ』
iTrappedが舌打ちをし、瓦礫の向こうへ逃げたChanceさんを追っていく。
路地裏には、瓦礫に埋もれた私だけが残された。
ザザッ……ブツン。
映像が途切れた。
現実に戻る。
雨音だけが、耳に痛いほど響いていた。
「……嘘だろ」
Chanceさんが、その場に膝をついた。
彼は青ざめた顔で、私を見上げている。
「俺が……避けたから……」
彼の手が震えている。
「あの時、俺の『幸運』が……お前を殺したのか?」
「……違います。私が、無理に庇おうとしたから……」
私が死んだのは、私が勝手について行って、勝手に飛び出したからだ。文字通り、自業自得。Chanceさんの言う通りに逃げていれば、あるいは突き飛ばされたままじっとしていれば、巻き込まれなかったかもしれない。
「Chanceさんは逃げろって言ったのに……私が言うことを聞かなかったから、逃げ遅れて……」
「馬鹿野郎! 俺が巻き込んだんだ! 俺が弾を避けなきゃ、鉄骨は落ちなかった!」
彼は自分の強運を呪い、私は自分の無謀さを呪った。
「……カリス、すまない……俺は……」
「謝らないでください」
ズドォォォォンッ!!
感傷を断ち切るように、瓦礫の山が吹き飛んだ。
看板を破壊して、iTrappedが姿を現す。
彼は両手を広げた。
空間に無数の銃口――デバッグ用のコマンドコンソールのような幾何学模様――が展開される。
「来るぞ! 走れ!」
Chanceさんが叫ぶが、彼は私の方を見ようとしない。
罪悪感。
それが彼を縛り付けている。
(……これじゃ、勝てない)
私は走り出しながら、胸元の時計を握りしめた。
時計は動いている。
私の時間は、もう止まっていない。
過去は変えられない。私が死んだ事実は消えない。
でも――。
「Chanceさん!」
私は彼の背中に向かって叫んだ。
「あなたが生き残ったことには意味があるはずです! 私の死を無駄にしないでください!」
「ッ……!」
Chanceさんが顔を上げる。
無数の弾幕が、私たちに降り注ごうとしていた。
不運な少女と、幸運なギャンブラー。
因縁の二人が、今、本当の意味で試されようとしていた。