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青白い画面の文字を追っていれば、時間は水のように蒸発する。
随分と長い間、パソコンにしがみついていたようだ。
酷使した目元をグリグリと手で揉みながら、
手元にある手紙に触れた。
緩慢な動きでそれを手に取ると、裏返して名前の欄を探す。
「匿名の……依頼なんだよな……」
ため息混じりに口にすれば、何ら不自然さは見当たらない。
すっかり探偵団に匿名の依頼なんて珍しくもないが、『タイミング』だけは疑念を抱かずにはいられない。
ラコロンド。記事の男は俺が盗賊として見た時の姿とは異なるが、あの男で間違いないだろう。
粒子の荒い白黒写真。
どの人物も取り分け目立った風貌には思えないが、隣に立つ女性。
その女性の顔は俺を、記憶の淵に突き落とした。
無機質な写真に、人形のような無気力な顔。
「何だったかな……」
吸い寄せられるように指を動かし、古い記事を更にスクロールする。
頭の中に絵の具が垂れて、描かれた人物が溶けて塗り替えられるような。
そんな不快感が頭を支配している気がした。
ふと、隣の椅子の気配が変わった。
違和感を拭うように、新たな違和感に目を向けた。
そこには狐の面の女性が、姿に影を落としていた。
彼女は 眠っているのか、肩が上下に揺れるだけで椅子にもたれている。
白い狐と目が合い、赤い装飾は存在感を浮き彫りにさせる。
「イナリさん、?」
呼び掛けた声は彼女に届かない。
狐の面から伸びる赤い紐は、緩くなって重力に従っている。
手で軽く面を抑えれば、結ばれた紐は簡単にほどけてしまった。
寝返りを打っている内に、緩んでしまったんだろう。
俺の手は僅かに震えていた。
……ごく自然に手を白い狐から離した。
魔が差したのだと言えば悪く聞こえるが、俺は妻の顔というものを見たことがない。
一度だけ、ほんの数秒間だけ。
扉を開けるなと言われた、鶴の恩返しのおじいさんのように。
抑える手を離したのなら、独りでに面は滑り落ちていくだけだ。
「……、え」
チクタクと静かな部屋に、時計の秒針が鳴る。
彼女と出会った日。
とある神社で立ち尽くす彼女に花びらが舞って、一目惚れした。
ぺいんとの悪ふざけみたいな、強引な後押しで馬鹿みたいに緊張の滲む告白をした。
二人きりになって鼓動は速いってもんじゃなくて、彼女の仕草を知っていくのが嬉しくて。
そんな舞い上がった、浮き足だった輝かしい始まり。
全てが記憶の淵へ、音を立てて崩れていく。
俺は勢いよく指をキーボードに叩きつけて、急流の文字を上に上に流す。
止まった記事に映った、何の変哲もない写真。
解像度の悪いモノクロ写真に、凛とした表情を浮かべた女性。
「……同じだ。……そうか、あの時、、」
あの瞬間から、運命という赤い糸は俺たちの首を絞め続けていたんだ。
狐の面と目が合う。
力無く手に取ると、イナリさんの顔に軽く被せた。
椅子の背もたれに深く寄りかかって、目を閉じる。
写真に記載された文章を思い返せば、嘘か信か取材の言葉が並ぶ。
………………
【独占:助手iへのインタビュー】
記者が「研究によって出る犠牲に、子供たちの反応は?」と問うと、「天才的な存在の隣に立つのは、相当な努力が必要ですが……」と問いかけた時と同等に、記者への言葉に耳を貸さなかった。
しかし、一つだけ反応を示した質問は「教授の目指す研究は、助手の貴女から見てどんなものだと思いますか?」というもの。表情は変わらずだったが、淡々と文を読むように答えた。
「……永久機関です。威力を調整すれば、より強力な人類の希望になるでしょう。」
その後の記者の質問には、時間の都合で中断を申し出られたが、質問した時間としては十分にも満たず、不自然なようだった。
………………
「永久機関……寿命も、そうなのか?」
眠っているのに、問いかけるように言った。
彼女は被害者なんだろう。
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bebe おただいま
危険な実験によって人間じゃない、あの姿になったのか。
生還した後は、どうなったか知らないが、ラコロンドによって儀式が行われてしまったのか。
全ては……あの森の洋館に隠されている筈だ。
「……朝になる前に、出発しよう。」
時計を見れば、まだ外で街灯が照らす時間帯だ。
俺は荷物をまとめて、ぺいんとたちが眠っているのを確認して玄関の扉を閉めた。
そこであの女性の顔が車に映る。
「、ッ!……イナリさん、。」
その顔にはいつもの狐がいる。
気のせいだと誤魔化して、車に近づく。
「何~?起きてたの?」
首をフルフルと振って、イナリさんも車に近づいた。
「一緒に行き、たいの?」
困惑気味に尋ねれば、嬉しそうに何度も縦に首を振る。
思わず噴き出して、笑った。
「じゃあ、一緒に行こうか?……どこに行きたい?」
そう聞くと、今度はイナリさんの方が困惑した様子で首を傾げる。
「いや、何でもない。……じゃあ、出発するから、シートベルト」
こうして俺とイナリさんは、一足先に森の洋館へと向かった。
窓の外に流れる花を横目に、車を走らせる。
「……酔ってない?イナリさん」
隣でサラサラとペンが擦れる音が止まり、イナリさんから手紙を受け取る。
「……うん、完璧。ありがとう」
イナリさんは何だか可笑しそうに笑った。
ぺいんとたちへ!
じゃ、偵察に行ってくるわ!ちゃんと待ってろよ~!
その文面の下には、可愛らしいクリーパーの絵が描かれている。
彼女の茶目っ気なのだろう。
「手紙なんて、こんなもんでいいのよ!」
狐の面が赤から青に変わったことで、アクセルを踏み込んだ。