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今日は私の婚約者である王子殿下の誕生祭だ。
王宮大広間は、祝祭の灯りに満ちていた。
磨き上げられた大理石の床は、見ているだけで心が暖かくなるような、オレンジの光を反射している。
招待客は私たちを遠巻きに私を円形に囲んでいる。
私はその中心に立たされていた。
「聖女ルシア」
壇上の王子殿下が私を睨みつける。
「お前との婚約を、本日限りで破棄する」
嘘がないとき……発した言葉と本心にズレがない場合、影は見えない。
つまり、婚約破棄は本気だということになる。
ざわめきが広がる。
王子の隣には、淡い桃色のドレスを着た令嬢が寄り添っている。
私の妹、王子殿下の浮気相手、リリアナ・レインフォードだ。
「君の神聖力は最近弱まっているそうだな。もはや聖女とは呼べない」
【魔道具で弱めたのは僕らだけど。でも、悪いのは彼女だ。彼女がそうさせた】
「お姉さまは最近、職務も蔑ろにしているそうね。私も見過ごせないの」
【地位も力も全部奪う。まずはお姉さまが悪者ってアピールしなきゃ】
二人の影は饒舌だ。声を聞くだけで疲れてくる。
私は長いため息をついた。
彼らは私を言いくるめることができると信じているらしい、果たして何を根拠に湧いている自信なのか。
「聖女の力は衰えてなどおりません、お見せしましょう」
私は静かに目を閉じ、胸の前で指を重ねた。
足元から淡い光がほどけるように広がる。
そこに眩しさはなく、陽だまりのようなやわらかな温もりをたたえている。
広間の天井に、金色の粒子が舞い上がる。それは花弁へと姿を変え、ゆるやかに降り注いだ。
触れた者の頬が、ふっと緩む。
厳めしい顔をしていた老侯爵が、遠い日の孫を思い出したように目を細める。
隣に立つ夫婦が、自然と手を取り合う。
誰もが胸の奥にしまっていた『大切な記憶』を思い起こす、聖女だけが使える魔術だ。
私を見る人々の目からわかる。私は、聖女としての信頼を得ている。それを、王子殿下は許せないらしい。殿下が、すっと自身のズボンのポケットに手を伸ばす。
――やっぱりか。
私は殿下の意識の隙をつき、距離を詰めた。
彼の腕を掴み上げ、衆目に映る場所まで高く掲げる。殿下の手には紫色の首飾りが巻き付いていた。
「……神聖力吸奪の呪珠ですか。最近仕事に支障が出ると思っていたら、こんなもので妨害していたのですね」
広間が一瞬、静まり返る。そしてすぐ、さっきとは別のどよめきが沸き上がる。
非難の視線が殿下へと向きつつある
王子が冷や汗をたらしながら喚き散らした。
「皆聞け! これは罠だ! これは私がもっていたものではない! この女が私に罪を着せるために持たせたのだ!」
【クソ! クソ! 最悪だ、この女!】
「いや、さすがに無理あるでしょう……あなたのポケットに入ってたし。鑑定の魔術にかけますか? 王子殿下の魔力の残滓が……」
殿下が私の手を振りほどき、首飾りを床にぶん投げた。腰のホルスターから拳銃を抜きを抜き、魔力を込めた弾を放った。首飾りが粉々に破壊される。
「……いや、何で今撃ったんですか?」
「貴様の呪われた魔道具が許せなかったからだ! さて、私の魔力残滓は残ってるだろうさ。何せさっき撃ったんだから」
【やったぞ! うまく誤魔化せた! これで証拠隠滅だ!】
「……正気ですか、貴方」
周囲の観客も馬鹿ではない。明らかに殿下に疑いの目を向けている。
殿下もそれを察してか、ばつの悪そうな顔をしている。
「拘束しろ」
殿下が命令する。後ろで控える衛兵が「え? マジで?」と言わんばかりの顔で目を白黒させていた。
躊躇っている衛兵の足元に、殿下が発砲する。
「やれッ!」
衛兵たちが小さく悲鳴を上げ、私に詰め寄る。よどみない所作で、私の腕を後ろ手につかんで縛り上げる。
【ごめんなさい】
【こんなことしたくないです】
【でも殿下の命令なんです】
衛兵たちの影が口々に言う。
知ってる。そう言ってあげたかったけど、私の口には布が巻かれてしまっていた。
殿下とリリアナが私を見下ろす。
「控室に連れていけ。取り調べを行う。無論公正な手段でな」
【どんな手でもいい。罪を自白させればこっちのものだ】
「せめて自身の罪を潔く認めてください、お姉さま」
【認めるまで、痛めつけよう。認めても痛めつけるけど】
この二人、思った以上にいかれている。
周りを見渡す。
陛下は不在だ。誰しもが殿下の欺瞞に気づいているが、権力が怖くて、声を上げて庇うことはできないらしい。
みな無言で見守っている。
――パチ、パチ、パチ。
不意に、乾いた拍手が響いた。
手を横に向けた、余裕のある手つきの拍手。
黒いスーツを纏った長身の男が、薄ら笑いを浮かべている。
「まったく、面白いショーですよ」
何だあの拍手は?
「よくぞたどり着きました」と褒めるデスゲームの主催者以外で、あんな拍手する奴見たことない。
誰だこの人。
殿下が苦々しそうな顔で言う。
「何の用だ、ラグナーク公爵!」
公爵の冷たい視線に射抜かれ、殿下の声は震えている。
どこか余裕のある笑みを浮かべた公爵とは対照的だ。
公爵は左手で右ひじを支えたまま、右手を顎に添えた。
「クックック、失礼、大変見ごたえのある見世物でしたから」
【心温まる魔法。不正を正そうとする姿勢。ルシアさんは魅せる人だ。すごいなあ】
ん?
あれ?
聞き間違いか?
ラグナーク公爵は皮肉めいた笑みを浮かべ、妖しく目を細める。
「よもや王子殿下にたった一人で楯突こうとは、勇敢なお嬢さんだ」
【さぞ怖かっただろうに。あんな小さな身体で、頑張ってる。眩しく見えるよ】
あ、それ、眩しいって感覚で目を細めてるんですか。
てっきり終盤で裏切る糸目キャラに片足突っ込んでいるのかと。
「まっすぐな眼、私は好きですよ。でも残念、その眼差しが曇るのはきっと……すぐ、先」
【王子殿下相手じゃ分が悪いよね。このままじゃ不安だよ】
何でそんな不穏な予言っぽい言い方するんですか?
発せられる言葉と本心が一致しないとき、影はよく喋る。
影が饒舌な人ほど、本音と建前がズレている。
わざとやってるわけじゃないんだろうけど……目に映る黒幕ムーブと彼の本心に、大きなズレがあるらしい。
公爵が私の目の前に立つ。
「彼女の身、私に預からせていただけませんか?」
ラグナークが私の前に立つと、その眼光に射抜かれたのか。衛兵たちが手を離した。手枷を解かれ、ふらふらと歩み出た私は、転びそうになる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
ラグナークが私の手をとって支えてくれた。微笑みかけてくれる。
至近距離で見るとなおさら、彼の笑顔はいかにも裏がありそうで、怖い。
「ラグナーク貴様ァッ! 何を企んでいる! 聖女を利用して何をする気だ!」
殿下が叫ぶ。恐ろしい相手に、勇気を奮わせたのが伝わる声だ。
対してラグナーク公爵は影のある笑みを深くしている。
どっちが悪なのか錯覚しそうな絵面である。
「クックック、企んでる? 利用する?」
ラグナーク公爵は含みのある笑顔で言う。
「傷つきますねえ。私はただ、彼女が気に入っただけですよ」
【傷つくなあ。僕は彼女が大好きなのに】
不思議。初めての感覚だ。
影が話す本心を、私だけが知っている。それ自体はいつものことだ。彼が何も企んでおらず素で傷ついていることを知っているのは、この会場で私だけだろう。
いつもと違うのは、影と本人の言動がズレてないこと。
ラグナーク・ヘルツウォーク。
裏社会を支配する黒幕と噂され、『ジョーカー』の異名をもつ男。
光のない眼をした美形。ああいうイケメンは影で女殴ってるんだと、友だちが噂していた。
そんな彼は、単に顔と仕草が黒幕っぽいだけの、良い人であったらしい。