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「あ、かえるくんきた! 遅いよ~」
「ごめんごめん。ちょっと遅れちゃった……」
俺はかえる。ただの大学生だ。
今までほんと面白みのない人生を送ってきたと思ったら、ひょんなことから中学生に、13歳にサッカーを教えることになった。
その教える相手がペニガキという子だ。講義がない日も平日の真昼間からサッカーを教えている。
ペニはどうやら不登校のようで、部活の時だけ学校に行っているというちょっとよく分からない特殊な子なので、平日でも教えられるのだ。
というか最初サッカー教えてほしいだなんて言われたときはびっくりした。なんで俺なんだろうか。確かに中高と部活はサッカーだったけど。
「かえるくん! 今日はなにする?」
「え? あぁ、今日は――」
なんやかんや人にサッカーを教えるのは楽しい。ペニガキは若いからか吸収も早いし、意欲があるから教え甲斐がある。
口が悪いところもあるが、楽しそうにサッカーをプレイするペニガキは見ていてとても癒される。
「かえるくんやっぱサッカー上手いな~」
「ふふ、ありがとう」
「俺もかえるさんみたいに上手くなれるかな……」
「絶対なれるよ。自分を信じな」
「……うん! 頑張る!」
目をきらきらさせながら元気に返事をするペニガキは、本当に眩しい。
最近はリフティングを見せてくれて、日々の成長を実感している。こうやって目に見えて努力を感じられる子はほんとにすごいや。
こんなに純粋でかわいいペニガキも、いつか大人になるんだ。
そう思うと子供の時の時間って大切だな。できるなら、その成長をずっと見守っていたいな……。
「かえるくーん!ちょっといい?」
遠くからペニガキの呼ぶ声が聞こえる。
「はいはーい。今行くね」
ずっとペニガキのそばにいて、ずっと見ていたい。この子の可能性を、見逃したくない。
そんな思いを抱えて、ペニガキのところへ早足で駆けた。
――――
いつもの公園に行くと、ペニガキの姿が見えなかった。いつもなら俺よりも早く来るのに、珍しい。
「か、かえるくん! お待たせ!」
「お、ようやく来た。ちょっとだけ遅刻してるよー」
「あ、ごめん!」
「大丈夫大丈夫。別に怒ってないし、いつも俺のほうが遅いし」
今日は何の練習をしようかな……と考えていると、やけに緊張したような声で俺の名前を呼ぶペニ。
「あ、あの! かえるくん!」
「ん? どした~?」
「かえるくん、これ」
「? 花……?」
「えっと……俺、かえるくんのこと好き!」
「…………え、えぇ?!」
「絶対かえるくんのこと幸せにするから!」
あまりに急でド直球な告白に思わず顔が赤くなってしまう。
「ず、随分と急だね……。えっと……それ本気? 冗談じゃなくて?」
「本気だよ! だって俺かえるくんと一緒にいるときがいちばん楽しいし、なんかドキドキするし……
それに、俺ずっとかえるくんの隣にいたいって思うの!」
「ま、マジですか……」
ペニガキの目はその年さながらの真っすぐな瞳で冗談ではないことは分かった。
こんな13歳が19歳に告白なんて緊張やらなんやらもしただろう。だから、応えてあげたい。
けれどいくらなんでも年の差すぎる。同年代やちょっとした年の差ならまだしも、6歳差は……。
ペニガキのくれた一輪の花。きれいに包装されているということは自分で買ったのだろうか。貴重なお小遣いのはずなのに俺のために使ってくれたんだ。バイトだってその年じゃできないから尚更大事にしたいはずなのに。
うーんと考える。ペニガキはその間もじっと俺を見つめて離さない。
やっぱり、ネックになってるのはペニガキの13歳という点。成人してるとかならまだしも、中学生か……。
……厳しいだろうな。俺はもう一人暮らししてるし、恋愛にとやかく言う人は身の回りにはいない。
けれど、ペニガキは授業はまだしも、部活には行っている。もしも付き合ったとしてこの年の差がバレたらいじめられるのはペニガキだろう。
これはこの先のペニガキを守るためには仕方ない。断ろう。
「……ペニ」
「! うん……!」
「その気持ちはとっても嬉しい。この花もわざわざ俺のために買ってきてくれたんでしょ?」
「うん! かえるくんが喜んでくれるかなって」
あまりに純粋な返事に心が痛む、ごめんね、ペニ。
「……でも、ごめんね。その告白は受けられないかな」
「っ、そっか、そうだよね……」
「ごめんね。本当にごめん」
「……」
顔を下に向けて黙るペニガキ。こんな小さい子に失恋の苦さを教えてしまった。罪悪感という罪の重さが俺を蝕んでいく。
「ペニ、顔上げて」
「……ぅん」
顔を上げたペニガキは少し泣きそうになっていて、罪悪感がどんどん大きくなっていく。
「確かに、俺はその告白断っちゃったけど、俺もペニガキのこと好きだよ」
「ほ、ほんと……?!」
「嘘じゃない。ほんとだよ。
でもね、ペニガキは13歳でしょ? もっと素敵な人に出会うかもしれない」
「いや。俺にはかえるくんしかいないのっ!」
すぐに否定してくる。かわいいな……。
「だからさ、もしペニが18になっても俺の事が好きだったらもう一回告白してほしいな」
「18……成人したらってこと?」
「うん。そしたら俺も喜んでペニガキと付き合うよ」
さっきまでの暗い顔が嘘のように明るくなっていく。
「ほんと!? 約束だよ!」
「うん。約束」
……そのころには俺、20代半ばぐらいだけどな!
「次かえるくんに告白するときは絶対すごい花束用意するから楽しみにしてて!」
「お、それは楽しみだな。
それじゃ、練習始めるか!」
「うん!」
――――
練習を始めて2時間ぐらい経っただろうか。
ペニの表情はすっかり元気を取り戻していて、楽しそうにサッカーをしている。
そんな姿を見ていると、こっちまで元気になる。子供の笑顔って凄いな。
……と、もうそろそろ5時か……。
「ペニ、もう時間だよ」
「わっ! ほんとだ。もう2時間も経ったんだ。
やっぱり、かえるくんと居ると時間があっという間!」
「そっか。俺とペニと居るとあっという間だよ」
「そうなの? 嬉しい!」
相変わらず眩しい笑顔だ。真っ直ぐで、純粋な。
「ねぇ、かえるくん」
「どうした?」
「俺、ずっとかえるくんのこと好きでいるからさ! かえるくんも……俺のことずっと好きでいてくれる?」
「うん。ずっと、ずっと好きでいるよ。安心して」
「……うん! 待っててね! かえるくん!」
その時いつも通りの音楽が流れてくる。5時の知らせの音楽だ。
「もう俺帰らなきゃ……。じゃあね!かえるくん!」
「うん。また明日」
夕暮れの空の下を駆けていく小さな背中。ふと、あの約束を思い出す。
ペニガキからもらった花はそよ風に当てられてかわいらしく揺れている。
18になったら、か。
「きっと、そのころには俺の事なんて忘れて幸せになってくれるかな」
なんて思ってしまう俺は、ほんと悪い大人だ。