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53 ◇幸運の女神には前髪がない
絹には、涼のことがよく分かっていた。
……いや、そこまでいうと言い過ぎかもしれないが。
よくわかっているつもりだった……くらいであろうか。
ともかくそのような按配だったため、自分や珠代がいいと太鼓判を押す気立ても良く
器量の良い温子のことを涼が好かないはずがないと勝手に推測し、御婆力を発揮発動させるのだった。
一方、涼の方はというと、こうもあからさまにズケズケとプライベートな
事柄に首を突っ込んでくるなどと……、これが他の者から進言されたなら
冷たく流していたかもしれない。
だが、還暦を過ぎた絹が母親のように自分の将来を憂いて心配してくれているからこその
進言と分かるため、絹に腹を立てることはなかった。
********
絹は長年の人生経験から、涼がはっきりと温子に意思表示すればこの縁談は
まとまると見ていた。
そしてこういったことは、タイミングが大事だろうこともよぉ~く分かって
いた。今のふたりの様子を見ていると9割方まとまるだろうというのが、絹の
見解であった。
それぞれが別に想う相手がいる場合はまた話が違ってくるだろうけれど。
じゃあ、これが1年後ならどうだろう。
絹にも分からないが、五分五分ではなかろうかと思う。
それは、どちらかにいい人ができてしまうことだって有り得るからだ。
例え、双方が胸の内で想い合っていたとして、口に出し言葉にして温子に
交際を申し込む男が現れれば、その男に対する温子の気持ちが大きく育た
ないとも限らない。
実はシングルマザーの絹はそういったすれ違いを経験したことのある
経験者なのだった。だからこそなのである。
人は幸せへのチケットを掴めるか掴めないかで、その後の人生を大きく変えることになる。
だから……
『幸運の女神には前髪しかない。彼らは今、そのチャンスを掴むべきだ』
絹はその想いを深くした。
――――― シナリオ風 ―――――
〇入院中の病室(昼下がり)
病室の窓から差し込む柔らかな光が、白いカーテンを揺らす。
ベッドの脇に腰かけた涼と、その前で静かに笑う絹。
還暦を越えた彼女の目は、ただのお節介ではなく、母のような温もりを
帯びていた。
絹(心の声)「涼さんが温子さんを好かぬはずがない。
あの気立てと器量だもの……」
絹は互いのことを知り合うチャンスさえあれば、きっと温子と涼は
お似合いの夫婦になれると信じていた。
時は金なり。
善は急げ。
ただ、幸運というヤツはいつも巡ってくるわけではない。
絹(N)「人は幸せへのチケットを掴めるか掴めないかで、その後の人生を
大きく変えることになる」
絹(心の声)
「だから……
幸運の女神には前髪しかない。
彼らは今、そのチャンスを掴むべきだ」
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