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本文17000字あるのでお暇な時にどうぞ。
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家に帰るのがこんなにも楽しみなの、いつぶりだろう。僕は浮かれきった足取りでマンションの廊下を歩いていた。いや、もはや走っていた。
鼻歌を歌いながら部屋の前まで着くと、排気口から何やら美味しそうな匂いがしている。今となっては嗅ぎ慣れたはずのそれに何故かものすごく嬉しくなって、口元がにやけるのを止められない。
いつものコンビニ袋ではない支給品のバッグからカードを取り出し、オートロックを解除する。その時間すら待ち遠しくて、例えるならクリスマスの日の朝プレゼントのラッピングを開けているみたいな気分だ。
「──ただいま!」
「おう、おかえりぃ〜」
ドアを開けた瞬間ありったけの声でそう言えば、奥から軽い調子の返事が返ってくる。もどかしい気持ちをどうにか抑えつつ靴を脱いでコートハンガーに上着を掛けて、やっとのことで大好きな彼のいるリビングまでたどり着いた。
「ただいまぁリトくん!」
「一回で聞こえるわ。つか鼻歌デカすぎな? 換気扇からめっちゃ聞こえてっから」
鍋をかき混ぜながら苦笑するリトくんは私服にシンプルなデザインのエプロンをかけていて、その家庭的な雰囲気に思わずドキっとしてしまう。すごい、現実って好きな人のエプロン差分が無料で見れちゃうんだ。
僕がこんなにもウキウキしっぱなしだというのにリトくんはやけに冷静なのが少しばかり気に食わないが、その手元から漂うスパイスの香りに意識を持っていかれてどうでもよくなってしまう。
「……ねぇ、ひょっとしてそれってさぁ……?」
「カレ〜。俺もついさっき帰ってきたとこでさ、簡単なやつでごめんな?」
「いやっ、もう全然!! 作ってくれるだけでありがたいし、俺リトくんの作るカレーマジで好きだから!」
「声デカ……じゃあ今のうちに手洗って着替えて来いよ。こっちもうちょいかかるから」
僕が全力で褒め讃えると、リトくんは茶化しながらも照れくさそうに笑ってくれた。テーブルに目を遣ると食器類や飲み物なんかも既に用意されているようだし、ここは寛大な彼に甘えさせてもらうことにする。
洗面所で手を洗ってから寝室に向かい、2つばかり積まれた段ボールを開いてTシャツを取り出した。本当はいつもの部屋着が良かったんだけど、ここに来る前リトくんに「あれと四六時中目が合う生活に耐えられる気がしない」と却下されてしまったので仕方なく無地のものを選んできた。可愛い恋人の顔が同時に2つも見られるなんてお得だと思うけど──ああいや、想像してみたら普通に面白さが勝っちゃうな、これ。
このために買い揃えた無難な部屋着に着替えてリビングに戻ってくると、テーブルの上には大皿に盛られたカレーライスと麦茶、付け合わせのサラダまで用意されていた。
「うっわ超うまそうなんだけど!? え天才だよきみ!!」
「ははっ、すげえ喜ぶじゃん。はい、席着いてくださぁい」
促されるまま椅子に着くと暖かな湯気と共に美味しそうな匂いがぶわりと昇ってくる。僕があんまりはしゃぐものだから、リトくんも満更でもなさそうだ。リトくんが嬉しそうにしていると僕ももっと嬉しくなる。これが相乗効果ってやつなんじゃないだろうか。
リトくんがエプロンを脱いでテーブルに着くまでを見守ると、ようやく『いただきます』と手を合わせることが許された。
野菜がゴロゴロ浮かんだ褐色のごちそうを前に、まずはご飯とルゥの境目をでっかいスプーンでひと掬いしてみる。つやつやのルゥが白いご飯にとろけていて、黄色い油が宝石みたいにキラキラ光って見える。ちなみに、スプーンがでかいのはリトくんの口のサイズに合わせているからだ。
……これ一口でいけるかな。ちょっと心配になる量だけど、食欲という衝動の前にそれはあまりにも無力だった。
「んぐ…………うごご……!」
「一口目頑張りすぎだろ。それほぼ飲んでるだろそれ」
「……んー!! すっっげーうまい! 辛さとかご飯の硬さもちょうどいいし、なんていうの? この……野菜の甘みとかも溶け込んでて……いやもう、うまい! 美味いだけでいいわ!」
「はははっ! 食レポ途中で諦めんなよ! あと口の端めっちゃルゥ付いてっから」
鶏みたいな癖のある笑い声ももはや馴染んだもので、手渡されたティッシュで口元を拭いながら笑い返す。
それにしても料理が上手すぎやしないか? リトくん最近は自炊してないとか言ってなかったっけ。普段割と料理する僕より全然上手いんだけど。
世の中色々あるけれど、口いっぱいに美味しいものを頬張る幸せは何物にも代え難いものだ。こんな幸せを提供してくれたリトくんには感謝しないとな。キンキンに冷えた麦茶を飲みながら僕にしては珍しく殊勝なことを考えていると、「そんで?」とリトくんが少し真面目な顔で切り出した。
「──任務の件はどうなった?」
「ああ……なんかねぇ、異変が起き出したのがつい最近だから、東のシミュレーターでも西の占いでも判別できないらしくってさ。拠点の建て直しとか偵察とかも追いついてないし、しばらくは──2日後くらいまでここで待機だって」
「うえー、マジかよ。でも放っぽり出してどっか出かけるとかもできねえんだろ? こっちに来るのももっと後でも良かったじゃねーか」
「まぁ、こればっかりは後手に回らざるを得ないからね。結局僕らは何かが起きてからじゃないと動けないんだよ」
「『ヒーローは遅れてやってくる』ってのも、実態がこれじゃあなあ……」
リトくんは大ぶりに切ってあるじゃがいもを口に運びながら、大袈裟に眉根を寄せてみせる。どうでも良いけどこのカレー、野菜ゴロゴロ系なのにちゃんと中まで火が通っててすごいな。やっぱり下茹でとかしてあるんだろうか。
閑話休題。
実は今僕とリトくんが同じ屋根の下で生活しているのは、ピカピカの同棲生活が始まったからではない。
ここ1週間ほど、僕らが今いるこの辺りで地殻変動──のようなものが起きており、東の国の研究チームによってどうやらそれが人工的なものであることが判明した。諸悪の根源はいつものこざかしい奴らの仕業なのか、それともまた別の第三勢力が現れたのか。どちらにせよ山と海に挟まれたこの長閑な地では何もかもが人々の脅威足り得る。ということで、一旦様子を見るために東の精鋭である僕とリトくんが長期的な遠征任務に就くことになったのだ。
ここら一帯の住民は全て避難が済んでおり、異変が起きたらすぐに現場に駆けつけられるよう近場のマンションの一室を借りて男2人のルームシェアが始まった……というワケ。
……今『なんでコイツなんだ?』って顔したね? いや、そりゃ僕だって思ってるよ。自慢じゃないけど僕は知識もなければ戦略も組めないし戦闘もさして強くないからね。
でも仕方ないだろ、僕の持つ咄嗟の判断力や勘というのが案外馬鹿にできないものらしくって、1分1秒の遅れも許されないこの状況では僕が適任らしいんだから。ごめんね? 僕があまりにも有能なスパダリヒーローすぎて。
「でも、テツじゃねえけどさ……俺、結構楽しんじゃってるかも。この状況。なんか合宿みたいでワクワクするっつうか……」
「マジそれな! 近隣の住民の皆さんには既に避難してもらってるわけだし、この静けさが何ともね、ゾンビパニックっぽいというか」
「……あと、それにさ? ……将来テツと一緒に住んだら、こんな感じなのかなって」
「…………あ、あー……」
今しがた飲み込んだにんじんが途端に喉を通らなくなる。発言した当の本人は休めることなくスプーンを動かしているが、僕はもう彼の顔を見ることができなくなってしまった。
将来、僕と一緒に住んだら。それはつまり、僕達の関係で言うなら同棲ということで。良かった、僕だけが舞い上がって浮かれていたわけじゃなかったんだ。リトくんも同じことを考えてくれてたんだ。
スプーンに残ったルゥで皿に張り付いた米粒を剥がしながら、ちらりと視線を上げてみる。
「……エッ何何何なんでこっち見てるの!?」
「っはは! 反応でけえよ。ただ見てただけだっつうの」
「いやビビるってマジで……ああいうこと言われたらさ、さすがに……意識するじゃん」
「……ああいうの?」
「……いや……だから……」
えっ気にしてるの俺だけ? リトくんはいまいち感情の読めない表情でじっとこっちを見てくる。怖えよ。
上手い返しの言葉が見つからなくて、喋る代わりに僕は残ったご飯を一気にかき込む。サラダもまとめて口に詰め、今やぬるくなった麦茶で流し込んで「ごちそうさま!」と勢いよく手を合わせた。
「おかわりあるけど?」
「えっじゃあ……あー……いや、やっぱいいや。明日もあるし……それに、お腹いっぱいになると、色々困るし」
「……ふーん?」
「…………お皿水に漬けとくよ、僕が後でまとめて洗うから」
案外鈍感なリトくんに内心やきもきしながら、僕は煙草とライター、それから携帯灰皿を上着のポケットから取り出してベランダに出た。
食事をしたせいかそれとも心情的なものか、ほてった身体を通り抜ける夜風が心地よい。箱から煙草を一本取り出して唇に挟み、ライターで火を着ける。メントールの冷たい煙を吸い込んで、ゆっくりと肺に送り込んでいく感覚。吐き出したところで鼻から抜けるのはツンとした煙の匂いだ。身体に良かろうハズも無いけど、そうしているうちにだんだんと気分が落ち着いてきた。
人差し指と親指に持ち代えると同時にフィルターの中のカプセルを噛む。咥え直してまたひとつ呼吸をしながら、赤く光る先端をぼんやり眺める。
「──テーツ、」
「ッ、っげほ、えほっ……う゛ぅん! ……な、なに?」
突然背後から名前を呼ばれて、漂っている方の煙を吸って咽せてしまった。フィルターを通さない煙ってマジでただの煙だからね。目に入ると痛いし。
後ろを振り向こうとしたけれど、思ったより真後ろに立たれてしまったため身動きが取れない。リトくんは「美味い?」と何てことのないみたいに聞いてきたので、動揺が悟られないよう笑いながら「不味いよ」と返す。
「リトくんはおかわりしないで良かったの?」
「んー……や、まぁね、うん……」
「……ふ、何? もったいぶらないでよ」
「あのー……もし違ってたら悪いんだけどさ」
「……なぁに」
「……もしかしてさっき、誘っ……てくれてた?」
恥じらいを堪えるように潜めた声が、耳のすぐ後ろから降ってくる。
危うく煙草を取り落とすところだった。僕はリトくんの低く囁くような声にすこぶる弱い。現に今も、返事をしなくてはいけないのに頭が真っ白になって何も考えられなくなってしまっている。
「……な、テツ」
「……、……うん、そのつもり、だったけど」
やっとのことでそれだけ捻り出すと、やっと羞恥が追いついてきて顔がぶわっと熱くなる。
僕はよく自分のキャパを超えた量の食事をしてしまって、そのせいで動けなくなったり起きていられなくなったりしている。
……そういう『行為』がそれで中止になったことは、今のところ無いけど。
一般的なそれがどういうものかは分からないけれど、僕とリトくんの夜の営みというのはおそらくちょっとだけハードなので、お腹いっぱいまで食べてしまうと少々危険なのだ。主に内臓が。
だからさっきはそれを暗に匂わせたっていう、まぁその、我ながら稚拙で伝わりづらいお誘いのつもりではあったんだけど。
「あ〜〜……ごめんなマジで、すぐ察せなくて。……ほんとはちょっとよぎったんだけど、さすがに思い上がりだったら恥ずいなって……」
「いやごめんほんと、ごめん。リトくんのせいじゃないからマジで……」
リトくんが僕の肩口に頭を埋めながら、腕を回して柵に手をかける。抱きしめるまではいかないものの、大きな身体でぐるりと僕を取り囲むような感じだ。
……これはちょっと、まずいな。鳥肌の立った腕をさすりながら、意味がないと分かっていつつも胸の高鳴りがバレないように息を殺す。
だって、わざわざ誘うってことは僕の方もそれなりに『溜まってる』というやつで。そんな状態で好きな人にバックハグされた上に頭ぐりぐりなんてされてしまえば、自然と神経が過敏になってしまうものだろう。
ふわりと吹いたぬるい風が、リトくんの整髪料と香水の香りをより一層巻き上げる。ほんの少し触れた背中から彼の体温がじわじわ伝わってきて、何というかもう、だめだった。
「──あのさ。……気ぃ変わってたり、してない?」
「…………うん」
やっとのことでそう答えると、火が着いたままだった煙草を最後にもうひと吸いだけして携帯灰皿に押し込んだ。まだ少し吸えたけど今はそれよりずっと意識を持っていかれてしまっていることがある。
メントールの清涼感なんてとっくに感じなくなっていて、内から燃えるような熱がお腹の奥を焦がしていた。
§ § §
お風呂から上がると、先に済ませていたリトくんがベッドサイドでスマホを弄っていた。指の動きからして何か文字を打ち込んでいるらしい。
集中しているのか僕が戻ったことに気づいていないようで、顔を上げる気配は無い。ちょっとした悪戯心がくすぐられるのと、あとついでに打ってる内容も気になるので忍び足で近づいてみることにした。
「──ぅおわッ!? 顔ちっっか!! 声かけろよ普通に!!」
「うぉびっくりした、声デカいなきみ」
あとちょっとで画面を覗けるくらいの距離で勘づかれてしまい、リトくんは弾かれたように顔を隠してしまった。普通隠すの画面の方じゃない?
無防備に晒されたそれをありがたく覗かせてもらうと、そこには見覚えのあるアイコンとのやり取りが表示されていた。
「……あ、マナくんからの連絡返してたのか」
「そうだよ……なんかすげえ心配されてるから大丈夫って返信してただけです……」
さっきやたら通知来てるなと思ってスルーしちゃったけどあれマナくんだったんだ。悪いことしたな。
未だ動悸が治まらない様子のリトくんが「これだけ返事しちゃって良い?」と聞くので快く承諾し、せっかくなので部屋を間接照明に切り替えておく。薄暗い部屋にぽつんとテーブルランプが灯る様は、何だか古い映画のワンシーンのようでロマンチックだ。
スマホは充電しているところだし、することもなくなったので何となくリトくんの横顔を眺めてみる。
……うん、やっぱりかっこいいな。
童顔だけど骨格がしっかりしているから目元に落ちる影とかも色っぽいし、暗いところで光を浴びると琥珀みたいに透ける髪も綺麗だ。優しげな垂れ目や柔らかく弧を描く口元なんかまさに『甘いマスク』って感じがする。
この人が、僕の恋人なんだ。
僕と彼の関係がこうなってから随分経つはずなのに未だに信じられない。長い間片想いしていたものだから、こうして横から見つめることに慣れてしまっているというのもある。
誰にだって優しいけれど、その誰にも心の奥深くには触れさせない。ブレない、底知れない、掴みどころのない、それでいてとてもあたたかい人。
もし僕が──きみの全部が欲しいと言ったら、きみはどんな顔をするんだろう。
「……すげえ見てくるじゃん」
「あ、ごめん」
リトくんが照れくさそうに流し目を寄越す。その仕草さえどこか大人っぽい色気があって、つくづく色男だなと思う。自称セクシーも伊達じゃないんだよな。
ようやくやり取りが終わったらしく、リトくんはスマホをサイドテーブルに置いて僕の隣に座り直した。正面から見る顔も、やっぱりかっこいい。
「待たせてごめんな?」
「いや、気にしてないよ。マナくんは何て?」
「……『はしゃぎすぎてテツ潰すなよ』……だってさ」
「あー……ははは」
バレてる〜〜〜〜……。
気まずそうに目を逸らすリトくんに、僕も曖昧に笑って返すことしかできない。てっきり業務連絡だと思っていたら、僕の身を案じられていたらしい。
でも、僕しか知らないけれど夜のリトくんは意外なくらいに紳士だ。翌日まで動けなくなったり痛みを引きずったりすることは基本的にないし、嫌がることを無理矢理させられたことだって一度もない。……たまにはもう少しくらいひどくしてくれたって良いのに、と思うことが無くはないけど。
そこでふと、さっきの悪戯心のような──僕の生来の悪癖である、衝動的な好奇心が湧いて出てきた。
思いついてしまったからにはもう実行に移す以外の選択肢などなく、僕はいつかこうして身を滅ぼすんだろうなぁなんて考えながらリトくんの目を上目遣いで覗き込む。
「でもさぁ、最低でもあと2日はすることないんだよ? 僕達」
「や、そうだけど──」
「──いいよ、潰してくれても」
わざといたずらっぽく声を潜めて囁くと、リトくんの目が大きく見開かれた。ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
そろそろ伸びてくる手が僕の髪をするりと撫でて、そのまま頬から顎へ伝い、頭を固定されてしまう。
「……お前それ、どういう意味か分かってんのかよ」
「んー……ふふ、どうだろうね? ……ぁ、」
首筋に這わされた指がくすぐったくて笑うと、その吐息ごとリトくんに食べられてしまった。
むちゅ、ちゅっ、と最初は啄むようなかわいいキス。そのうち唇同士がくっついている時間が長くなって、こちらが誘うように薄く口を開けるとすぐに厚い舌が割り入ってくる。
「……っん、はふ……んは……っ♡」
「フ……っ、」
潤んだ視界いっぱいに映るのは、まるで獣みたいにギラついたオレンジの瞳。ああ、そんなの爽やか青年のきみがしていい表情じゃないのに。僕にだけ向けてくれる欲望まみれの視線が嬉しくて、つい口角が上がってしまう。
人間の体内の温度なんてたかが知れているだろうに、きみの中はどうしたって熱く感じてしまってそこに縋っていたくなる。ただでさえ首根っこを捕まえられて逃げられない状態なのに、その広い背中に腕を回してしがみついた。
犬歯の裏を舌で突っつかれ、そのまま歯茎をなぞるように舐られ、続けざまに与えられる愛撫に背筋がぞくぞくする。そうして溢れかけた嬌声さえもどちらのものか分からない唾液によって阻まれて、行き場のない淡い快楽がじわじわ溜まっていくのを逃がせない。
「──ッ、は……はァ、はー……っ♡ あ、っぶな、死ぬとこだった……ね、リトくんさぁ、コーヒー飲んだでしょ」
「ふ、……飲んだけど……? 何だよ」
「口んなかすっげぇ苦かった」
「……お前が言う? それ」
そういえば僕もさっき煙草吸ったんだったな。どこか他人事のように思い出しながら、こちらを見下ろすリトくんの顔をぼんやり見つめる。
……あ、よだれ垂れちゃってる。
「うぉっ、……お、まえ──」
「……ほら、やっぱ苦いって」
リトくんの顎先まで伝ってしまっていた唾液を舐め取ると、挑発と見なされたのかもう我慢ならないというように押し倒された。清潔なシーツの香りがして、その後すぐにコーヒーの匂いが追いかけてくる。
特に抵抗もしないでいると、僕の手首に跡が残らないよう加減しつつも絶対に逃れられない絶妙な力で抑えつけられてしまった。
「────覚悟しろよ、テツ」
低く唸るように耳元で囁かれてしまい、心臓とお腹の奥がきゅんっ♡ と高鳴る。邪魔くさそうにTシャツを脱ぎ捨てたリトくんは見たことがないくらい凶暴な笑顔を浮かべていて、戦闘時とはまた違う雰囲気の眼光の鋭さに俄然ドキドキが止まらない。
……これから一体どんな目に遭わされちゃうんだろう? なんて、被虐的な期待をして口角が上がってしまっている僕も大概だけど。
§ § §
「……〜〜ッね、もう、いいから……っあ、ぅ゛……っ♡」
「……3本め。あとちょっとだから、我慢しろよ」
囁かな抵抗に身を捩ると後孔に突っ込まれた指の先がいいところを掠めてしまい、無事自滅した。リトくんは僕とは真逆に冷静を保った表情で、「じっとしてろ」と目で訴えてくる。
そんなこと言ったって、あの後ふたりでベッドに倒れ込んでから既に30分は経っているじゃないか。普段でもしつこいくらいに前戯を施してくる彼だけど、今日は特に執拗だ。じわじわ高められたまま甘イキも許されない上にさっきからずっと指じゃ届かない奥の方が疼いて仕方ない。ちょっとくらい痛くても良いから、早くこの疼きを止めて欲しい。むしろちょっと痛いくらいの方がきみの存在を感じられるから。
なんて考えているうちにリトくんの節くれ立った太い指が、ただでさえ焦らされた内壁の中を、ひだのひとつひとつを引き延ばすようにばらばらに動き出した。3本の指でぐぱっと拡げられたってその中身は空っぽで、それを埋めてくれる質量と熱が欲しくてたまらなくなってしまう。
「ァ゛、それ、っやめ……! っがまん、できなくなっちゃうだろ……っ♡」
「んはは、堪え性ねえなあ。誰にそんな調教されたんだよ」
「きみだよ……ッ!!」
「俺かぁ」とどこか嬉しそうに呟くリトくんだけど、あいにく僕の方にそんな余裕はない。彼の言うように『調教』されてしまったお腹の奥がうずうずして切なくてむず痒くて、もう頭がおかしくなってしまいそうだ。もしこれで本当に僕がおかしくなったら「彼氏にちんちん挿れてもらえなくて発狂しました」って報告書に書く羽目になるんだぞ、分かってるのか。
「──ッっぁ゛、んぎゅッ!?♡ ……っ?♡」
「……、こんなもんか。……テツ? 大丈夫かぁ……?」
「だいじょ、ぶじゃ、な……っ♡」
とうとうぐずりそうになってきたところで、ようやく指が引き抜かれた。……のだが、散々甚振られたそこをふっとい関節が通り抜ける感覚だけで軽イキしてしまい、神経が昂ったまま戻ってこられない。
やっと『おあずけ』が終わったっていうのに中途半端な絶頂感のせいで物足りない。嫌だ、僕はリトくんのちんちんでイきたいのに。
何でもいいからどうにかしてこの燻りを散らしたくて、僕はゴムを装着しているリトくんの腰を脚で引き寄せた。
「っね、……ねぇ、リトくん」
「、今準備してっから、あとちょっとくらい待てって──」
「僕のなか、ず〜っとビクビクしてるからさぁ……いま挿れたら、すっげぇ気持ちいいよ……?♡」
「ッ……こんのやろぉ……」
みるみるうちに赤く凶悪になっていくリトくんの顔を見上げながら、期待に釣り上がっていく口端を止められない。
はやくはやく、寂しがりやな僕をきみでいっぱいにして、僕をめちゃくちゃにして。
リトくんは片手を僕のお腹の上について、もう片方の手で上へ上へと向きたがる向上心◎な息子を抑えつけた。そのまま僕の後ろの窄まりに当てがうと、ぐずぐずに解されたそこはたったそれだけで感動の再会と言わんばかりに吸いつこうとしてしまう。ああもう、まったく堪え性のない身体で恥ずかしい限りだ。
「……挿れるぞ」
「ッうん……っ♡ 〜〜ッぁ゛、はァっ♡ あぁ゛……ッ、やっときたぁ゛っ……♡」
でっっかぁ……♡ やっとのことで待ち望んだ快感が与えられ、歓喜のあまり僕は涙を流して悦んでいた。ついさっきまで不規則に収縮していた内壁は今や圧倒的な質量を受け入れるので精一杯になっている。
リトくんのちんちんは太っとくて長っがい上にカリ高なハイパーつよつよちんちんなので、ゆぅっくり入ってくるだけでも僕の弱点を全部ぞりぞり削いでだめにしていく。快楽神経をまとめてねっとり刺激されていくような快感と息もできないくらいの圧迫感に、僕はあっけなく高みに追い詰められてしまった。
「ッあ゛♡ むり……ッ゛♡ いぐッ♡♡ っィ゛っぐ……♡♡ う゛〜〜っッ゛……♡♡」
「ッは、きもちー……♡ あとちょっとで奥なんだから、もうちょっとくらい待て、よ……っ、と」
「ッッんぎゅっ!?、──ッぁ、あァ゛〜〜〜ッッっ゛!♡♡♡」
とちゅんッ♡ といきなり最奥を穿たれて、僕はなす術もなくふっかいアクメをキメさせられた。背を限界まで反らせてどうにか絶頂を飲み下すが、おおよそ僕の頭で処理しきれる快楽の許容量を超えている。触れられもしていない僕のちんちんは、とぷ、びゅ……っ♡ と情けない吐精をしたきりうんともすんとも言わなくなってしまった。
自由の効かなくなった身体で思い切り締め付けてしまっているせいか、リトくんが短く息を詰まらせる。それを聞いて余計に内側を締めてしまって、もはや身体じゅうの神経回路がしっちゃかめっちゃかだ。
獣みたいに低く唸ることしかできない僕を見下ろすリトくんはやけに愉しげな笑みを浮かべている。もはやそれに反抗する気も起きない僕はぐったりと力なく四肢を投げ出し、奥までずっぷり埋められた怒張に感じ入ることしかできなかった。
「……は、はぁ……っ♡ んぁ……っ♡ ……やっべぇ♡ 入ってるだけで気持ちいい……♡♡」
「は、──そりゃ何より。……そろそろ動いてい?」
「ッちょ、まって……ん、よいしょっ……」
リトくんが動きやすいように崩れた姿勢を整えて、散らばっていた枕を隅の方へと追いやった。ちなみにベッドは夢のキングサイズね。すごいだろ。
「ふ……はい、これでどうぞ。……あ、やっぱ待って、……ちょっと屈んで」
「お? ……ふは、顔ちっか」
さっさと支度を済ませてから、リトくんの木の幹みたいな首に腕を回す。ぐっと近づいた顔には、まだまだ余裕で理性が残っていそうだった。
その理性、絶対ぶっ壊してやるからな。
「ッっア゛あぁ゛〜〜〜ッ♡♡ 待っ゛、リトく……っ♡♡ 今イっ、でるからァ゛……っッ゛お゛ぉっ♡♡♡」
「ッ言いながらイってんじゃねえよ……」
何度目か分からない絶頂を叩き込まれた僕は打ち上げられた魚のように跳ねることしかできず、仰け反りすぎて呼吸ができなくなる感覚でさえ快感になってしまっていた。
リトくんはそんなことお構いなしにどちゅどちゅ奥を突いてきて、その度僕の頭にはパチパチ火花が散っている。そして彼はこれまで一度もイっていない。
「ァあ゛……ッッ♡♡ ぅ゛、あァ゛〜〜ッ……♡♡ ッ♡ も、むり♡♡ もぉかさねてイくのむりィ゛っ♡ ぃッ゛──〜〜〜〜イ゛ッッぐぅ゛……ッ!♡♡♡」
ぎゅううっ♡ と全身を強張らせて達して、なかなか引かない絶頂感を歯を食い縛ることで何とかやり過ごす。
本能が度を越した快感から逃れようとしているのか、それともまともに呼吸ができていないからか、ガクンとブラックアウトしそうになる意識を気力だけで呼び起こした。急いで肺に酸素を送り込むと、心臓の音が耳の近くでバクバク聞こえる。
「あ゛ッ♡ はァあ゛……っ♡♡ ぁ゛ーー……だ、めだ♡ 余韻、ン゛、っ引かな……♡♡」
「ん……ちょっと休憩しような……?」
そもそも一回一回が重たくて深いのに、その波が引かないうちに重ねて絶頂させられていれば身体がおかしくもなってくる。視点がゆらゆら定まらないのを誤魔化すようにまぶたを閉じて、痙攣が収まるまで待つことを許された。
リトくんはそんな僕の額に張り付いた髪を払い、ちゅっと軽いキスを落としていく。味見じゃないよな、なんてまるで被食者の考えがよぎってはすぐさま掻き消えた。
「……なぁ、テツ」
「ッはぇ……?♡ なに、」
「ここ、……奥、入っていいか」
そう言いながらトン、と指でさされたのはちょうどおへそのすぐ下あたり。そこは何と云うんだったか直腸の終わりの折れ曲がったところで、今しがたド突かれて僕がひんひん啼かされていた──まぁつまり、僕の弱点なんだけど。
リトくんはそのまま僕の薄い腹筋をつぅっとなぞり、次いで手のひらをぴったり這わせると「なあ、」とじっとり欲に濡れた瞳で追い討ちをかけてきた。
いつもここを責められると僕はより一層だめになる。それは単に気持ちいいからというだけじゃなく、リトくんのものを全て受け入れられたという達成感、女の子みたいに奥で感じてしまっている敗北感、いちばんの弱点を大好きな人に掌握されているという、被支配欲が満たされる感覚──が、全て一気に襲いかかってくるからだ。
ただでさえ息も絶え絶えだというのにそんなのに付き合っていたらこの身が保たない。答えは最初から決まりきっていた。
「──いいよ。その代わり、ちゃんと気持ちよくしてね……?♡」
「はっ、……あんま煽んなよ」
リトくんはひっくい声で脅してくるが、これが彼なりの最終勧告だということを僕は知っている。しかし僕としても断るという選択肢は最初から無いので、精一杯の歪な笑顔で応えてやった。
まぁでも、リトくんだって全部挿れて気持ちよくなりたいだろうしな、と言い訳のように自分に言い聞かせる。
「動くぞ」と短い合図とともに奥までみっちり埋まっていたそれがずるずると引き抜かれていき、心の準備をする間も無く最奥めがけて穿たれた。
「──〜〜ッッ゛!♡♡、ッっぎゅ♡♡♡ っァ゛、あ゛ッ♡♡ づよぃ♡ ちょっ、ま゛っれ゛……ッ゛♡♡」
「っ、あーー……締め付けすっげえ……きもちーなぁ、テツ?」
「ッぉ゛♡♡ ぎもぢ、ッぃ゛♡ きもち、からァ゛っ……ッッ!♡♡、〜〜ッて♡ てかげんしろって、ッ♡ いってんの゛!!♡♡」
ぐっちゅ♡ ぐっちゅ♡ と激しい抽送に呼吸もできず、喘ぐついでに僅かな空気を肺に取り込む。あんまり喫煙者の肺をいじめるんじゃないよ。
リトくんは僕の脚を抱えたまま、仄暗い欲を瞳に灯してうっそりと笑った。
「あは、しなぁい。……するとお前怒るじゃん」
「ッそれはさぁ……っ! 〜〜ッっあ゛♡♡ っも、そこばっか、ァ゛……ッ♡♡ ッあ゛、ァぁッ゛♡♡♡ また、ッ♡ また゛イっぐ……ッ♡♡ ゥう゛〜〜〜ッッ゛……!!♡♡♡」
ぎゅっと瞑った目からぼろぼろ涙が溢れる。それは強すぎる快楽への恐怖から来るものでもあり、呼吸もままならない苦しさから来る生理的なものでもあった。
相変わらず容赦のないピストンではあるが、リトくんも限界が近いのかより一層早く大ぶりな動きになってきた。奥だけでなく手前の気持ちいいところを余すことなく掻きむしっていくような快感が僕の脳と身体を苛む。それと同時に、リトくんも僕の中で気持ちよくなってくれているんだという実感が脳内麻薬のように思考を侵してきて、僕の頭はもうぐちゃぐちゃだ。こんなの男の体が知って良いものじゃない。
「〜〜ッあ゛♡、奥だめ♡♡ ぉぐ、ひらいちゃ゛……ッ♡♡ ァあ゛ァぁぁ゛っ゛……!!♡♡♡」
「ん……俺も、そろそろ……やばいかも……っ」
散々メスイキを叩き込まれた身体が今度は種としてどころか生命としての危機に瀕していることを自覚し、早くも陥落しようとしていた。凶器を受け入れようと綻びかけたそこへ無慈悲に杭を打ち付けられる。
──あ、クる。
「ヒュっ、──〜〜〜〜ッッっ゛!!♡♡♡♡ ぉお゛ォ゛ぉッっ♡♡♡ っぐ、ンぉお゛……〜〜〜ッ!♡♡」
「ッく、……っ、はァ……っ」
ぐぽん、とおおよそ人の体からして良い音ではない手応えとともに僕の弱点は呆気なく破られてしまった。それと同時にリトくんも射精したらしく、ゴム越しにどくどくと脈打つ感覚に思わず口角が持ち上がる。
柔い粘膜にリトくんの下生えが押し付けられる感触がして、一瞬取り残されたまともな思考は「リトくんのが全部僕のなかに入ってる♡」という狂喜によって掻き消された。
全身の神経全てに駆けめぐるようなきついアクメに襲われ、海老のように背を反らしながら悶えることしかできない。暴れて快楽を逃そうにも両手両足の自由を奪われているのでそうもいかず、ただただ馬鹿みたいに膨れ上がった多幸感と快感を大人しく甘受するしかなかった。
「ッ、……はぁっ、……は。すげえイキっぷり……」
「……ッお゛♡♡ ァ゛、あ゛っ♡♡ まって、まだ、抜かな──ッ゛、ォお゛……っ♡♡♡ ──ぁ゛ーー……死゛ぬ……っ♡♡」
「死なれちゃ困るなぁ」
未だに痙攣も収まらない中、射精直後でもバキバキのちんちんをいきなり引き抜かれてしまい、その刺激でまた軽くアクメする。リトくんは乾いた声で笑っているが明らかに目の奥が笑っていない。
鬼ピストンで腰も抜けたことだししばらくは動けないな、とどこか他人事のように考えながら何となくその行く末を眺めていると、ゴムに吐き出された精液の量に釘付けになってしまった。
器用に外されたそれにはクルミほどの大きさの半透明な液体が溜まっており、口を縛るとどぷんっと重たそうに揺れる。
は? 何あれ。一回の射精で出していい量じゃないだろどう考えても。あんな、あんなのを注がれちゃったら、女の子だったら一発で妊娠しちゃうぞ。……でもそれが、ゴム越しとはいえ今、僕のなかに注がれていたわけで。
ようやく自分の意思で手足が動かせるようになってきた僕は、ほとんど無意識のうちにお腹をさすっていた。
体つきもひょろひょろでちんちんも未使用な僕なんかとは比べものにならないくらい、リトくんは強い雄だ。まるで鎧のように分厚く纏っている筋肉も、高く大きくおまけに見た目も良い恵まれた体格も、子孫を残すための遺伝子でさえ、彼は完璧なまでに持ち合わせている。
そんなリトくんが今、僕を組み敷いて余裕のない顔で見下ろしている。いつの間にか新しいゴムに付け替えて準備は万端だ。かたや僕は腰も抜けて呼吸もまともにできていなくて、見て分かる通り満身創痍の状態なんだけど。
「……、テツ。……もう一回していい?」
潤んだオレンジの瞳が僕を捕らえる。
……ずるい。ずるいよ。
こんなにも大好きでたまらない人が、こんなにも種として優秀な人が、僕だけを見つめてこんなふうに懇願してくるだなんて──そんなの。
「……うん、」
いいよ、と続ける前に、噛み付くようなキスで唇を塞がれてしまう。耳の後ろに当てがわれた手のひらはじっとりと汗ばんでいて、それが気持ちよくて嬉しくて、束の間のぬるい恍惚に身を委ねた。
§ § §
「ッはー……っ♡ はーー……っ……♡ っあ、
ぁ゛〜〜〜……ッっ♡♡♡ ……っハァ、ふ、ッ゛……♡♡」
「ッ゛、……あ゛ーー……」
意識も朦朧とする中、どくっ、と内壁が伸縮する感覚でリトくんがまた射精したことを知る。もう何回目だろう。4回目か5回目か、もしかしたらもっとかもしれない。
僕はもう意識を保つのでいっぱいいっぱい──というか何度か気絶しては叩き起こされているっていうのに、リトくんはまだ元気が有り余っているらしい。慣れた手つきで素早くゴムを付け替えると、グズグズになった粘膜のふちが難なくそれを飲み込んでいく。
「っぁ、──……ン、ふぅう゛ゥ……っ♡♡♡」
その感覚にすら悶えるほど感じ入ってしまい、動かされなくても勝手になかを食い縛って気持ちよくなってしまう。そろそろ絶頂していない時間の方が短くなってきた。
──嘘だろ、まだやるのかよ。
こう思うのももう何回目だ。いつもは多くて3回までが限度だったのに、2人暮らし初日ということもあって彼もだいぶ浮かれているんだろう。
にしたってタガが外れたきみがこんなヤバいなんて知らなかった。腹上死を避けるためにも覚えておいて損はないだろう。
「っァあ゛ぁ……♡♡ ッんぃい゛……ッッぐ♡♡♡ あ゛ーーー…………♡♡♡♡ ……ィ゛っ、く……っ♡♡」
「はは……あー……かわい、」
無意識に出た言葉なのか独り言みたいにそう呟かれて、返事の代わりに後ろを締め付けてしまう。
リトくんきみ、そんな甘い声出せたのか。そんな、恋人に夜聞かせるような囁き声──ああ、それが僕か。
甘やかな声色とは裏腹に腰の動きは笑えないほど凶悪だ。もはや僕の身体を労わることをやめたリトくんは、ぬかるみきった例の行き止まりに亀頭を出し入れしてその感触を楽しんでいるようだ。白いお腹にうっすらと浮いた影が動くのに合わせて、ぐぽ、ぐぽっ♡ とくぐもった音が響いている。
ただでさえ神経がむき出しになっているようなそこを容赦なく責め立てられている僕は、自分を苦しめている張本人たるリトくんに縋ることしかできないのだった。
「ッふ、──テツ……、」
「、……ぁ゛♡、ン、っふ……ッ♡♡♡」
返事もできないうちに顎を持ち上げられ、唇に食いつかれた。
涎でべとべとになったそこを丁寧に舐め取られては舌の根をまさぐられて、腰の底がじんわり響くような快感が込み上げる。ぼやける視界に映った彼にもはや理性の色は残っておらず、ただ一心不乱に欲を満たそうとする飢えた獣のようだ。
「っ、ぷは……っ♡ っぁ゛……ッ♡♡ はーっ♡ はッ、ぁ゛〜〜〜〜……ッッ゛♡♡」
銀色の糸を紡ぎながらようやく唇が解放されて、再び律動が早くなる。
酸素不足のせいか揺さぶられる度に視界がブレるようになってきて、僕の身体ももうそろそろ限界が近そうだ。全身を包んでいた倦怠感がふっと軽くなって、シーツの中に沈んでいくような、そんな錯覚。
──あ、落ちる。
そう確信して、震える手を彼の手に重ねる。最後に、これだけはどうしても言っておきたいから。
「っり゛、とく……ッ♡」
「……ぅん……?」
「は、……っ、……すきだよ、」
ほとんど吐息だけのそれが彼に伝わったかどうか分からないけど、リトくんは一瞬の間を置いて、何かを堪えるように息を詰めた。
どうにかしてその反応を見届けたいのに、早くも意識が遠のいてきた。だめだよ、あとちょっと、あとちょっとなんだって。
「……っおれも、────……」
ああ、だめだ、何言ってるか分かんないや。きみの声は一言だって聞き逃したくないのにな。
瞳がぐるんと上を向く。まるで多幸感に蝕まれた頭の中を覗くみたいに。
§ § §
ふう、と紫の煙を吐き出す。
嗅ぎ慣れた灰の匂いが鼻を抜けて、すっかり高くなった空へと昇っていった。
いかにも初夏らしい爽やかな景色を眺めつつしばらく無心で浸っていると、背後の網戸が開く音がする。自然と意識はそちらへ向いて、視線も同じ方を向く。
「──おはよ、リトくん」
「おお……はよ、テツ」
んん゛、と咳払いをして喉のピッチを合わせる。散々啼かされたせいで少し痛んでしまっているらしく、意識しないと掠れた声しか出ない。こんな状態でも煙草は吸えるんだから不思議だよね。
リトくんは眠たそうにあくびをしながら降りてくると、柵に寄りかかって僕の方をじっと見つめてきた。煙が流れては悪いので火を消そうとすると「気にすんな」と制されてしまったため、お言葉に甘えて咥え直した。
遠くの方に海が見える。泡立ち始めた入道雲と煌めく水面のコントラストが美しくて、この風景を守るために僕達は配属されたんだったな、と今更襟を正す思いだ。
「はー……もう午後だよ。はしゃぎすぎだよ僕ら。初日から」
「や、ほんとごめんな? ちょっとさすがに調子乗りすぎたわ」
「いやあれは……そう、僕も悪かったし」
「……つかお前、体大丈夫か……?」
「ああうん、お陰様で……」
昨夜の醜態を思い出して、首から上が熱くなる。
喉は痛いわ腰は抜けてるわ手足は筋肉痛だわで目覚めてすぐは起き上がれなかったけど、全く動けないというほどじゃない。少なくともこうして煙草を吸う元気はあるわけだし。
煽った僕が悪いとはいえ、リトくんはちょっと顔に似合わず絶倫すぎると思う。……顔には見合ってるって? 僕のリトくんで邪なことを考えるなよ。
「シーツどうするかなぁ」と僕が呟くと、「クリーニングに出すのはさすがになあ」と苦笑が返ってくる。とりあえずベッドから剥がして畳んであるけど、あれには一夜にして数えきれないほどの体液が染み付いてしまっているわけで。買い取りか、最悪弁償だろうか。
……やっぱりセックスで死にかけて泥のように眠った後の煙草が一番美味いな、なんて現実逃避をしながらふとリトくんの方を見てみる。
「……え、何?」
「んー……? ふふ、見てただけだけど?」
「何マジで……いつもの仕返し……??」
怖っ、とわざとらしく腕をさすってみせるリトくんを曖昧に笑ってあしらいつつ、もうすっかり平素に戻った顔をじっと見つめる。
──ねぇ、きみは気付いてないだろ。
誰にだって優しいけれど、その誰にも心の奥深くには触れさせない。
理由は知らないし知る気もないけど、それがきみの本質なんだとしたら、きみの全てを掌中に収めることは不可能だ。代わりに僕の全てを差し出すことはできるけど、きみはそんなの別に欲しくないだろうし。
だったら僕はきみのその幾重にも重なったダイヤモンドみたいな理性を一枚ずつ剥がしていって、潜んでいた本能や欲望を暴いてやりたい。そうして得た執着や独占欲、性欲なんかが、今のところ僕が手にすることのできるきみの全てだ。
ねぇリトくん。僕はそのためだったら喉が潰れたって構わないし、腰が砕けたって起き上がれなくなったって良いんだよ。
きみのことが、本当にほんとうに大好きだから。
「……あー……コーヒー淹れるかぁ」
「おっ、朝の一服と行きますか。しょうがないから俺が淹れてあげなくもないよ」
「なんで偉そうなんだよ」
ちょうど煙草も吸い終わったところだし、と部屋に戻ろうとすると、リトくんがやけに眩しそうに目を細めているのが視界に入った。いくら目が悪いからといってこんな唐突に見えづらくなるものなんだろうか。
僕があまりに分かりやすい顔をしていたのか、リトくんは軽く吹き出しながらこちらへ向き直った。
「っはは、どんな顔してんだよ。……いやさぁ、何つうか……こんな日々が続けばいいなって思って」
「えぇ何急に……フラグ? プロポーズ??」
「……んー……最後のはもうちょい待ってて欲しいかな」
「…………、え? ……は? えッ!?」
さらっととんでもないことを言われた気がして問い詰めようとするが、大混乱中の僕を置いてリトくんはさっさと部屋の中に戻ってしまう。腕を引いても足を止めようとしてもびくともしない。何これ? 鉛?
「ちょっ……おい待てよ!! どういう意味それ!?」
「し〜らない」
「知らないじゃなくて!」
「ひみとぅ〜」
「秘密じゃなくて!!」
どうやら本当に言及する気は無いらしく、リトくんはキッチンまで行くと2人分のマグカップを揃えてお湯を沸かし始めてしまった。指で合図されるのでつい従ってしまうと、冷蔵庫の横に置かれた段ボールの中にコーヒー用の粉末ミルクが入っていた。取り出してマグカップの横に並べると、砂糖もついでに並べられる。
あっ僕の分も淹れてくれるんだ……じゃなくて──あぁ……僕が淹れてあげるつもりだったのに……。
「え何? ブラックが良かった?」
「お砂糖とミルクたっぷりでお願いします……」
この期に及んでしらばっくれるリトくんからこれ以上聞き出すのは諦めることにした。こういう時の彼は意味が分からないほど意固地だからな。
だからリトくんの耳が赤くなってるのとか、どれだけ覗こうとしても顔を背けられるのとか、そういうのは気付かないふりをする。
──ああもう、せっかく僕が良い感じにヤンデレっぽい雰囲気にしてあげたのに。
きみといると空気が甘ったるくてしょうがない!
コメント
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まじでさぁ…ほんとにさぁ… もちろん夜のシーンもいいんだ、いいんだけれどもさぁ… このなにぃ???リトテツでしかないチルい雰囲気だせるのなにぃ??? え???天才?はぁ???(逆ギレ) なんかもうずっとドキドキしてたわ!!!ありがとうございます!!! はぁ…もうほんとにさぁ…好きだろこんなん………
初コメント失礼します。 毎度静かに読ませていただいているのですが 、 言葉の選び方であったり 、 詩的な表現であったり 、 とても現実味が合って読み終わった時に物語の余韻に浸れるようなそんな作品で ⋯ うまく纏められないのですが 、 そんな詩的な貴方の作品がとても大好きです 。 これからも陰ながら応援します 。 頑張ってください! 長文失礼しました 。