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『また会えたら』


#るなのお題で小説


꒰ 注意 ꒱

BL(太中)






















*

ザァァァァァ……

傘の向こう側でシャワーのように雨が降っている。踏み込んだ足に水が弾かれ、ズボンに染みを作った。遠くで電灯がぱちぱちと瞬く。空には満月が浮かんでいたが、うっすらと雲に隠れてぼんやりとした光を放っていた。

ふと視線の先に違和感を感じて薄暗い路地の方に視線を向けた。延々と奥まで続く通路の手前に暗闇に浮かび上がるようにして白いレインコートを着た人が蹲っていた。


「あの、大丈夫ですか?」


恐る恐る声をかける。人影は身動きをせず、暫く無言の時間が続く。後ろで車が通る音がした。バケツをひっくり返したような音がして、再び静かな雨音が続く。


「あの〜……」


あまりにも反応がないので、体を相手の方に傾けてもう一度声をかけた。傘で遮られ打ち付けていた雨が止み、人影は漸く顔を上げた。上手くかぶれていなかったのか、ぱさりとフードが後ろに落ちる。


「え、」


目が合ったのは蓮色の髪に鳶色の瞳の、そして頭に兎の耳をつけた少年だった。押さえつけるものがなくなって白いふわふわの耳がピンと真っ直ぐに立つ。


「あ、っ……」


すると少年は慌てた様子でフードを掴み、耳を覆い隠すようにして頭の上に被せた。腕に顔を埋めてちらりとこちらを伺う。雨に濡れたまつ毛が月明かりに照らされてきらりと光った。それが涙のように見えてドキリとする。


「えっ、と……」


何を言えばいいのか分からなくて再び静寂が訪れる。どうしよう、と思っていると突然大きな音に思考が遮られた。少年の方に顔を向けると彼はお腹を押さえて耳を赤く染めていた。


「……お腹すいてんのか、?」


そう問いかけると少年は恥ずかしそうにこくりと小さく頷いた。


「そっか、、、じゃあ、家来るか?」


気付いたらそんな言葉が口から出ていた。目の前で少年が目を見張って固まる。いきなり見ず知らずの人に言われたら不審者か何かだと思うだろう。始めの言葉を間違えたと慌てて付け加える。


「あ、えっと、その、これから家でご飯食べる所だったから一緒にどうかなって、思ってその、べ、別に怪しい人じゃないっていうかなんて言うか……」


言いながらこちらの方が不審者っぽくなっているかもと思い、何を言えばいいのか分からなくなる。言い訳を並べている所からして物凄く怪しい人だ。段々言葉がしりすぼみになってくる。これじゃあ信じて貰えなくても仕方ないと思い少年の方を伺うと予想外に彼は不審な者を見る目付きではなく驚いたような表情をしていた。


「怖く、ないの」


小さな声で言葉が紡がれる。

怖い、?

怖いとは何の話だろうか。

どちらかと言うと自分の方が怪しい人間だし、怖がられる側だと思うのだが。

その疑問を伝えると、少年はそっか、と呟いて立ち上がった。急な行動に傘がぶれ、レインコートに数滴の雫を落とす。少年は思ったより身長が高く並ぶと同じぐらいの背丈だった。


「よし、じゃあ君の家に行こう!」


先程までのしおらしさは何処にいったのか、やけに明るい口調で少年は言う。先程まで被っていたフードは脱がれ、白い耳が楽しげに左右に揺れた。


「僕は太宰治。君は?」

「中原、中也」


勢いに押されて名前を言う。何故か拾う側なのに拾われる側の人にペースを持っていかれている現状に、もしかしたらとんでもない奴を拾ってしまったのではないかと少し後悔した。






















*

それからというもの、俺と太宰は1ヶ月に1度顔を合わせるようになった。会う時は必ず満月の日で、ポップコーンが弾けるような音を立てて、ポンッと突然に現れる。最初の方は何も無いところから突然現れる事に驚いていたが、段々慣れてきて今では当たり前になっていた。太宰は何時も俺が作った料理をとても美味しそうに食べてくれた。今まで1人で作って1人で食べていたので、誰かのために料理を作ることは新鮮で喜んで貰える事が嬉しかった。


「わぁ、今日はかに料理!?」


太宰の喜ぶ顔が見たくて態々その日に豪華なご馳走を作ったりした。


「たまたま蟹が安かったんだ」


でもそれを言うのが恥ずかしくて態と素直じゃないことを言ったりもした。

偶に2人でゲームをした。太宰は何故かゲームが凄く得意らしく一回も勝つことが出来なかった。初めてだと言っていた時も初めてとは思えない指さばきで、小さい頃からやっている自分からしてみれば悔しかった。

1ヶ月に1度のたわいもない時間だったけれど、太宰が傍に居てくれる時間は凄く充実していてとても大切な時間だった。いつの間にか太宰が傍にいる事が当たり前になってしまっていた。

だけど、ある時から突然太宰は家に来なくなった。0時を過ぎても現れなかった日、信じられなくて、きっと時間がズレただけだって朝が来るまで待ち続けた。その次の時は路地に探しに行って、でも居なくて。






















*

そして、何も分からないまま太宰が居なくなってから1ヶ月が経ち、5ヶ月が経ち、1年が経ち、4年が経った。





















*

電気を付けずにソファに座りこんだ。何も乗っていないテーブルの上にお茶を置く。結露したグラスから雫が落ち、影に水溜まりが出来る。途中を通っている水滴は暗い部屋の影を写している。屋根に跳ねる雨の音が静かな部屋に響いた。こくり、と1口お茶を飲んだ後窓の方に視線を向ける。


「はぁ」


ため息をついて窓から視線を逸らした。もう太宰が家に来なくなってから何度目かの満月なのに、1ヶ月に1度訪れるこの日になると喪失感が中也を襲う。まるで慣れることの無い痛みを紛らわしたくてクッションに顔を埋めた。

チク、タク、チク、タク

規則的に刻まれる音はこんな時でもペースを乱さずに時を刻み続けている。時計のように誰にも心を乱されない人間であれたらこの痛みも簡単に手放せたのだろうか。

時計の針が55分を指した。

時間から視線を逸らして成る可く音を聞かないように耳を塞いだ。隙間から流れてくる時間の音が怖くて心臓が忙しなく動き出す。でもその流行る鼓動はきっと裏切られる事への恐怖だけではなくて、来てくれるかもしれないという期待も僅かに含んでいた。来るはずがないと頭の隅では分かっているはずなのに心は凝りもせず期待と失望を天秤にかける。

自分の息遣いと心音とが耳の中で響いた。

外で水の弾ける音がするのが僅かに聞こえた。

今何時だろうか。

何時もと同じだと思いながら、まだ過ぎていないで欲しいと思う。プラスとマイナスの感情でごちゃごちゃした心のまま時計を見た。

ちらりと伺うように恐る恐る。












僅かに視界の端に見えたのは一瞬だったけれど確実に心の天秤を片方に傾けた。











ズキンッ


鋭い痛みが心を刺した。もう二度と会えないのか、そんな絶望が広がり目頭が熱を持った。

4年が経った。なのに俺の心は同じ所でずっとさ迷っている。なんで、何も言わずに居なくなったのか。もう嫌いだっていうならそれでもいい。でも一言言って欲しかった。理由が分かっていれば、諦める理由を探すのも簡単で、期待に胸を焦がれる事も無かったのに。


「……ッ」


太宰の顔を見たい。

太宰の声が聞きたい。

太宰の体温に触れたい。

太宰の全てを感じていたい。

忘れなければと思うほど、太宰と過ごした記憶が流れてきて忘れさせてくれない。

会いたいよ。


「太宰……」


クッションを握りしめて、それに顔を埋めた。頬を水滴が流れる感覚がする。


「なぁに、中也」


さっき現実を知ったというのに、まだ心はそれを否定するのだろうか。太宰の声の幻聴が聞こえた気がした。


「久しぶり」


また、声が聞こえた。今まで求めていた声。落ち着いたトーンで話される言葉。顔を上げたら霧のように居なくなってしまいそうで、少しでも、幻聴でも縋っていたくて顔を上げる事が出来ない。


「いきなり居なくなってごめんね」


また声が聞こえる。と同時に体が温もりに包まれた。頭の上に少しの気配と重みを感じる。

幻聴、じゃ、ない……?


「だざい……?」


ゆっくりと視線を上げると求めていた瞳と目があった。


「そうだよ」


優しく細められる瞳に視界がぼやけた。持っていたクッションの代わりに太宰の体を引き寄せる。


「太宰ッ!」


ふわりと、鼻腔を懐かしい香りがくすぐった。この後はもういい大人なのに声を上げて泣いてしまった。その間、太宰はずっと抱きしめてくれて背中を撫でてくれていた。その優しさに久々に触れて、また涙が溢れ出す。


「そんなに泣いたら目が腫れちゃうよ?」

「だって、、ッ」


ずっと会いたかったんだ、と言おうとしたけれど嗚咽に遮られて言えなかった。さっきまでもう会えないと思っていた相手が目の前にいる。その嬉しさと新しく現れてきた、これが夢だったらどうしようという不安でどうにかなってしまいそうだった。


「……中也、ちょっと上向いて」


声に従って上を向くと、此方を見つめる瞳と目があって次の瞬間目の前が太宰の顔でいっぱいになった。熱い体温が唇に触れ、息が止まる。は、と吐息が漏れた。


「大丈夫。夢じゃないよ」


さらりと目元を撫でられ、最後の1粒が太宰の手に吸い込まれていった。

まるで心を読んだかのような言葉に不安が溶かされる。

本当に狡い。

宝石を盗む怪盗のように簡単に俺の心を持っていく。一瞬の熱で太宰なしで生きていくなんて考えられないほど頭の中を占めさせる。





いつの間にか雨は止んでいて、優しい満月の明かりが部屋を照らしていた。

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コメント

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ユーザー

最高すぎた…、もうね、いい所しかなくて褒められる言葉が見つからないです…(?) 表現力えげつないですね!?物語に引き込まれるというかなんというか、とにかく神でした!!

ユーザー

本当に最高すぎる...なんかね全てが良すぎる...本当に全てが良いんよ...最高すぎる...女神様ですか?ってくらい...いや女神様ですよね?本当に好きだわ...好きです(唐突の告白)...全てが好きです...こんな長文の物語で全てが良いことあります?なんで最初から最後まで全部良いんです?才能の塊だわ...全て最高すぎて好きすぎるよ〜!!!

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