テラーノベル
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そう言った瞬間、涼ちゃんの表情からふっと色が消えた。
「…違う、それは違うよ。元貴。」
かすれた声だった。普段の柔らかさも穏やかさもない。ただ、深海の底に沈んだような、重くて冷たい響きだった。
冷たい水を注ぎこまれたように、動けなくなってしまった。
「僕は…元貴の大切なものになんてなれない。アトランティスの案内人。君の隣に立つ資格なんて、最初からない。だから、君の気持ちには応えられない。応えちゃいけない。元貴の好きだった“涼ちゃん“にはなれないから。元貴も見たでしょ。僕らがどんな風に滅んでいったか。」
胸がぎゅっと締めつけられた。あの最後に見た涼ちゃんの顔が、鮮明に瞼に映った。涼ちゃんが一歩、後ずさる。その距離が、胸に突き刺さった。
「君が僕を選んだら……君はここに縛られる。僕みたいに、永遠に。」
「っそれでもいい、」
「元貴。」
涼ちゃんは、はっきりと、言葉を落としていくように、言った。
「元貴。君は、他の大切なものを見つけなきゃいけない。僕じゃない。僕なんかじゃ…君を救えない。」
胸が、焼けるように痛んだ。喉がひりついて息ができない。立っているのがやっとだった。言葉を紡いでいく涼ちゃんの唇を、ただ呆然と見つめることしかできない。全身の血が急激に冷えていくようで、指先がガタガタと震え出した。
何か言いたいのに、喉の奥がぴったりと張り付いてしまったように、音は出てこなかった。
涼ちゃんが、ほんの一瞬だけ目を伏せ、消えてしまいそうな声で言った。
「…君の運命は、きっと僕じゃない。」
その一瞬に、押し殺した痛みが滲んだ。その声は、震えていた。
「だから…ごめんね、元貴。」
その瞬間、涼ちゃんの姿がふっと揺れ、深海の光の中に溶けるように消えた。
反射的に伸ばした手は、空を掴んだ。何も触れられない。何も届かない。
ただ、冷たい水だけが残った。
胸の奥が、空洞になったようだった。何かが抜け落ちて、二度と戻らないような感覚。
「…涼ちゃん…?」
声は震え、かすれ、深海に溶けて消えた。
世界が静かだった。
あまりにも静かで、その静けさが、心をゆっくりと締めつけていくようだった。
涼ちゃんが消えたあと、世界はまるで音を失ったように静かだった。深海の光がゆらゆらと揺れているのに、その光さえ、どこか遠くに感じた。
緩やかな流れが頬を撫でる。立っているというより、ただ沈んでいくような感覚で、胸の奥にぽっかりと空いた穴が冷たい水をゆっくりと流し込んできていた。
「…涼ちゃん…、」
呼んでも、返事はない。声は深海に吸い込まれ、泡のように消えていった。
足が震えた。膝が勝手に折れ、崩れ落ちるように座り込んだ。
手のひらが砂に触れる。ひんやりとして、まるで自分の体温まで奪っていくようだった。
涼ちゃんの言葉が、何度も何度も胸の奥で反響する。
ー―元貴の大切なものになんてなれない。
その言葉が、心臓の奥に刺さったまま抜けない。
「…そんなわけ、ないだろ…。」
声は掠れ、自分のものとは思えないほど弱かった。
涼架の姿が消えた場所を見つめても、そこには何もない。ただ、青白い光が揺れているだけ。その光が、やけに冷たく見えた。立ち上がろうとした瞬間だった。
――ぐらり。と水が揺れた。
深く、低い唸りのような振動が伝わってくる。遠くの闇が、ゆっくりと、ゆっくりと膨らんでいく。巨大な影だった。
岩よりも大きい。神殿の柱よりも太い。深海の闇そのものが形を持ったように、妖しく鮮烈な真紅に染まっていた。その巨魚が身をくねらせるたび、体側からエメラルド色の燐光が溢れ出し、漆黒の海を夢幻の色彩で染め上げていく。まるで、星々を敷き詰めた夜空そのものが、生き物となって深海を泳いでいるかのようだった。
目が光った。青白く、冷たく、感情のない青白い光。その光が、まっすぐこちらを捉えた。
息が止まった。影が動く。水が震え、砂が舞い上がる。
なんだあれ、生き物か?あんな巨大な生物なんて存在するのか?ううん、とにかく逃げなきゃ。逃げなきゃいけない。でも、足が動かない。心が折れたまま、体が言うことを聞かない。
巨大な影が、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
硬質で巨大な鱗が神殿の朽ちた壁を削り、そのたびに水が押し寄せ、胸の奥の空洞に冷たい波が流れ込んだ。
「っ…涼ちゃん」
呼んでも、もう誰も来ない。世界は静かで、ただ巨大な影だけが迫ってくる。ようやく震える足で立ち上がり、ふらつきながら後ずさった。
逃げなきゃ。でも、逃げても意味なんてない。それでも体は必死に動こうとする。
「…、くそ…!」
振り返って暗い海底へと走り出した。
深海の闇が、ゆっくりと夜を落としていく。
暗い海底を、ただ走り回る。巨大な影が背後で水を震わせるたび、胸の奥の空洞に冷たい波が流れ込んでくる。逃げても逃げても、巨大な影はゆっくりと、しかし確実に迫ってきた。
足がもつれ、視界が揺れ、呼吸が喉で引っかかる。熱く荒い呼吸が脳に響いて、がんがんと揺れた。
後ろから、低い唸りのような振動が押し寄せてくる。振り返ると、闇の奥で青白い目が光った。
深海の闇そのものが形を持ったような、巨大な、古の生き物。その目は、凍えるほどに冷たかった。
逃げても逃げても、影はゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
涼ちゃんの言葉が、耳の奥で何度も反響した。
――君の隣は、僕じゃなくていい。
その声が、胸の奥を鋭く刺す。
やがて崩れた神殿の影に糸を切ったように倒れ込んだ。巨魚の大きな影で、日が沈んだように暗くなる。魚の息遣いが目の前に聞こえてくるようで、無機質な甲羅が恐ろしかった。
も…だめかも。
大切なもの、涼ちゃんの想い、アトランティス。全部が胸の奥で渦巻き、息ができなくなる。
もう、疲れた。…そうだ、あの日もこうして疲れちゃって、海に飛び込んで…、あなたとまた出会ったんだったね。
ふっと力を抜き、静かに息を吸って、胸の奥に残っていた涼ちゃんの音を思い出した。あの、透明で、祈りのような音。
そっと冷たい唇を開いた。
ゆっくりと、一つ、一つと音を浮かばせていく。あなただけを想って、つくった曲。お互いに目で合図をしあいながら、一緒に息を吸い込んで、大事に大事に、紡いでいった、あなたとの大切で、愛おしい記憶。
深海の光が揺れるたびに、涼ちゃんの笛の音が重なって聞こえた気がした。
最初は震えていた声が、次第に静かに、深く響き始める。
巨大な影が、動きを止めた。
水が静まり返る。深海そのものが息を呑んだように、世界が凍りついた。
ーー苦しいけど歌唱うわ唄えど 胸の穴が埋まらなくて
まるで今の僕みたい。あなたを想って苦しくて唄ってみるけれど、あなたは戻ってこないし、胸の穴は塞がってくれるわけじゃない。
胸が痛い、痛いんだよ涼ちゃん。あなたはもうこれが何故か気づいているはずでしょう?…僕にあなたの中で名前を付けてよ。あなたの何にもなれないままは、嫌なんだよ。
あなたがいなきゃ、生きてけないよ。今日も、あの日も。
深海に静寂が落ちる。その静寂を破ったのは、海底の岩が語り出すような、重く、古い声だった。
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#MGA
かめちょん
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#ほんにんさまかんけいない
コメント
3件
いやあもう、読んでて胸がぎゅうぎゅう締め付けられました…。涼ちゃんの「君の運命はきっと僕じゃない」って台詞、優しさの裏に諦めみたいなものが滲んでて切なすぎます。そして逃走中に涼ちゃんとの思い出の曲を歌い始める元貴のシーン、あの巨大な魚が動きを止めたのってまさか…?自分を犠牲にしてでも元貴を守ろうとする涼ちゃんの想いと、それでも涼ちゃんを追いかけずにいられない元貴の痛みが、すごく丁寧に描かれていて引き込まれました。続きが気になります…!(そしてフォロワー100人おめでとうございます!)