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首都エドは外壁に守られてはいなかった。
ここでも街の出入りは自由のようだ。
はしたないかもしれないが馬車の小窓を開けて街並みを覗く。
「流石に洋風な家屋か…」
「ふふっ。お城を見ると驚かれますよ?」
俺の何気ない呟きにナタリーさんが妖艶な笑みを浮かべて答えてくれた。
えっ?誘惑してます?俺の事好きなの?
童貞特有の病を発症しかけた俺は、何とか思考を別のものに移行した。
「驚くとは?…まさか」
「ふふっ。答えはすぐにわかります。お楽しみに」
貴女の笑顔が何よりの楽しみです!
いや、ちゃうねん。この人愛嬌が良過ぎなんだわ。
ナタリーさんをくれるなら俺はこの国に魂を売る自信があるぞっ!!
はっ!?まさか!?そういう作戦かっ!?
くそっ!遺憾ながら負けを認めよう!!
俺が脳内コントを繰り広げていると、馬車は堀のようなモノを越えた。
いや、堀で間違いないな……鯉みたいなのも泳いでるし……
「やっぱり……」
俺の予想は正しかった。
「その顔はやはりお気付きでしたね。
はい。皇帝の居城はここからは見えない本丸の中にあります。
ここから見えるのが天守閣になり、その中には謁見の間や玉座の間があり、他には各行政のトップの執務室もあります」
うん。日本のお城だね……
天守閣の機能が少し違うけど、見た目はまんまや……
西洋の可愛らしいお家に取り囲まれた日本の城は違和感半端ないな。
瓦とか態々焼いたのだろうか。
石垣とかどれだけの労力がかかったことやら……
ちなみに大奥があるのか聞いたら『おおおく?オークの亜種でしょうか?』と言われたので、『聞かなかったことにしてください』と俯いて答えておいた。
皇国は一夫一妻制で、帝位は男女関係なく長子又は皇帝による指名制のようだ。
俺の望むハーレムはここにはないようだ。邪魔したな!あばよっ!
もちろんそんな訳にもいかず……
馬車は綺麗な漆喰が施された城の中へと進んでいく。
城の中に通された俺は入り口でいきなり驚かされた。
「スリッパ…土禁かよ」
「はい。ドキンが何かわかりませんが、下足…外靴はこちらでお脱ぎになられて室内ではこちらを履いてください」
俺は貴女にドッキンです。何言わせとんねん!!
「こちらへどうぞ」
ナタリーさんに促された俺は、昼食が用意されているとのことで、まずは腹ごしらえをすることになった。
長廊下を暫く進むと、ナタリーさんは襖の前で立ち止まる。
「こちらです。どうぞお寛ぎください」
開かれたそこは……
温泉旅館の宴会場のようになっていた。
床の間があり、誰かが書いたであろう書道の作品が掛け軸となって飾られていた。
『働いたら負け』
おいっ!!絶対日本人どころかオタクやんけっ!!
何百年も前の人物って嘘やろっ!!
というか、この世界の人達がこれをありがたがって拝んでいるという事実が不憫でならない……
始皇帝とやらもまさかこの掛け軸が残されているだけではなく、床の間に飾られているというのは万死に値する恥辱であろうことは俺でもわかる。
まぁすでに死んでるんだけど。じゃあ死体蹴りか?
俺がそんなことを考えていると、 誰かが挨拶と共に入ってきた。
「失礼致します。お食事をお持ちいたしました」
ジャパニーズ土下座を綺麗に行った女性が部屋へとお盆を運んできた。
「仲居さんじゃん…」ボソッ
着物を着た女性は地球では温泉旅館でしか見ることがなくなった格好をしていた。
お盆に乗せられた食事は焼き魚に何かの漬物と味噌汁。そして白米だった。
有難いけど、別に懐かしくもないんだよな。
でも、普通の転生者や転移者であれば、涙を流して喜ぶところなのだろう。
その心遣いに少し心が温かくなった。
流石に舞妓さん芸妓さんなどはおらず、食事を頂いた俺はお茶休みをした後、別室へと連れられてやって来た。
「寛げましたか?」
俺に眩しい笑顔でそう聞いて来たのは、もちろんナタリーさん。
「ああ。ありがとうございました。ところでこちらの方々は?」
連れられてやって来た部屋には、15人程の魔力が高い人達と普通の人が5人いた。
部屋の広さは20畳以上はある。しかし予想していた先程と同じ畳の部屋ではなく、この部屋は洋室だった。
俺以外の人達の殆どは円卓のテーブルに着席していて、僅かばかりの人が魔力が少ない人達の後ろに立っていた。
予想は出来たが一応聞いてみた。
「お気付きだと思いますが、こちらの部屋には魔族と皇族のみが入れます。
ですので気になさらず発言してください。魔族は幹部の方ばかりです」
いや。気にするやん?
偉い人達ばかりやん?俺みたいに名ばかりの人じゃないでしょ?
「ナタリー。まずは掛けてもらえ。それから自己紹介を始めよう」
所謂上座に座っている人物がナタリーさんに指示を出した。
俺のナタリーさんに気安くしてんじゃねーよ?あぁん?!
「どうぞ。私の横で申し訳ないですが」
貴女の横がいいんです。なんなら膝の上でも……
心の中の陽が出てくるが生粋の陰である俺の外には出てこない。
恥ずかしがり屋さんめっ!
「では失礼して。自己紹介からだったな。隠してもバレているだろうから素直に言おう。
俺は大陸北西部にある新興国バーランド王国の王でセイという。
大陸での身分はAランク冒険者かランク4の商人としての方が通りがいいかもしれないな。
恐らくだがこの国の始皇帝とは同郷と思われる。敵意はない。
よろしく頼む」
身体強化魔法の要領で少し魔力を操作して威厳を醸し出したけど、魔族の人達が固くなっただけだったな……
敵意はないんです。
ナタリーさんにカッコつけたかっただけなんです。信じてください。
「そうか。余はカイゼル・ダンジョウノジョウ・オダ・ジャパーニア。ジャパーニア皇国皇帝である」
おいっ!!それは拙いだろうが!!
弾正忠ってなんだよっ!!
思いつきにも程があるだろっ!!
カイゼル皇帝は名前通りの洋風な風貌にお殿様が着るような和装の30代だ。
チグハグだけどツッコむとキリがないからやめよう……
上座の皇帝から左右に奥さん、娘、息子二人。
その続きに宰相、内務大臣、外務大臣とお歴々が続いた。
良かった。右大臣左大臣とか関白とか言われたら全くわかんないところだったぜ……
ありがとう、翻訳さん。
ナタリーさんはここにいる魔族の中で一人20代と若い。
美人だし優秀ってハイスペックだな。
ん?誰か似たような人が……うっ…頭が……忘れよう。
「セイ国王は…」
何か話しかけて来た皇帝を止める。
「国王はやめてくれ。公式の場だと仕方ないが、俺のことはセイでいい」
「そうか。では余のこともカイゼルと呼んでくれ」
うん。流石に明らかな年上だからさん付けで許してちょんまげ。
「それで、セイはやはり別の世界の住人ということか?」
……どこまで知っているんだ?
まぁ聞かれたことには出来るだけ答えよう。誠意には誠意で返さねばな。
「まずは故郷の食事をありがとう。
その質問の答えはイエスだ。
俺はこことは別の世界……こっちから見たら異世界の地球というところにある、日本という国からやって来た。
始皇帝もそうなんだろう?」
奥義質問返し!!ちゃんと答えてから返しているから普通か。
「うむ。そう伝え聞いている。方法としては口伝と古文書によって、いくつか伝えられている。そして転生だということも」
「…そうか。俺は転移だ。意味はわかるか?」
ここは隠さなくても問題ない。
問題は今でも地球とこっちを行き来出来ることを伝えるかどうかだ。
伝えなくてもいいんだけど、どうせその内バレるからな。
情報は遅い方がこちらが優位だけど、そもそも争うことがないなら後々の蟠りが出来ないように伝えるのも手の一つだ。
「伝記によると転生は生まれ変わり。転移は世界を跨いで移動することだと聞いた。
相違ないか?」
「その考えで間違いない」
細かい話も後世に遺しているんだな。
「皆の者。聞いていたな?」
「「「はい!」」」
皇帝の掛け声と共に俺以外の全員が立ち上がった。
まさか……やるのか?
あれ?どこで間違えたんだ?
場の空気が全くわからなくなったことに、俺は持ち前のポーカーフェイスで動揺を隠した。
えっ?インキャだから元々表情がないって?
殺すぞ……