「いらっしゃいませ」
道具屋の店主の如く、ショーケース兼カウンターの所に背の高い男性が立っていた。年齢は…30代半ばくらい? 一人で店番しているのかな。お客様は誰もいなかった。
「当店のご利用は初めてでございますよね? そちらの品、持ち込みですか?」
「あ、はい! いくらで売れますか? 実は入り用で…」
「ありがとうございます。商品を査定いたしますので、そちらへおかけください」
商談ブース的なところも設けられていたので、言われた通りソファーに座った。大層な本革のソファーでお値段高そうな感じだ。
目の前に座ったスーツ姿のシゴデキそうな男性は、早速私からネクタイの箱を4つ受け取り、白い手袋をして慎重に査定してくれた。その間に必要事項の書類を作成し、住所や名前、身分証明ができるものを用意しておくように言われたので渡された書類を埋めた。『なんでも売買屋』に登録があるか、『はい』か『いいえ』で答える欄があったので『はい』に〇を付けた。
「おや。弊社のアプリご登録者でいらっしゃいましたか」
書類をのぞき込みながら鑑定士の男性が言った。彼の眼光鋭く、どんなお宝でもその眼鏡にかかればあっという間に価値がわかってしまうと思しき雰囲気だった。鷲鼻で整った顔をしていたが、やや冷たい印象も受ける。清潔感のある短い髪形に、黒い細身のスーツに身を包んでいた。彼は私から書類を受け取り、パソコンで操作して内容を読み上げた。
「五代様――ああ、3日前にアプリのダウンロードと会員登録、ネクタイをご出品いただいておりますね。ありがとうございます。今、お持ち込みのものと同一商品ですね」
「はい。思うように売れなくて…」
「それは仕方ありません」
彼はにこやかに言った。「このネクタイでは値段がほとんど付きません。ご足労をいただいた分を考慮しても、100円のお支払いが限界かと」
ひゃ…100円!?
たったそれだけなの…?
「それだけしか値段が付かないのですね…」
ノンブランドは値段が付かないことの方が多いのですよ、と教えられた。査定結果に肩を落とす。100円はあんまりよぅ…。
「ご希望の販売額は2000円ですか?」
「はい。どうしても情報収集のために必要経費を稼ぎたいのです」
「必要経費…ですか。なにやら訳アリそうですね。ご事情を伺っても?」
「あ、はい。聞いていただけますか?」
私は今、初めて会ったばかりの名前も知らない鷲鼻の男性に身の上話をした。他人だから語れることもある。それに今は、沢山の人と話して少しでも情報収集に勤しみたい。RPGのセオリーよね。
「――というわけで、クズ夫と離婚したいのです」
「それはとても素敵なお話ですね。お金の匂いがプンプンします」
鷲鼻の彼は嬉しそうに笑った。いったい今の話のどこにお金の匂いがする要素があったのか、私にはわからなかった。
「いいでしょう。僕で良ければ力になりますよ」
不敵に笑う彼は胡散臭いとしか言いようがなかったが、他に頼るあてもない私は思わず声を上げた。「本当ですか!?」
「そのネクタイ、私が五代紀美さんの言い値、2000円で買い取りましょう」
「ええっ!!??」
100円の価値もないと言われたネクタイに2000円も払ってくれるの!?
なにこの人! めちゃくちゃいい人!!
「ただし、このネクタイはあなたに5倍の値段で買い戻していただきます」
「は!!??」
意味がわかんない。買い戻すってなに!?
いい人って思ったけどやっぱり違うみたい!
パニックになっていると、鷲鼻の彼が「申し遅れました」と名刺を差し出してきた。
――『株式会社 なんでも売買屋 代表取締役社長 万時 金成(まんじ かねなり)』
受け取った名刺を見た。万時(まんじ)…「万事(ばんじ)」の誤りで、全ての物事という意味があったはず。そして金成。ふたつ合わせると、全ての物事には金が成る…。
これは…名前が全てを物語っている気がした。彼にピッタリの会社であり職種なのだろう。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!