「むぅ……」
「エミリアさん、どうかしましたか?」
魔法のお店からの帰り道、エミリアさんが何やら難しい顔をしていた。
「いえ、さっきの本の『第七神』という|件《くだり》が気になってしまいまして……」
「うーん? ルーンセラフィス教は絶対神と、あとは六柱の神様なんですよね?
微妙に数が合わないし、違う宗教なんじゃないですか?」
「ルーンセラフィス教にも一応、七柱目の神はいるんです……。
異端視されているので、正典からは外されているのですが……」
「へぇ……、そういうのもあるんですか」
「……でもやっぱり、多分気にしすぎだと思うのでもう忘れることにします。
気にしたところで、何がどうなるわけでもありませんし」
「そうですね、さくっと忘れることにしましょう。
それにあの本は、もうこの世界には現れないでしょうから」
あの本は私の管轄下に置かれて、すでに役立たずのレッテルが貼られているのだ。
そして私は不老不死。あの本は今後この世界に出て来ることは無いだろう。
……まぁ、使い道があるなら出すかもしれないけど。
「ところでアイナさん、今日はこれからどうしますか?
ジェラードさんの育毛剤……じゃなくてミスリルの件は、明日の夜にならないと進まないんですよね?」
「はい、それまでは特にやることは無いですね」
この街でやらなければいけないことは、実際のところミスリルの確保くらいしか無いのだ。
それ以外には、情報操作の魔法を使える人を探すのもあるにはあるけど――
……この街で、しかも短期間で見つかる気もしないからなぁ。
「あ……!
アイナ様、ちょっとあそこを――」
「え? どうしたの?」
突然驚きの声を上げたルークを見ると、|目配《めくば》せで、ある方向を見るように促していた。
少し不思議に思いながらその方向を見ると――
――ふっさふっさふっさふっさ
「……おぉう!?」
広い道の真ん中を、とても豊かな髪を生やした人が歩いていた。
そしてその後ろを、同じような法衣を着た人たちが付き従って歩いている。
「……あの人の髪、すごくふっさふっさふっさふっさしていますね。
アイナさんの育毛剤を使うと、あんな感じになるのでしょうか?」
「……というか、あれがそうじゃないですかね……?
アーチボルドさんじゃなくて、ハゲ仲間さんの方」
ジェラードの情報によれば、ハゲ仲間さんは小さい宗教の教祖をしているらしい。
視界に入っているふっさふっさの人が着ている法衣は、周囲の人に比べれば少し豪華な感じだし……きっとご本人に違いない。
「寂しい頭から、一晩であそこまで生えるのでしたら……これはもう奇跡ですよ?
アイナさん、やっぱりアイナ教を作りましょう!」
「エミリアさん、それよりもガルルン教をですね……」
「アイナ様。
私も入るのでしたら、アイナ教の方が良いです」
「ああもう、ルークまで何を言ってるの!?」
何だか収拾が付かなくなってきたぞ!
アイナ教なんて作らないからね! そんな、恥ずかしい!
「……まぁそれはそれとして。
それにしてもあんなに信徒さんを連れ立って、どこに向かっているんでしょう」
「アーチボルドさんと今日のどこかで会うって話だから、アーチボルドさんのお宅に向かっているんじゃないでしょうか。
うーん、それにしても機嫌が良さそうですよね。そりゃそうだろうけど……」
「アイナさんの育毛剤って、明日には効果が切れるんですよね?
ああ、それを思うと何て不憫な……」
……今は天国、明日は地獄。
あの嬉しそうな顔を見てしまうと、やっぱりそのまま放っておくのは可哀そうだ……。
「あ! あそこのお店に入りましたよ。昼食にするんでしょうか。
そういえばアイナさん、もうお昼の時間です! わたしたちもご飯にしませんか?」
「そうですね、そうしましょうか。
……あの人たち、ちょっと気になるので同じお店に入っても良いですか?」
「はい、わたしは大丈夫です! ルークさんはいかがですか?」
「私も大丈夫です」
「それでは決定ですね。いきましょー」
私たちは彼らのあとを追うように、小走りでお店に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちがお店に入ると、運良く教祖さん御一行の、隣の円卓席に通された。
あちらさんも円卓席だから、私の位置からは背中越しで会話を盗み聞き……もとい、聞き取ることができる。
「――それにしても教祖様、その髪はとてもご立派ですね!」
「うむ。これも日々の善行の賜物。皆も精進するが良いぞ」
「「「はいっ!」」」
うわぁ……。
その自称・善行は明日には無残に散っちゃうから、あんまりそういうことを言わない方が良いですよ……?
そんなことを思う私をよそに、その後も彼は実に嬉しそうに髪の話を続け、信徒もいちいち嬉しそうに相槌を打っていた。
「エミリアさん……どうしたんですか?」
「あ、すいません……。わたし、何だか涙が出てきました……」
エミリアさんはもちろん、彼を笑いものにしているのではない。
むしろ逆に、彼が直面するだろう辛い明日を想像して胸を痛めているのだ。
……その気持ちは私やルークにも伝わってきており、いたたまれない空気が場を支配していた。
「うーん……。
何だかふさふさの髪を信仰に結び付けてしまっているので、私たちもそんな感じで助け舟を出しますか」
「助け船、ですか?」
「私よりもエミリアさんの方が字が上手いから、ちょっと書くのをお願いしても良いですか?」
「あ、はい?
別に構いませんけど……」
私はアイテムボックスから紙とペンを取り出して、彼に伝えたいメッセージの代筆をエミリアさんにお願いした。
「――えぇっと?
はい、できました。これで大丈夫ですか?」
「ばっちりです!
やっぱり字が綺麗ですねぇ……。私のはどうにも丸っこくて」
「いえいえ、アイナさんの字も可愛いですよ!」
「こういうときは、ちょっと使えませんけどね。
それじゃルーク。合図をしたら、この紙を教祖さんの近くに落としてきてくれる?」
「分かりました。それで、合図というのは――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ガチャーンッ!!
お店に響く、お皿の割れる大きな音。
私の足元に落ちたお皿が割れてしまったのだ。
「きゃー、すいません! お皿が割れちゃいましたー!」
「お客様! お怪我はありませんか!?」
「大丈夫です! それよりもすいません! お皿が――」
「お気になさらず! 今すぐ片付けますので!」
「私も手伝います!」
「いえいえ、お客様はお食事を続けてください!
片付けは店の者がやりますので」
「ああ、本当にすいません!
……あ、皆様もお騒がせしてすいません!」
私はお店中の人の注目を浴びながら、他の客に謝った。
とりわけ隣の円卓席の教祖さん御一行には、特に謝った。
「こういうことはよくあります。私共のことはお気になさらず」
「はい、すいません! ありがとうございます!」
優しい言葉を掛けてくれた教祖さんに丁寧にお礼を言ってから、私はようやく席に着いた。
「……アイナ様、ただいま戻りました」
そう言いながら、使命を果たして戻ってきたルークも席に着く。
「お帰りー。はぁ、お皿を割っちゃったー。弁償しないとねー」
「もー、おっちょこちょいなんですから☆」
「それよりもアイナ様、本当にお怪我はされていませんよね?」
「大丈夫!
ほらほら、どこもしてないでしょ?」
そんな感じで和気あいあいと話をしながら、後ろの会話に聞き耳を立てていると――
「……あら? この紙は何かしら?」
「どうしたのかね?」
「いえ、教祖様の足元に何か紙が落ちていて……何か書いてありますね。
とても美しい紙に……、とても暗示めいたことが……?」
「ふむ……。何と書いてあるのかね?」
「はい。えぇっと……
『あなたは明日の朝、絶望を見る。しかしそれは、ガルルンのもとで希望へと変わるだろう』……と、書いてあります」
「ガルルン……? 何だね、それは」
「「さぁ?」」
「……あ、私は知っています。自作宗教の展示施設に、新しく増えていたものですね。
私が見たときには変な像しか置いていなくて、逆にインパクトがありました」
「そういえば、その施設の名前も書いてありますね。
教祖様、これはどういうことでしょうか」
「ふむ……。具体的なことは書いていないから、これは不安な心を揺さぶって注目を集めようとしているのだろう。
皆もこういう軽薄な宗教には気を付けなければいけないぞ」
「「「はいっ!」」」
……よしよし、ガルルンのことをちゃんと認識してくれたぞ。
軽薄な宗教とか言われてるけど……まぁ、ガルルン教はノリで作っただけだからね。く、悔しくなんて……っ!!
さて、それはそれとして――
……それじゃ今日の夜、神殿が閉まる直前にでも、育毛剤をガルルンの置物の前に置いておきますか。
髪が抜けて元に戻ったあと、ガルルンにすがってくれることを期待しよう。
すがってくれないなら、絶望が訪れて終了。
すがってくれるなら、希望が訪れて終了。
個人的には、希望が訪れることを祈っていますよ……っと。