テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#すのあべ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あれ? 今日はリストバンドしてるんだ。昨日はしてなかったよね?」
翌朝、満員電車の中でケンジが無邪気に笑いかけてきた。 手首に刻まれた、あの生々しい拘束痕。包帯を巻くことも考えたが、余計な詮索を招くのを恐れ、苦肉の策として部活で使っているリストバンドで覆い隠した。
蒸し暑い盛夏の朝に、両手首を固めるリストバンド。不自然極まりないのは百も承知だが、他に術がなかった。
「……ああ。大会が近いからな。願掛けみたいなもんだ」
咄嗟についた嘘に、ケンジは「へぇ、ストイックだね」と納得したようで、それ以上は踏み込んでこなかった。 安堵と同時に、なぜ被害者である自分がこれほどまでに怯え、取り繕わなければならないのかという猛烈な苛立ちが込み上げる。
すべては、あの男のせいだ。 思い出すだけで、胃の腑がせり上がるような屈辱と怒りが交互に押し寄せる。
「……怖い顔してるね。誰か殺しにでも行きそうな雰囲気だよ?」
「あ?」
「や、やだなぁ、冗談だってば!」
ドスの効いた声で射抜くように睨みつけてしまい、理人はハッとして我に返った。
「……悪い。なんでもねぇよ」
「リヒト君……?」
心配そうに覗き込むケンジの瞳に、理人は小さく首を振った。 これ以上、こいつを巻き込むわけにはいかない。ケンジもまた、あの地獄を味わわされていたのだと思うと、拳を握りしめる力が強くなる。あの男だけは、何があっても許さない。いつか必ず、その傲慢な仮面を剥ぎ取ってやる。
殺意に近い決意を固めていたその時、制服のポケットで携帯が着信を告げた。 何気なく画面を開いた理人は、そこに表示された名前に息を呑んだ。
『昼休み。資料室』
たった一文。第三者が見れば事務的な呼び出しにしか見えないだろう。 だが理人にとっては、それは血で書かれた地獄への招待状だった。
(誰が行くか……っ!)
悪態を吐き捨て、画面を閉じようとした瞬間、二通目のメールが滑り込んできた。 本文はなく、ただ一つの添付ファイル。 嫌な予感に指先を震わせながらファイルを開いた途端、理人の視界が真っ白に染まった。
そこに映し出されていたのは、自分だった。 蓮に背後から貫かれ、屈辱に汚れ、快感に蕩けきった表情を浮かべる自分自身の痴態。自分ですら見たことのない、淫らで、無惨に壊された姿が鮮明に記録されていた。
心臓が止まるかと思った。 血の気が引き、指先から体温が失われていく。乱暴に携帯をカバンの奥底へ放り込んだが、網膜に焼き付いた画像は消えない。
(いつの間に、あんなものを……)
指定の時間に来なければ、これを全校に、あるいは家族にバラ撒く。言葉はなくとも、その卑劣な意図は明確だった。
「……リヒト君? 大丈夫? 顔色がすごく悪いよ」
「……平気だ。なんでもない」
「でも……」
「少し、人酔いしただけだ。気にするな」
必死に顔を覗き込んでくるケンジの頭を、理人は宥めるようにポンポンと撫でた。 蓮の興味が自分に移ったのなら、皮肉にもケンジはようやく解放されたということだ。ならば、自分が泥を被ればいい。
理人は、静かに目を閉じた。 瞼の裏には、昨夜の雨の公園で出会った少年の、あの「嘘はもう少し上手に吐いた方がいいよ」という言葉が、呪いのように、あるいは導きのように響いていた。