テラーノベル
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花には、旬がある。
人間にも季節があるように、花にも一番きれいに咲く時期がある。
春なら桜やチューリップ。
夏なら向日葵。
秋なら金木犀。
冬なら椿。
けれど、人が花を求める理由は、いつだって季節だけじゃない。
別れの日に花を買う人もいる。
新しい始まりに花を買う人もいる。
そして。
叶わなかった想いを、花に残していく人もいる。
「酒寄」
店のドアについた小さなベルが鳴る。
聞かなくても分かった。
この時間に来る客は、もうほとんど決まっている。
「……また来たの」
「その挨拶、そろそろ変えてくれない?」
渚は苦笑しながら店の中に入ってきた。
いつも通り、整った顔をしている。
髪も服もきちんとしているし、人当たりもいい。
普通なら、恋愛で困るような人間には見えない。
ただ一つ問題があるとすれば。
「今回は何週間」
「聞く前に期間確認するのやめてよ」
「答えは」
「一ヶ月」
「伸びたね」
「褒めてる?」
「別に」
渚は笑った。
こいつは、本当によく笑う。
振られた時も。
失敗した時も。
まるで大したことじゃないみたいに。
でも俺は知っている。
そういう奴ほど、一人になった時に静かになることを。
「何が駄目だったの」
気づけば、口にしていた。
渚は少し驚いた顔をする。
「聞いてくれるの?」
「客の話を聞くのも仕事」
「そっか」
渚はカウンターに置かれた花瓶を見る。
そこには、昨日仕入れた白いラナンキュラスが飾ってあった。
「……酒寄ってさ」
「何」
「花の名前、全部覚えてるよね」
「仕事だから」
「俺、料理の食材なら覚えてる」
「料理人なんだろ」
「うん。一応」
一応。
その言葉が少し気になった。
渚は自分のことを話す時、いつも少しだけ曖昧になる。
料理人。
好きなもの。
昔の話。
どれも近づこうとすると、薄い壁があるみたいだった。
「それで」
「ん?」
「振られた理由」
渚は少し考えてから言った。
「つまらないって」
「お前が?」
「うん」
意外だった。
渚は誰といても会話を続けられるタイプだと思っていた。
「俺、相手の話を聞くのは得意なんだけど」
「……」
「自分の話をするのが苦手みたい」
その言葉は、不思議なくらい静かだった。
笑いながら言っているのに、少し寂しそうだった。
「別に隠してるつもりはないんだけどね」
「……」
「気づいたら、相手の好きなものばっかり覚えてる」
渚はそう言って笑う。
「だから花束も、その人が好きそうなものを選んでほしいって思う」
「渚が選ばないの?」
「俺より酒寄の方が上手だから」
「……」
「あと」
渚は少しだけ目を細めた。
「酒寄が選んだ花なら、大丈夫な気がする」
その言葉に、返す言葉が見つからなかった。
花屋をやっていて。
花を褒められることは何度もあった。
綺麗。
素敵。
センスがいい。
でも。
自分が選んだものを信じてもらえることは、あまりなかった。
「……今回は」
「え?」
「花、買わない?」
渚は少し笑った。
「買おうと思ってた」
「思ってた?」
「でもやめた」
「なんで」
「渡す相手、いなくなったから」
店の中が静かになる。
外を走る車の音だけが聞こえた。
「じゃあ今日は何しに来た」
「酒寄に会いに」
あまりにも自然に言うから。
一瞬、意味を理解するのが遅れた。
「……」
「駄目?」
「いや」
駄目じゃない。
そう言いそうになって、飲み込んだ。
「暇だっただけ」
出てきた言葉は、可愛げのないものだった。
渚は笑う。
「そういうところ」
「何だよ」
「優しいのに、優しくないふりするところ」
「……」
「好きだなって思う」
冗談みたいな言い方だった。
だから俺も、冗談だと思うことにした。
思うことにした、はずだった。
その日の帰り。
店を閉める前、売れ残った白い花を一本だけ切った。
理由は分からない。
ただ、捨てるには綺麗すぎた。
花瓶に挿して、店の奥に置く。
白い花は、誰かに贈るためじゃなくても咲いている。
そんな当たり前のことを。
なぜか、その夜はずっと考えていた。
コメント
1件
第2話、めっちゃ良かった…!!🥺💕 花屋の空気感と、渚くんの「自分の話が苦手」ってセリフが刺さりすぎた…!!あの、笑ってるのに寂しそうな感じ、表現が上手すぎて泣ける。酒寄くんの、優しいのに優しくないふりするところも好き。最後の白い花、捨てるには綺麗すぎて挿しちゃったシーン、エモすぎる…!!続き気になるよ〜!!🌸✨
夢汰🌩️

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