コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『奈落の花をひとつ』
「あのクソには近付くなよ」
深夜に声を抑えながら楽と交わることが日常になったある日、行為中にそんなことを言われて「え?」と首を傾げた。
「明日クソが来るから」
「ん、クソって誰だよ」
背中に手を回されて体を起こすと楽がシーツに寝転んだから繋がったまま跨って自分で腰を動かすと甘い声が出てしまう。
クソ、と呼ぶ相手のことを聞くが楽は何も答えてくれないからエスパーの力を使って思考を読み取ると流れ込んできた人物は有月さんのことを『弟』と呼ぶ麻樹さんだった。
「麻樹さんのこと楽はクソって呼んでるんだな」
「名前出すなよ。胸糞悪い」
「あ゛っ、ばか、ん、勝手に動かすなって」
珍しく不機嫌を露わにした楽が俺の腰を掴んできて乱暴に揺さぶるから奥に抉れるように挿入された楽自身が前立腺を刺激して体が震える。
「ん、ぁ、っ、悪いひと、なのか?」
何度か有月さんと話している姿は一度だけ遠目で見たことあるけど会話はしたことがない。いつもスーツを着て涼しげな表情で何か企むような薄い笑みが少し怖い印象だった。
そういえば必ず麻樹さんが来る日は有月さんに部屋から出ないように言われたり宇田さんがどこか外に連れて行ってくれることを思い出した。
皆んなが孤児院にいた時から麻樹さんとは関わりがあるからきっと麻樹さんも有月さんたちと同じ孤児院出身なのだろうか。
「いいから。シンは近付くなよ」
「っあ、そこ、好き・・・っ」
「分かったか?」
既に俺の体を熟知している楽がわざと気持ちいい場所を突いてくるから返事はしないで頷いた。
そろそろ会話している余裕もなくて、背中を丸めて楽の顔に近付くと目を細める仕草はいつもより色気がある。
「明日は有月さんともえっちできるかな」
「俺だけのセックスは不満か?」
「ううん、好き」
胸元をピッタリとくっつけるとお互い裸だから楽とゼロ距離になった。お互いの心音を聞きながら酷く安堵する気持ちに浸って引き寄せられるようにどちらともなくキスをする。
キスを堪能している頃には俺はもうすっかり楽との会話を忘れて快楽に呑まれていった。
誰かに頭を撫でられて深い眠りから目を覚ますと「あ」と頭上から聞き慣れない声がする。
顔を上げると一度遠目で見たことがある麻樹さんで寝起きの回らない頭でぼんやり見上げていると微笑んできた。
「眠っていたのにすまない、起こしてしまったね。え〜と・・・朝倉、シンくん?」
「・・・はい・・・」
ノロノロと体を起こすと隣にはもう楽がいなかった。だいぶ寝てしまったのだろうか、窓から差し込む陽の光は昼頃ぐらいだった。
「一度ちゃんと挨拶しなきゃと思ってね。寝ている邪魔をするつもりはなかったんだ、ごめんね」
「い、いえ」
ーーあれ?この人結構普通、かも。ーー
昨夜楽が麻樹さんについて何か話していたからてっきり怖い人なのかと思っていたが柔らかい笑顔を浮かべて謝る姿は想像とは違っている。
俺の目線に合わせるように体を屈める麻樹さんは恐らく有月さんより年上に見えて、言われてみれば有月さんと兄弟にも見えなくもないが似ているとも言い難い。
「エスパーで読心ができるんだって?憬はよくこんな素晴らしい子を見つけて来たね」
憬、と親しそうに呼ぶ麻樹さんが俺の頭を撫でてきた。
楽に『近付くな』と言われているからどんな反応していいか分からないし、目の前の麻樹さんは悪い人にも見えなくて内心かなり戸惑っていた。
「憬がシンくんのことを褒めていたよ」
「えっ、本当ですか!」
「ああ。とても優秀だと」
ーー有月さんが褒めてくれたんだ!ーー
2人の会話で俺の話になっていたのは少し照れ臭いが、有月さんが俺のことを褒めていたと言われると嬉しくて頬が緩む。
そんな俺を見た麻樹さんは目を細めて「そうだ」と切り出す。
「良かったらこれからドライブしないか?シンくんのことを聞きたいし、憬の昔の話も教えてあげる」
「え・・・」
悪意を感じない笑顔に俺は動揺を露わにした。楽には近付くなと言われているし、今までもまるで俺と麻樹さんが出会わないように有月さんが手回ししているように感じたから戸惑った。
ジッと俺を見つめる瞳から目が離せなくて俺は自然と唇が震える。
「憬のこと、知りたくないのか?」
「っ」
ーーなんだろう、この人ちょっと怖い。ーー
言葉の圧を感じる。確かに有月さんの昔の話も知りたい、そうすれば少しでも有月さんに近付ける気がした。
生唾を飲み込む動作さえ、麻樹さんは目を逸さなかった。
「ーー知りたい、です」
「よし。じゃあすぐに準備してくれ。車で待ってる」
「皆んなに、有月さんに言わなきゃーー」
「俺から憬に話しておくよ」
部屋を出ようとした麻樹さんが振り返って笑みを浮かべて言うから何も言えず頷くと扉が締まる。
ーー本当にみんなに言わなくて大丈夫かな。でも俺だってもう21歳の大人だし、出掛けるのに報告なんて要らないか。ーー
以前までは誰かと一緒じゃないと外に出てはいけないと言われていたけど、最近は俺も大人になったから外出もひとりですることがある。
ただ殆どが楽と一緒に出掛けてゲームセンターに行ったりDVDのレンタルショップに行くくらいだからあまりひとりで行動することはなかった。
ーー麻樹さんは有月さんの兄弟で仲間?だろうから平気だろ。有月さんの昔のこと早く知りたいなぁ〜。ーー
考えれば考えるほど気楽な思考に向かっていって俺は洗面所で顔を洗って出掛ける準備をする。
寝巻きのタンクトップとジャージを脱いでトレーナーを手に取ると楽が着ていたトレーナーだった。
俺より身長が高いから当たり前にサイズが合わないが、俺だって最近は筋トレもしているから楽ほどではないが体格はいい筈、と願いながら楽のトレーナーを着た。
「うわ、やっぱデカい・・・悔しいな」
腕を通すと袖が余ってしまったが今更着替えるのも面倒だし、たまに楽の服を借りてオーバーサイズとして着ているからそのままカーゴパンツを履いて部屋を出る。
アジトにしているビルから出ると既にエンジンをかけたまま運転席で俺を待っている麻樹さんが手招きするから助手席に乗り込んだ。
「行こっか」
シートベルトを着けるとゆっくりと発車した車内には仄かなコーヒーの匂いが鼻を掠める。
「待ってる間に珈琲屋で買ったんだ。シンくんはカフェオレで大丈夫だった?」
「ありがとうございます!」
ーーなんだ、普通に優しいひとじゃん。ーー
アジトの近くに珈琲屋があると以前鹿島さんが言っていたのを思い出しながら手渡された暖かいカフェオレを受け取って紙カップに息を吹きかけた。
「猫舌?」
「は、はい」
「憬も猫舌なんだ、似てるね」
一口飲むと砂糖多めのカフェオレが美味しくて頬が緩む。運転をしながら俺を横目で見る麻樹さんの眼差しは優しいしエスパーを使っても変な思考は流れて来なくて安心する。
もしかしたら単に楽が麻樹さんを毛嫌いしているだけではないかと思うようになって俺はどんどん自分のことを話出した。
車を走らせて数十分ほどで俺は体の異変に気付いた。
ーーあれ?あんだけ寝たのにすごく眠くなってきた。ーー
話し上手で聞き上手な麻樹さんとの会話は楽しくて夢中になっていた矢先だから睡魔を取り払うように目を擦るが瞼が重くなる。
「どうした?ああ、やはりまだ眠かったのかな?」
「ん、だいじょぶ、です」
運転を急に停めた麻樹さんが心配そうに顔を覗き込んできた。窓の景色を見るといつの間にか俺が来たことのない街並みだった。
「カフェインを取れば目が醒めるかもしれない」
手に持っていた冷めかけたカフェオレのカップを麻樹さんが俺の手の上から添えて飲ませてきた。
「っ」
無遠慮にカフェオレを流し込んできて零さないように喉を動かして全て飲み込んだ。溢れて口の端から落ちたカフェオレは麻樹さんが指で拭ってくれたけど俺はどんどん睡魔に襲われる。
「少し眠るといい。きっと楽とのセックスで疲れているんだ」
瞼が落ちかけた時に聞いた麻樹さんの言葉はまるで昨夜、俺と楽とのセックスを見て来たみたいな呆れた口振りだ。
何で知っているんだ?と聞こうとしたけど俺はとうとう目を開けるのも億劫になってそのまま眠りに落ちてしまった。
憬が数年前に野良猫を拾って来たらしい。
それまで何度か憬に会っているが野良猫の話は一切なく、俺が話を出すと明らかに戸惑いを見せたのを見逃さなかった。
どうやら男娼のフリをして男を誘っては殺して生きてきた読心の能力を持つ少年だと聞いて更に興味が湧いた。
彼の特殊な能力を使って殺連を潰そうとしているのが目に見えた俺はなるべく時間をかけて彼とコンタクトを取る方法を探った。
そして今日、訪問時間より早く憬たちがいるアジトに向かうと彼がひとり眠っているのを見て口角が上がる。
このまま殺してしまおうか、とも考えたが連れ去ることにした。
起こした彼にあたかも温厚そうな笑顔を浮かべると簡単に騙されてくれて内心バカにしそうになったがエスパーの彼の前では考え事は禁物だ。
彼、シンを車に乗せてから睡眠薬がたっぷり入ったカフェオレを飲ませてすぐにシンは眠りに就いた。
健やかに眠る姿は21歳に見えないくらい幼くて、同時にオーバーサイズのトレーナーから覗く肩のキスマークがアンバランスで鼻で笑った。
「さて、と」
車から降りて助手席で寝てるシンを横抱きにしてホテルに入る。無人の受付を済ませて案内された部屋に向かい、日中なのに薄暗い室内にピンクのネオンで照らされた大きなベッドにシンを放り投げた。
「憬にどれだけ可愛がって貰ってるか、確認しないとな」
胸ポケットから真空パックされた小さな注射を幾つか取り出してシンの顔の横に置く。
ひとつを開封して躊躇いなくシンのトレーナーを捲って腕に注射した。
「ぅ・・・」
シンの戦闘のデータは少ないが粗方把握していた。楽と比べて弱いが起きて暴れたら殺してしまいそうだったからシンの為に裏ルートから強姦・洗脳に適した媚薬が入った注射を用意した。
相手を昏睡状態にして好き勝手した後は相手の記憶が残らない代物らしい。最近出回っているなかでもかなり危険で殺連も近いうちに介入することになるだろう。
注射されたシンは眉を寄せるも目は覚さずに眠っているからそのまま服を脱がしていく。
程良く鍛えられた体は案外綺麗で傷は少ないが真新しいキスマークや噛み跡が情事を連想させる。
「とんだ淫乱猫だな」
これは躾が必要だと笑い、俺はゆっくりシンの体に手を這わせていった。
シンが憬と楽、2人と体の関係があることを察したのは何となくだ。俺にシンの存在を知られたくなかった憬の様子は長年見てきたなかでも何か隠しているのが分かる。
憬たちに甘やかされて育って素直で単純に育ってしまったシンはきっと外部からの交流もなく生きてきたのだろう。憬がこんなにシンに入れ込む理由が分からなかったが、実際セックスをしてみるとなかなか面白かった。
楽みたいな奴がシンに入れ込んで独り占めするタイプかと思っていたが、憬は楽にとって特別な存在だからシンとの共有を選んだのだろう。
「あ゛・・・」
ローションで慣らされた秘部を陰茎で奥に突くとシンの体がピクンと震える。シン自身も触れると先走りを溢れさせて中を締め付けてくるあたり、随分と憬たちに大事に飼い慣らされた猫らしい。
「この淫乱、グチャグチャなそのケツで憬を誑かしてるのか?」
「っ、う、ぁ、ッ〜〜!」
「勝手にイくな、殺すぞ」
「ッ」
腰を掴んで乱暴に揺さぶると敏感になった中の快感で触れずに絶頂を迎えたシンの頬を思い切り殴る。
うっすら目を開けて夢の中から目を覚ましたシンだが薬の影響で「あぅ」や「ん」くらいしか口に出せなくて後は言葉にも満たない喘ぎだけだ。
殴った時に口の端が切れたのか、血が顎を伝うのを見て激しく律動を繰り返しながら体を屈めてシンの血を舌で舐めとる。
「あ、ッ、うづき、さん・・・?」
きっと上手く視界が定まらないのだろう、焦点が合ってない瞳は俺を憬だと勘違いをしたらしく分かりやすく中を甘く締め付けてきた。
「バカな奴だな」
背中に手を回して更に奥に挿れるとシンが苦しそうな声を上げるも憬だと錯覚しているから舌足らずに「うづさん」「好き」と呟いて頼りなく俺の背中に触れてくる。
肩口を噛みながら奥まで挿れてピストンを繰り返すと徐々に快感を拾うようになったシンは可愛らしく喘ぐ。
傷んでない金髪を指に絡ませて小振りな耳たぶを甘噛みすると大袈裟なくらい体を震わせた。
「お前には躾が必要だな」
金髪に絡ませていた指を移動してシンの首に触れると華奢ではないが簡単に折れそうだった。
ゆっくり力を加えて首を絞めると甘く喘いでいたシンが徐々に苦しそうなものに変わり、体を痙攣させる。
「ぁ、ぐ・・・っ」
「いつまでも呆けてるな、お前を犯しているのは誰だ?しっかり見ろ」
昏睡状態のシンの頬を叩きながら首を絞めると次第に焦点が合ってないシンの瞳が俺を映していくのが愉快だった。
「あさ、き、さん・・・?」
「なんだ、意外と頑丈な体なんだな。安心した」
睡眠薬と注射で意識は朦朧としているがしっかり俺に犯されていることを確認したシンは戸惑うも体が上手く動かないのか動きが鈍い。
これだけ薬物を摂取しても俺を認識できるあたり、ただ憬と楽とセックスするだけの道具ではないらしい。
「や、ぁ゛、なに、して」
「こんなに乱れて嫌はないだろ。それとも昨日の楽とのセックスだと満足できなかったのか?」
「っ」
体を捩らせて逃げようとするシンの腰を掴んで引き寄せてから律動を始めるとシンの体は正直に俺から与えられる快感に歓喜している様が滑稽だった。
「あ、あ゛っ、やめろ、ぉっ、ぅ゛っ」
「これは躾だ。俺の言うことを聞け」
胸板を押して抵抗するシンの顔を拳で殴るとシーツに血が飛び散る。
「ノコノコついて来たお前は頭が悪いんだな。ほら、ココが好きなんだろ?」
「ひゃ、っ、あ゛、っ、あっ〜〜!」
「また俺の許可なしでイッたのか。憬は随分と淫乱な猫を拾ってしまったな」
呆れたように浅く溜め息を溢すと憬の名前で反応したシンが精一杯俺を睨むが、薬物に呑まれかけて涙を溜めている瞳では全く覇気も怒気も感じない。
絶頂を迎えるも俺に殴られ、犯されている恐怖で体が震えている姿は今まで見て来た生き物の中で一番加虐心がそそられる。
「憬がお前を気に入る理由が分かったかもしれないな」
「・・・っ死ね」
ついさっきまであんなに可愛らしく喘いでいたのに血反吐を俺の頬に吐き飛ばしてきた。もう少し媚びれば痛くせずに済んだのに、楽のように躾のなってないガキを見ると呆れと殺意が湧いてしまうのは昔からだ。
シーツに散らばった真空パックされた注射器を取り出して今度はシンの首に乱暴に刺した。このまま頸動脈を刺して殺してもいいが、それだけでは憤りは収まらない。
「ぅぐ!」
中身を体内に注入するとシンの瞳がピクピクと痙攣する。この薬をどれほど摂取すれば死ぬのか事前に調べるべきかもしれないが、死んでも俺は何とも思わない。
「ぁ・・・あ゛・・・っ」
「動いていないのに締め付けてくるなんて悪い子だ」
「ひゃ、っあ゛っ」
「ほら、ごめんなさいは?」
きゅう、と射精を促すような締め付けをしてきたシンの赤く腫れた頬に触れると逆らうと暴力を振るわれたことを学習したのかシンは唾液を垂らしながら唇を動かす。
「ご、ごめんなさぃ・・・あぁあ゛っ、う、ッ」
「シンはいい子だね」
膝裏を掴んで足を最大まで開かせてグ、と根元まで挿入するとシンは背中を仰け反らせて悲鳴に近い喘ぎを上げる。
「あ゛、っあ、あっ」
「どうせ憬たちには中出しさせているんだろ?俺のも存分に味わうといい」
「んッ、イく!またイッちゃう」
「ああ、俺と一緒にイこうか」
まるで憬とのセックスを連想させるようにシンの唇に優しく口付けるとシンの表情はトロンと蕩けて足を腰に絡み付けてホールドしてきた。
普段からそうしているのか、薬の影響か分からないが憬たちが大事にしているシンを犯すのは背徳感があって堪らなく興奮する。
己の欲望のために腰を揺さぶり、乱暴に奥を突いてシンの中に射精した。
「ーーっ。はは、最高のカラダだな」
「ぁ゛〜っ!」
「中に出されてイッたのか?やらしい猫だ。沢山犯してやる」
体を痙攣させて絶頂を迎えたシンはもう心が壊れたように虚ろな表情をしているが中に出してまだ挿れたまま律動を始めるとシンは甘く喘ぐ。
「これからがお楽しみだぞ、シン」
乱れた金髪を指に絡ませて低く囁くと俺に屈服したシンは静かに涙を流しながら「はい」と頷いた。
街に出て新しい本を買うついでにシンくんが好んで読んでいた漫画の新刊があったから一緒に買ってあげた。
ーー夕方に麻樹が来るから楽に頼んでシンくんをどこか連れて行った方がいいな。ーー
この前会った時に「お前、猫を飼い始めたんだって?」と聞かれた時は心臓を鷲掴みされた気分になった。
麻樹にはシンくんの存在は隠しておいた。あの男がシンくんの存在を知ったら絶対良からぬことに利用しそうだし、シンくんの心も体も壊してでも自分の目的のためなら躊躇わないだろう。
いつまでも隠せないと思っていたが、麻樹のシンくんの興味の示し方が怖かった。
「お前たちが随分と可愛がってるみたいじゃないか。俺にも今度味見させろよ」
「っ、何を言っているんだ」
「冗談だって。男を抱く趣味はない」
そんな会話を思い出しながらも腑が煮えくりそうな気持ちが蘇る。
きっとシンくんの生い立ちも戦闘データも殺連の力を駆使して調べて上げているだろう。
「ーー嫌な予感がする。早めに帰ってシンくんに会いたいな」
早足で賑やかな街並みから離れて今回のアジトにしているビルに入ると上の階から「やめなさい楽!」と鹿島の悲痛な叫びが聞こえる。
また喧嘩でもしているのだろうか、と考えながら部屋に入ると鹿島がすぐに気付いて「お帰りなさいませ」と駆け寄ってきた。
シンくんが寝ていたであろう室内には楽と鹿島と僕しかいなかった。楽は簡易ベッドを武器で壊したのか、使い物にならなくなった瓦礫と化したベッドの前に立っている。
「何があった」
「実はシンの姿が見えなーー」
「クソだ」
鹿島の報告と被さるように荒んだ口調で言ってきた楽は振り返って僕に近付いてきた。
「ボス、あのクソは?もう来たのか?」
「・・・いや、これからの筈だ」
予定では夕方に、と聞いていた。壁にかかった時計を見ながら楽に言うと滅多に表情を変えない楽の眉が皺を作る。
シンくんが僕らに無断で外に出るなんて有り得ない。だからその時は近くのコンビニにでも行ってすぐ戻ってくるのではないかと淡い期待を抱いてしまった。
「鹿島さん、シンに発信器着けてねーのかよ」
「それがシンの私服には全て仕込んであるのですが反応がありません。恐らく前みたいに楽の服を着て出かけた可能性がありますね」
「は?また俺の服着たのかよ」
楽とシンくんは殆ど共に行動しているから部屋は同じで手配している。服にあまり頓着がないシンくんは時折自分の服と間違えて楽の服を着ているところを見かけることもあった。
「なんで楽は麻樹だと思うんだ?」
殺気まで漂わせている楽は少しでも変なことを言えば一般人だろうと女子供でも殺す勢いだ。
「勘」
ただ一言、それだけ言う楽は僕相手にも睨むほど苛立ちを隠しきれていない様子だ。
ーー麻樹が誰もいない時間を狙ってシンくんと接触した?その可能性は高い・・・早めにシンくんに麻樹には近付くなと僕から言うべきだったか?ーー
徐々に呼吸が浅くなって不安が過ぎる。
そんなタイミングでちょうど着信音が鳴ってポケットに突っ込んだ携帯を手に取ると『麻樹』と表示されていてヒュッと喉が鳴った。
あまりにもタイミングが良くて嫌な汗が背中に伝い、僕の違和感に気付いた鹿島が「有月様?」と心配してくる。
「電話に出てくる」
早足で部屋を出て通話ボタンを押して携帯を耳元に当てると『憬』と冷ややかな温度で名前を呼ぶ声は感情なんてない。
「麻樹・・・シンくんに手を出すな」
『なんだ、もう気付いていたのか。安心しろ。ドライブに連れて行ったら居眠りをしていたから休ませているんだ』
「っ、白々しい」
この男は嘘を言っていることに気付いたのは、きっと長年見てきたからだ。唇を噛み締めて返せば嘲笑するように鼻で笑うのが電話越しから聞こえる。
『全く・・・。ほら、シン。憬に声を聞かせてやれ』
布が擦れる音が聞こえて同時に聞き慣れた喘ぎが聞こえてゾッとした。
『どうした?恥ずかしいのか?あれだけ有月有月と泣いていたじゃないか』
『あ゛ぁああ゛っ!!ひ、ぁ゛、ッ、あ!』
「麻樹、シンくんに何をしているんだ」
ふつふつと湧き上がる怒りを抑えるように低い声で問えば僕の感情なんて手に取るように分かる麻樹が小さく笑った。
『言っただろ、味見させろと。随分躾られてない猫を拾ったんだな。もうドロドロだぞ』
『ゔ、ぁっ!やだ、ぁ、うづき、さーー』
僕の名前を呼んだシンくんの声が途中で途切れる。代わりに聞こえたのは鈍い音で、この音はシンくんを殴った音だとすぐに気付いた。
自然と息が荒くなる。シンくんが麻樹に陵辱されている、恐らくこの電話の前から数時間もシンくんは麻樹に拷問に近い強姦を受けている。
『今から場所を伝える。お前ひとりで来い。楽とかを連れて来たらシンを殺す』
またこの男は僕の大事な存在を天秤にかけて命を軽視していることが許せなくて殺意が湧いていると遠くから『うづきさん』と、か細くなった声が聞こえた。
「シンくん!」
『来ちゃダメです』
「ーーっ」
何か薬を盛られているのか、弱々しいシンくんの声には生気を感じられない。犯されて暴力も受けているのに僕の心配をして来るなと言うシンくんの幼さが滲む笑顔が頭に浮かんだ。
『余計なことを喋るなと言っただろ。まだ調教が必要だな』
「麻樹!これ以上シンくんに手をーー」
『来るのが遅かったら薬の量を増やす。いいな、ひとりで来い』
命令したあと住所を淡々と話したあとブチ、と僕の答えを待つ間もなく一方的に通話が切れる。
「ーーシンくん」
既に通話が終了した携帯に名前を呼んでも答えてくれるわけもなく、僕は歯を食いしばったあと階段を降りた。
麻樹が言っていた住所は古びたラブホテルだった。
無人の受付を横切って指定された部屋に向かうと扉がこちらを誘うように数センチ開いている。
あの男の仕業だ、と近付くとシンくんの切なげな声が聞こえて急いで扉を開けて室内に入った。
「遅かったな、憬」
室内は薄暗くてピンクのネオンライトで照らされた大きなベッドには半身を起こした麻樹と全裸のシンくんが手を後ろ手でガムテープで拘束されている。
平然と僕を出迎える麻樹の膝上に乗って僕に背中を向けたシンくんの表情は分からないが秘部には麻樹自身を埋め込んで腰を掴まれて揺さぶられていた。
「あっ、ぁ゛っ」
掠れた喘ぎ声は長い間陵辱されていたのが見なくても分かる。僕が睨み付けると麻樹は鼻で笑ってシンくんの腰を浮かせて麻樹自身を抜かせるとボタボタと音を立てて白い泡になった精液が秘部から溢れた。
「お前の猫は随分と淫乱だな」
「っ、この畜生が」
「言葉使いが汚いな。まるで楽みたいだ」
罵倒も麻樹にとっては痛くも痒くもないと言った様子で再びシンくんの腰を落として自身を埋めていく。
「ぅ、あ、あ」
「シン、気持ちいいだろ?」
「ふ、は、ぃ、気持ちいい、です」
白いシーツには血痕と空になった注射器が3本。それを目にした僕に気付いた麻樹が「来るのが遅かったから一本追加した」と言って来る。
「シンくんは僕らの仲間だ。エスパーの能力も戦闘で申し分ないほどなんだ。乱暴はしないでくれ」
ここで怒りを撒き散らしたら麻樹の思うツボだ。この男の言うことは本当だ、殺すと言ったら殺すから今はシンくんの命のために冷静を保つことに集中する。
「乱暴なんてしてない。憬と楽がシンにしていることと同じだろ?」
「っ、同じじゃない!」
僕と楽はシンくんを家族のように、家族以上に愛している。麻樹のようにシンくんの体と心を弄ぶようなことなんてしていない。
「大きな声を上げるな。俺の言う通りにすればシンを解放してやる」
「・・・誰を殺せばいいんだ?」
殺連の最高機関であるORDERの抹殺か?それとも今後賞金首を賭けようとしている坂本太郎の存在に気付いたから殺せという命令か?
しかし僕の問いに麻樹は薄く笑って首を横に振るう。
「こっちに来て3人でセックスをしよう」
「なっ・・・」
「副作用は分からないがシンには記憶が残らない。大人しく3人でセックスすればこれ以上シンを傷つけないでやる」
この男は何を言っているんだ?麻樹と僕でシンくんを犯す?そんなの僕も強姦をしているようなものじゃないか。
「どうせ楽とも3人でシているんだろ?シンが教えてくれたぞ」
「ひゃ、あ゛、っ、あさき、さん、きもちいい、です」
薬の影響で殴られ犯されて洗脳に近い行為を受けたシンくんは麻樹の言いなりになっている。
「さぁ、どうする」
答えなんてひとつしかないクセに聞いてくる麻樹は性格が悪い。僕は昔からこの男が嫌いで、許せない。しかし従わないと大事な存在が殺されしまう。
「ーー分かった」
心を殺して頷いた。満足そうに口角を上げる麻樹に近付いてベッドに乗り込むと麻樹がシンくんを引き寄せる。
繋がったまま僕に臀部を突き出すような姿勢にされたシンくんはもう薬のせいで身動きもできないのにガムテープで両手を後ろ手に拘束されているのが痛々しい。
「もう抵抗できないなら拘束を解いて欲しい。痣になったら記憶がなくても怪しまれる」
それっぽい理由で言えば麻樹は「いいだろう」とシンくんに逃げられる意思がないことを分かっているから頷いた。
せめてこれ以上怪我を増やしたくないからなるべく丁寧に傷つけないように拘束されているガムテープを剥がす。
どれだけ拘束されていたか分からないが青紫になった痕は後日でも残るだろう。本屋なんて行かずもう少し早く帰っていれば事態に気づくことができた自分が悔しくて堪らない。
拘束を解くと既に力が入らないシンくんの腕はだらんと脱力している。
「そこのローションを使って指をナカに挿れろ」
「は・・・麻樹のが入って、」
「挿れろ、何度も言わせるな」
言葉の圧は同時にシンくんの命を賭けられている。動いていないのに麻樹自身を根元まで埋めた秘部を見て生唾を飲み込んで言われた通りにサイドテーブルにあるローションのボトルを手に取る。
ローションを指で馴染ませてから恐る恐る人差し指をシンくんの秘部に挿れると先端だけでもかなり狭く「ゔ」とシンくんの体が震えた。
「指が3本くらい入るまで続けろ」
「そ、そんなことしたらシンくんがーー」
「俺に口答えするのか?」
僕を見る麻樹の瞳が冷え切っていて、片手には銃を持ってシンくんの顳顬に当ててくる。卑劣な態度に従わなければならないのが死ぬほど悔しい、いっそのこと楽のように殺意を込めて殴ってみようと思うも目の前のシンくんが死ぬのは怖かった。
傷つけないように慎重に指を奥まで挿れるとシンくんは薬の影響で体の筋肉が緩んでいるおかげで痛みはないみたいだが喘ぎか呻きか分からない声を上げている。
指が増えると麻樹自身が中で当たるのが気持ち悪くて仕方ない。
「ローションを流し込め」
淡々と命令されて屈辱を覚えるが僕は言われた通りにローションのボトルを逆さにして指と麻樹自身を入れている僅かな隙間にローションを流し込んだ。
「あ゛あああっ」
弱々しく呻いたり喘いでいただけのシンくんが突然体を跳ね上げて大きな声を出す。シーツにはポタポタと透明な液体が落ちて、シンくんが絶頂を迎えたのだと今更気付いた。
「そろそろいいだろう。お前のも挿れろ」
シンくんの臀部を掴んでわざと秘部を広げさせてそう言った麻樹に僕は信じられなくて一瞬頭が真っ白になった。
「何言っているんだ」
「憬だって興奮してるじゃないか」
嘲笑して僕の下半身を下ろした麻樹の視線を辿るように目線を落とすとズボン越しからでも分かるくらい自身が主張している。
ーーシンくんが強姦されているのに興奮しているのか?ーー
普段見ることのないシンくんの痛々しい姿、そして未知の体験に僕は今まで生きてきたなかで味わったことのない感情に襲われる。
罪悪感、背徳感、独占欲、殺意、憎悪、いろいろな感情が入り混じっているなかで勃起している自身は早く目の前のシンくんを犯したくて堪らない。
ーーこれじゃあ麻樹と同じじゃないか。ーー
その瞬間、頭が一気にクリアになる。
これ以上シンくんを傷つけない方法は麻樹に従うしかない。これは仕方ないことなんだと言い聞かせて自分のズボンと下着を寛げる。
当たり前だが麻樹が避妊具をしていないことは指で触れて気付いたから僕も避妊具を着けずに挿れることにした。
指を引き抜くと柔らかな臀部を鷲掴みされて広げられた秘部がクパァといやらしく蠢いていて僕を誘っているみたいだ。
ーーシンくん、どうか僕を許さないでくれ。ーー
願うように祈るように心の中で呟いたあと、心を殺して先端を麻樹自身が入っている秘部に捻じ込む。
「ゔ、あ、あ、っ」
指なんて比べ物にならない勃起した僕自身を受け止めるなんて幾ら薬物で筋肉の緊張が緩んでいてもキツイ。
ゆっくり先端を挿れるとシンくんの体はビクビクと痙攣するが麻樹は構わずシンくんの腰を掴んで揺さぶってくる。
「ひゃ、あああああ゛っ!!!」
揺さぶられ、強引に僕自身を先端より少し挿入されてシンくんは泣き叫んだが麻樹は「滑稽だな」と愉快に笑う。
「ぁ、あっ、くるし、いぁ゛」
「こんなに我慢汁を出してるのに苦しいのか?」
「ひゃぅ、あさき、さん、意地悪、しないでぇ」
脱力していた腕はいつの間にか麻樹の肩にしがみついて麻樹だけをシンくんは見つめている。その瞳は焦点が合ってなくて、完全に薬に呑まれていた。
あれだけ可愛がって、寵愛していたシンくんを麻樹に奪われた感覚がして奥に入っていた麻樹自身が律動で浅い場所になった時を狙って奥を突くとシンくんは甘く喘ぐ。
「シンくん、こんな男の前で喘ぐな」
「ん゛、うづき、さぁん・・・」
「イイ子だ」
後ろから耳元で囁くと首を動かしてトロンとした瞳で僕を見つけると口を開けて赤い舌を覗かせるから体を屈めて舌を絡めるキスをした。
血の味が混じったキスだが、シンくんに触れられる喜びが体に染み渡り更に興奮する。
2つの陰茎が入って苦しい筈なのにシンくんはそれさえ快感だと受け取って奥を突くたびに体を震わせて自身からは何も出せないからドライで絶頂を何度も迎えた。
「イイ眺めだ」
僕とシンくんがディープキスをしながら目先の快楽に溺れていると麻樹が邪魔をするようにシンくんの首筋を噛んでくる。
「ぅあ゛っ」
焦点の合ってない瞳を見開かせて痛みにキスを中断したシンくんは涙を流すもまた僕にキスをしてきた。
「ん、ん゛、うづきさん、すき・・・っ」
「2本の陰茎を挿れながら告白するなんて随分いやらしい奴だな。俺のことは好きじゃないのか?」
キスをしている最中に麻樹が顎を掴んできてシンくんの唇を奪う。
もう僕か麻樹か区別がつかなくなったシンくんは麻樹とのキスでも舌を絡めて甘く喘ぐ。
「俺と憬、どっちの陰茎が気持ちいいか答えなさい」
「あ゛、あ、うづきさん、も、あさき、さんも、んッ、奥いっぱいゴリゴリ当たって気持ちいいで、す」
「あはは!憬、シンを気に入ったよ」
「っ」
恐らく僕が来る前に麻樹が薬で洗脳させたのだろう。シンくんは麻樹に調教された言葉をそのまま言っただけで、シンくんの本心ではないと願いたかった。
地獄のような時間だ、しかし甘美な快感は2人でする時や楽とする時とは違うものでハマりそうな自分が酷く恐ろしかった。
「・・・っ」
「そろそろイきそうか?なら3人で仲良くイこうじゃないか。ちゃんと中に出せよ」
さもなくば、と言わなくてもシンくんの首を掴んだ麻樹を見て無言で頷いた。
まるで共犯者みたいだ、僕と麻樹とはシンくんを思う気持ちが違うのに同じ快感を得ていることが許しがたい。
しかし心とは裏腹に体は素直にシンくんの体を欲していてシンくんの体を揺さぶってお互いの自身を出し入れを繰り返す。
「ぁ゛っ〜〜!!!」
「っ」
「ーーぅ」
ビクン、とシンくんの体が大袈裟なくらい震えたと同時に麻樹と僕は絶頂を迎えて中に射精する。
ドクドクと血が通う感覚と達した快感の余韻に浸る間もなく麻樹自身がズルズルと抜けた。
そしてしがみついていたシンくんを物のように乱暴にシーツに転がして僕自身も抜ける。
シンくんは体力の限界か、薬の副作用か分からないが体を痙攣させて気絶していた。慌ててシンくんに駆け寄るとベッドを出て身なりを整え始めた麻樹はまるでシンくんを汚いものを見る冷めた眼差しで見下ろす。
「麻樹・・・っ」
「俺を睨む前にシンを何とかした方がいいんじゃないか?死んだら報告しろ、埋めるくらいなら場所を用意してやる」
まるで何ともなかったようにスーツを着直して麻樹は部屋を出て行く。追いかけて殴り殺してやりたいがシンくんの体が危ない。
悔しさや怒りをどこにもぶつけられないまま、僕は唇を噛み締めてシンくんを抱き締めた。
あれから3日、鹿島が治療を施すもシンくんは意識を取り戻さなかった。
その間ずっと楽が大人しく、いつものようにゲームをする訳でもなくシンくんを見守っていた。
ボロボロのシンくんを抱えて戻った僕を誰も責めなかった。きっとかなり心配をしていた鹿島も、麻樹に憎しみを覚えていた楽も僕を責めなかった。
いっそ攻めてくれたり殴ってくれたら楽だったのにと思いながら毎日シンくんが目覚めることを祈るしかなかった。
本を読んで時間を潰すも、なかなか集中できなくて今日何度目かの溜め息を漏らすと遠くから走る音が聞こえる。
「有月様っ!シンが目を覚ましました!」
「!・・・そうか、良かった」
「ぜひ会ってください、早く」
目を覚ましたと聞いた時は今まで自分は死んでいたんじゃないかと思うくらい生きた心地がした。
しかし、助けられなかったどころか麻樹の行為を手伝うような真似をした僕がシンくんに会っていいのか分からないでいると余程シンくんが目を覚ましたことが嬉しいのか興奮気味に珍しく僕の腕を引いてシンくんが眠っていた部屋に連れて来る。
室内には楽とシンくんが抱き合っていた。
楽の足元には座っていたであろうパイプ椅子が転がっていてシンくんを抱きしめる楽の顔は見えないけど、その後ろ姿は慈愛を感じる。
「ふは、力強いって・・・」
抱き締められているシンくんは目覚めたばかりでまだ眠そうな声を出しながらも楽の感情を読み取ったのか、背中を優しく撫でていた。
「コラ楽!まだシンは危ない状態には変わりないのですから乱暴にしてはいけません!」
「・・・ウス」
慌てて鹿島が楽を引き剥がす前にあっさり離れた楽は少し俯いたあと、シンくんの頭を無言で撫でて踵を返す。
「ゲーム機持ってくる」
そう言って部屋を出ようとする楽が横切る際に「憬、今度は俺たちがシンを護るから」とシンくんに聞こえない声で呟いてから部屋を出た。
恐らく鹿島にも聞こえていたのか「容態を確認するためにパソコンを持って行きます」とそれっぽいことを言って部屋を出て行ってしまった。
突然2人きりになってしまい、僕は咄嗟に愛想笑いを浮かべるもきっとエスパーのシンくんには歪な笑顔なんて見抜かれてしまうだろう。
「有月さん」
まずは謝らなくてはいけない、と思っているとシンくんが名前を呼んで両手を広げてくる。
まるで甘えるように、へにゃりと幼さを滲ませた笑顔を浮かべるから僕は溢れ出そうな涙を必死に殺して近付いてシンくんを抱き締めた。
強く抱き締めたら壊れてしまいそうだ、しかし弱く抱き締めていたらまた麻樹にシンくんを奪われてしまう。
久しぶりに感じるシンくんの温もりに安堵していると「あったかい」とシンくんが耳元で囁く。
「すいません。目が覚めたばかりで俺、あんまり記憶なくて・・・任務で失敗したんですか?」
「いいんだ。思い出せなくていいんだ・・・」
「?・・・そうだ。目が覚めたら楽が見たこともないくらいビックリした顔したんすよ。まるで死人が蘇ったみたいな!すごく面白かったから有月さんにも見せたかったなぁ〜」
気丈に振る舞うシンくんの声が随分と懐かしくて僕は抱き締めながら「うん」と生返事をするとシンくんが背中に手を回す。
そして優しく背中を撫でる手付きはシンくんの方が大変な思いをしているのに僕を包み込むように慈しむように撫でてくれた。
「ーー有月さん。俺、甘いカフェオレが飲みたいです」
「カフェオレかい?そういえば近くに珈琲屋があったな」
ここの近くで有名な珈琲屋があると聞いたのを思い出していると「そこの珈琲屋のカフェオレ飲みたいです」と珍しくシンくんが強請ってきた。
「分かった。じゃあ今から買って来よう」
「ありがとうございます。あ、有月さんも一緒に飲みましょうよ」
「そうだね」
あの薬が記憶が残る物じゃなくて本当に良かった、と安堵しながらシンくんの頭を撫でると照れ臭そうに笑うシンくんに緊張が抜けて笑みが溢れる。
ベッドから離れて早速珈琲屋に向かおうと部屋を出ようとしたら「有月さん」ともう一度僕を呼んでくるから振り返った。
「俺と有月さんの分、ぬるいのでお願いします」
「?・・・ああ」
そんなオーダーをしてくるなんてシンくんは猫舌だっただろうか?それに何故僕も同じオーダーなんだ?と思うも頷いて部屋を出る。
ーー目が覚めて良かった。これからはいつも以上に麻樹や殺連にシンくんの存在を知られないように気を付けないと。ーー
僕の大事な存在を傷つけ、僕に強姦の真似事をさせた麻樹のことを思い出して殺意を抱きながらもせっかくなら楽と鹿島の珈琲も買ってあげようと考えてビルを出た。
「なんで、知らないフリしたんだよ」
「ん?何が?」
ビルを出た有月さんを窓から見送っているといつの間にか室内に入ってゲーム機を弄っていた楽にとぼけて見せる。
「お前、クソに何されたか覚えてんだろ。鹿島さんや宇田さんの訓練で毒なんて散々効かない耐性あるってボスは知らねーから騙すなよ」
「騙してない。それに本当に抵抗できないくらい強い媚薬だったんだって」
騙すなんて酷い言い方はしないで欲しい。振り返って楽に泣きそうな表情を見せるとチラリとこちらを見たあとすぐにゲーム画面に目線を戻した。
「クソに殺されるところだったんだぞ」
「うん」
「もう心配かけるな」
「うん、ごめん。黙ってくれてありがと、楽」
俺はきっと死ぬまで麻樹と有月さんとのセックスを忘れられないだろうし、それを有月さんに言うつもりも更々ない。
ーー許すも何も、俺は貴方のモノなんだから何をされても何も知らない演技くらいできますよ。ーー
俺のために、もしかしたら楽と鹿島さんの為にもコーヒーを買おうと思っている有月さんを想像しながらベッドで四つん這いになって楽に近付く。
「がーく」
「ンだよ」
「側にいてくれてありがと」
「・・・」
意識がない間も、誰かが俺を呼びかけてくれたことは覚えている。
近付いて楽の頬に触れて、アイシャドウの下に隠れた目の下のクマを撫でるとゲーム機を弄っていた手が止まって俺に触れるだけのキスをしてきた。
ーー今までも、これからも、こんな狡い俺を愛して欲しいなんて。ーー
そんな傲慢な感情はいつから芽生えたのだろうか。考えていると楽が啄むようなキスを繰り返すから「有月さんが帰って来るまでな」と小さく笑うと楽も悪戯っぽく笑ってくれた。