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「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、お疲れ様でした!」
夜、宿屋の食堂に戻るとエミリアさんが出迎えてくれた。
今はルークと一緒に例の自作宗教の展示施設に行ってきて、そこから戻ってきたところだ。
「遅くなってすいません。
何だか人が多くて……結局、閉館時間までいるハメになってしまいました」
「みなさん、夜まで熱心なんですねー。
そういえば『はったりをかます服』を着ていったんですね。ルークさんも良い感じの方の鎧ですし」
「はい。施設の職員さんとお話をする必要がありましたので、まさにはったりをかませようと思って」
「職員さんに?」
「あそこって資料みたいな紙の配布は自由なんですけど、物品はダメらしいんですよ。
そこを押し通すために、この服を着てはったりをかませてきたわけです」
「いやいや、はったりだなんてとんでもない。
エミリアさん、アイナ様のあの威厳に満ちた物言い……私は感動しました!」
ルークが大袈裟に、そんなことを言い始める。
「ええ? アイナさん、何を言ってきたんですか?」
「大したことじゃないですよ?
とても落ち込んでいる人が明日ガルルン教のスペースを訪れるので、その人のためにこの薬を置かせてください……って言っただけです。
寄付を少し、渡しましたけど」
「それって袖の下!」
「そこはほら、閉館中に育毛剤を撤去されたら困りますからね。
施設の方も、袖の下を受け取ってデメリットはありませんし。
……まぁそんなわけで、教祖さんの方はこれで対応完了です」
「ちゃんと来てくれれば良いですね……。
ちなみに、来てくれなかったらどうするんですか?」
「その場合はそれまでの縁、ということです。
1日経っても薬が残っていたら、処分してもらうように職員の方にお願いしておきました」
「おおう、案外ばっさりといきますね……」
「それもガルルンの御心なれば」
「いやいや、役に入り過ぎですって」
ちなみにこの台詞はさっき思い付いたんだけど、個人的には語呂が良くてとても好きだ。
汎用性も高そうだし、いつか流行らせてみたいかもしれない。
「……さてと、それじゃ一旦着替えてきますね」
「え、もう着替えちゃうんですが?
アイナさんのその格好、わたしは好きだからしばらく見ていたいです!」
「むむ。その要望には応えたいところではありますが、うっかり何かこぼしてもイヤですし……」
「確かにシミとかができたら大変ですね……。
やっぱりそういうときのために、装飾魔法を覚えておきたいですよね」
「え? それってイヤリングを落としにくくする……とかの魔法ですよね?」
「シミ抜きの魔法もありますよ」
「……っ! なんて便利な!」
エミリアさんの話を聞く限り、装飾魔法というのはとても身近で便利な魔法に感じる。
短期間で覚えられるものなら、ぜひ修得しておきたいところだ。
「装飾魔法にもいろいろあるので、王都に着いたら一緒に習ってみませんか?
わたしもずっと習いたかったんですけど、ちょっと機会が無くて」
「良いですね、ぜひ習いましょう!」
「わーい♪ 約束ですよ!」
さてと、それはそれとして今は着替えちゃうかな……と思った瞬間、後ろからジェラードの声が聞こえた。
「――こんばんわ!
あれ? アイナちゃんとルーク君、そんな立派な格好をして、どうしたの?」
「ジェラードさん、こんばんわ。
これはちょっと、そういう場所にいったところの帰りでして」
「そういう場所? 誰か偉い人とでも会ったのかい?」
「そうじゃないんですけど、教祖として威厳のある感じで出掛けていたんです」
「え、教祖として?
……アイナちゃん、宗教なんて開いてたの?」
「はい、ガルルン教を!」
「ぶはっ!?」
ジェラードはその名前を聞くや、間の抜けた顔をしながら吹き出した。
なんたる不敬。ガルルン神に無礼であるぞ……!?
……っと。
そんなおバカなことを考えるのはやめて、さっさと着替えてこよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのあと私とルークはいつもの服に着替えて、エミリアさんとジェラードの雑談に合流した。
今日あった出来事を改めてジェラードに話すと、とても興味深そうに聞いてくれた。
「……ははぁ、教祖さんの方にそんなことをねぇ……。
アイナちゃんもなかなかニクイことをするね」
「偶然会ったのも何かの縁かな、と思いまして。
ガルルン教に改宗してくれないかなという企みもありますけどね。ふふふ……」
「ははは……。
上手くいけば本気で改宗しそうだから怖いよね……」
「教祖さんが改宗してくれれば、お互い良いこと尽くめですよね。ガルルンも拡散しますし!」
でもそんな感じで拡散したら、ガルルンはガルーナ村の特産品というか、ガルーナ村発祥のご神体……みたいになっちゃうのかな?
まぁ、それはそれで良いかもしれないけど。
「どちらにしても、アーチボルドさんの方には影響なさそうだから良いか。
むしろアーチボルドさんの髪だけ寂しい感じに戻って、教祖さんの方がふっさふっさのままだったらそれはそれで交渉材料になるし……」
「そういえばその二人って、今日会ったんですよね?」
「うん。僕もこっそり見ていたけど、お互い頭を見合ってびっくりしていたよ。
最初は言葉を失っていたけど、だんだんこう……何ていうのかな、牽制が激しさを増していったというか」
「修羅場ですねぇ……。
ところでジェラードさん、そのときはどうやって見ていたんですか?」
「今回はメイドさんに変装して、近くで観察していたよ」
「え、メイドさん? もしかして女装……?」
「うん? それくらいは変装術のひとつとして普通にやるよ?
女の子にしては少し身長は高くなるけど、まぁこれくらいの人もいるしね」
「確かにジェラードさんって、綺麗な感じになりそうですよね。
でも声はどうするんですか? いくら見た目が女性でも、声が男性だったら――」
「あら、女声なんて出せるに決まってるじゃない?」
突然聞きなれない女性の声がした……と思ったら、ジェラードが声色を変えて発声していた。
「うわぁ!? 普通に女性の声だ! すごーい!」
「おぉー、見事なものですね!」
「気持ち悪いですね」
私とエミリアさんが感嘆の声を上げる中、ルークは冷静にツッコんでいた。
「まぁまぁ、ルーク君。
しっかり見た目も変えれば、違和感は無いんだよ。君は目に頼りすぎている」
「何を突然、剣の修行みたいなことを言ってるんですか……」
「うーん、ルーク君も女装すればなかなか良い感じになると思うんだけど……身長が高すぎるんだよね。
もう少し小さければ、女装に付き合わせるのに」
「いえ、そういうのは結構ですから」
ルークはジェラードの提案を冷静に流していた。
ルークの女装か……。見てみたいけど、見てみたい。あ、いや、見たくない……いや、やっぱり見たい。
「……さてと、それじゃ僕はそろそろ寝ようかな」
話の流れを切る感じでジェラードが言った。
「もうですか? 今晩もどこかに行く感じです?」
「いや、僕にとっては明日の朝が本番だからね。
しっかり交渉するために、今日はしっかり寝ておかないと」
「そっか、それもそうですね。明日はよろしくお願いします!」
「あ、そうだ!
アイナちゃん、そういえばあれ! 凄かったよ!」
「あれ? あれって何ですか?」
「ほらほら、ブレスレットに付けてもらった効果の『風刃』!
今日早速使ってみたんだよ」
「おー、そうだったんですか? どんな感じでした?」
「うん、かなりえげつない効果だったよ!
刃が何かに当たると、そこに真空波ができて追撃するんだ。攻撃力は本筋の3割くらいってところなんだけど」
「……それは、性質が悪いですね」
ジェラードの言葉に反応したのはルークだった。
「ふーん? そうなの?」
「ジェラードさんの攻撃を剣で受け止めても、そこで真空波が生まれるのだと思います。
刃の一撃を防いでも追撃が襲ってくる……これはちょっと、相手をしたくないですね」
「あはは、普通だったらそうなんだけどね。
ルーク君が魔法剣を覚えたら完全に負けるよ」
「え?」
ジェラードのフォローに、ルークはきょとんとした。
「ルーク君は『属性統合』を持っているだろう? 魔法剣の中には外部の属性を奪って自身の武器に纏わせるものもあるんだ。
それを使われたら、むしろ真空波を取られちゃうからね」
「なるほど……。それでは本腰を入れて魔法剣を学ばねば」
「おいおい、僕を目の敵にしないでおくれよ」
「ルークさん、謎の対応意識ですね」
ルークとジェラードの会話の横で、エミリアさんがぼそっとつぶやいた。
「ジェラードさんも、剣の腕は立ちますからね。
ルークから見ると、ライバル……って感じなんでしょうか?」
「はぁ、ライバルですか……。
その響きはちょっと、わたしには嫌な思い出しかありませんが……」
エミリアさんは少し溜息をつきながら、そんなことを言った。
ライバルみたいな人がいるのかな?
……私はどうだろう?
錬金術師のライバルなんて……ヴィクトリアくらい?
いや、錬金術の腕は単純に私の方が上だからなぁ……。
いわゆるライバルがいないのは寂しいところもあるけど……まぁ、平和だからいいか。