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八雲瑠月
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ピロロロロ、ピロロロロ。 今一番聞きたくない着信音に体がビクンとなるが、反応しねぇ方がヤバい!
「おう」っと威圧的に応対するが、どうにも声が裏返って仕方がねぇ。
『とりあえず四月、五月を送ったけど、これで良いかな?』
「……ああ」
『あ、もっと送った方が良い?』
「もう、いらねーよ!」
本当はもっとあった方がデータが取れるが、まあこれで良い。
スピーカーに切り替えて送られてきた画像を眺めていくが、やはり思った通りだった。
連れと遊んだり、テスト期間中は書けない日ぐらいはあるだろう。
しかしこいつは平日は基本三時間、休みの日は五時間以上は執筆に充てている。
こいつ、すげえやってんじゃねーかよ。
「悪い……」
『え?』
「いや、何でもねーし」
リア充がって、思って悪かったよ……。
そう思うならこいつに、利になること言わねーとな。
そう思い、スマホ画面を凝視していく。
こいつの几帳面さは手帳にも表れていて、色分けして記入しているから分かりやすい。
一万文字の短編書くのに、プロット作成は二日程度、執筆には二週間近くかけてやがる。
以前よりアイデア帳を作っているとは聞いていた。
常にアンテナを張り、テーマを見つけたらネタ帳に書いていき、調子が良ければ起承転結やテーマまで考えているらしい。
このやり方はプロットを寝かすと言う意味でも有効だったりする。ハイで書いたプロットなんて深夜に書いた夢小説のように痛いものだからこそ、一旦頭冷やさないといけない。
こいつの書いていたプロットは長編用だが、その1エピソードを使って短編にしたらしい。
長編は出来事の連続、短編はその出来事の一場面にスポットを当てたと考えると良い。
これも良いし、プロット作りは早く出来るというメリットがある。
だから問題は、執筆の方だ。
一日千文字前後の文字数が書いてあり執筆時間が三時間だから、つまり一時間300文字前後ってか?
いやいや、千文字なんか一時間もないうちに書けるし、いくらなんでも遅すぎるだろ?
何してんだと考え込むと、ふっと過ぎるのはあの美しい文章だった。
「おい、下書き送ってこい!」
黙りこくっていた俺をひたすらに待っていたこいつは、「ちょっと待って」と言いながら送ってきた。
やっぱりな。
初っ端から洗練された文章 これまだ下書きの段階だよな? 消すかもしれない文章を何でここまでバカ丁寧に書くんだよ?
……こいつ、才能を持ち合わせたとかじゃないんだな
どうして下書きまでバカ丁寧なのかなんて、聞くまでもない。あいつが几帳面で完璧主義者だからだ。
一文書くために自分で作った文体表をいちいち見て探して、気に入らなければ場面をイメージして合う文章を考え、何度も何度もその一瞬を考えているのだろう。
書く文章が乱れていることが許せなくて、何度も直して、一向に前にいかない。
小論文を書く授業で一人時間がかかっていたのと同じだ。
美しい文章を書くこと自体は悪くねぇ。
だが、綺麗な文章を書くことに必死になり過ぎて、テーマや軸を気にかける余裕がなくなり、気の向くまま書いてしまうのだろう。
次に目を向けたのは文字数で、下書きだというのに既に一万文字超え。
おいおい、これを清書したら一万五千文字超すんじゃねーか?
短編を添削していて、なんか一文が抜けてるような気がしたり、唐突な展開に感じて余韻に浸れないのは、俺に出すために無理矢理削ったからだったんだな。
ったく、どいつもこいつも頭硬ぇな。
こうと分かればやることは一つだ。
「次は十日以内な?」
『え?』
「期間は五月三十日から六月八日まで。テーマは俺が決めるから、事前に書くのは禁止だからな」
中間テストが終わってからの十日間。だったらバカ真面目なお前でも、問題ねーだろ?
だがこいつは、電話口でも動揺が伝わってくるぐらいに分かりやすいうろたえていて、「あのね……」と続いていく。
「別に完璧なんか求めてねーから、完成させて送ってこい。一秒でも遅れたら読まねーからな」
『あ……、はい!』
一方的に話して電話を切り、スマホを机にボンっと置く。
大丈夫、あいつなら出来る。
送られてきた文章を何度も何度も繰り返し読みながら、俺はいつの間にか心地よく寝落ちしちまっていた。
真っ暗な空から細い雨の線が見える、梅雨の季節。
中途半端な暑さとまとう湿気に苛々としていると、約束の六月八日になっていた。
……無理だったか。
スマホに映し出されている時刻は二十三時五十二分となっており、俺の体内より放出される汗により部屋の湿度がより上がっているような気分だった。
「きたっ!」
パソコンの前に釘付けだった俺は、新着メールに思わず声を上げてしまう。
って、今日はあの人が出張で良かった。
こんな間抜けな姿見せるなんて、マジねーから。
何で家の中で気が抜けないのか意味分かんねぇけど、イラついたところで状況なんて変わらねー。
くだらない考えはゴミ箱に押し込んで、今はただ別の世界に浸っていたい。
あいつの筆力は本当にすげぇものだったんだな。
そう思うのは、今読んでいる文章があまりにもお粗末なものだったからだ。
風景描写、人物像、どこで、誰と、何をしたなんて書けていない。
だがその分、軸やテーマがハッキリしていて、心に刺さるものがある。勢いに押されるぐらいこいつの「伝えたいこと」が全面に溢れている。
これが、こいつに足りないものだったんだな。
『もしもし、全然ダメだよね! 本当に変なの読ませてごめん! 時間なくて!』
想定していた通りにかかってきた、詫び電話。
まあ、こいつからしたら締切に間に合わせるのに必死で、下書き以下のできで出しているようなものだろう。
だがな、それで良いんだよ。
「次は三万文字。早く書かねーと、期末テスト響くぞ」
『えっ! ま、待って! 今月中に! あと三週間しかないけど!』
「バカか? テスト勉強あんだから、まあ、あと二週間ぐらいだな」
『ごめん、無理だよぉ……。私すごく遅筆なの。一時間三百文字書けたら良い方で……』
「そんなん、バカ丁寧に下書きしてるからだよ。締め切りが迫る中で乱雑な文章を書き込む中、思わなかったか? 序盤から大体で書けば、後で文章直せたのによぉって」
「……あ」
息を呑むような声を漏らしたこいつは、重い溜息を吐き小さく返事した。
強引な命令は今回で終わりだ。
あとはこいつが、どう感じてやっていくかだ。