5話
START
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女支配人はくるりと背を向けると、靴音を高らかに鳴らしながら通路を歩き出した。
黙って福沢さんと私たちは続く。
江川「開演まではまだ間があるから、現場を確認していて頂戴」
福沢さんは江川さんという人の後を追いながら云った。
福沢「脅迫の主な目処はついているのか?」
彩華「…?」(脅迫…?)
江川女史は足を止め、振り返って云った
江川「それはあなたの仕事ではないは。警察に既に届けてあります。用心棒たる貴方方の仕事は、殺人が起こった場合の犯人を取り押さえる事。要するに頭数よ。見張りや聞き込みは制服警官がするわ。全く苛々するったら……殺人の予告まで出されて、市警が何人来たと思う?4人よ…たったの…。あぁ忌々(いまいま)しいッ。」
江川女史さんは何だかボソボソと言いながら苛々している様子だった。
私と江戸川くんはそれをただ見てるだけだった。
福沢「…脅迫の内容を教えていただけるか?敵の狙いによっては警備の態勢が変わってくる」
江川「これよ」
江川女史さんが1枚の印刷紙(←主)これなんて読むか教えて下さい)を取りだした。
江川「何日か前に事務所に届けられたの。『天使が演者を、真の意味でタヒに至らしめるでしょう━━V』それから公演の日時と演目が書かれているわ。天使とかVとか、全くふざけた脅迫ッ…。どうせどこか他の劇場の営業妨害でしょう…」
江川女史さんがそう言うと
乱歩「そうかなぁ〜?」
突然隣にいた江戸川くんが口を開く
江川女史さんは飛び上がった。
乱歩「結構行けてると思うけどね、それ。演者ってことは殺されるのは役者さんかな?ふぅん…どうなるか楽しみだね、おばさん」
江川「おばっ…!?」
彩華「ちょっ、江戸川くんッ!ご、ごめんなさい💦」
焦って咄嗟に江川女史さんに私は頭を下げた。
乱歩「何で謝るの?だってほング」
彩華「頼むから江戸川くんは静かにして!💦」
また、失礼なことを言いそうな気がして江戸川くんの口を手で押さえる。
福沢「…申し訳ない…。彼らは…求職者だ。以前に事務の手が足りず困っていると言う話を、こちらの関係者から伺ったのを思い出した。この一見が落ち着いたら、彼らの面接を頼めないかと」
江川「はぁ…確かにうちは年中人手不足ですけど…」
目を眇めて胡散臭そうに私たちを見てくる。
江川「…そこの貴方は前髪切った方がいいんじゃないかしら?」
彩華「え……えっと、これには訳があるので…」
私は思わず肩がビクっとしてしまった。
江川「…そう。前髪切った方が絶対いいと思うんだけどね…。まぁいいわ、判りました。では所定の規則に従って、事務の窓口に履歴書を送って下さい。他の候補者と一緒に審査するわ」
ため息を突かれながらそう説明された。
すると
乱歩「なぁんだ、他にも希望者がいるの?」
と口を抑えてた私の手を退けて、そう言う。
彩華「!?」
江川「はぁ?」
福沢「…はぁ」ボソッ
福沢さんは静かにため息をした。
まぁ、江戸川くんはそう言われたら文句言いそうだったし…まぁ予想はしてたよ…
江川「あのねぇ…貴方ねぇ、そんな我が儘な子供を大人が採用したがると思う?大人の世界は礼儀が第1なの、それを理解して頂戴」
彩華「…ッ」(大人の世界…礼儀…か…)
乱歩「それ、他の人からも聞いた。何度も」
江戸川くんはかつてないほどウンザリした顔をした。江戸川くんは常識や大人の世界が嫌いと言っていた。私だって嫌いだ。常識と言われても間違ってる事だっていっぱいあるのにそれまで常識と言うのは違う気がするから…大人は怖いし、どんなこと考えてるか分からなくて嫌になる…”彼奴”だって……。
乱歩「理解出来ないよ、大人の世界なんか。最初に本音を言えばいいのに。一々隠すのなんで?例えばおばさんは劇場の支配人なんてやりたくない。部下を威圧するために靴と服にお金を掛けてるけど、爪の手入れはろくにされてないし、指輪のない。指の付け根に消えかけのタコがあるよ。手は前の仕事にもどりたがってる。あとは…警察も用心棒も劇場関係者も信用してない。でなければ用心棒のおじさんを最初に市警に引き合せるはずだから。引き合わせないのは、おじさんに市警を見張らせる。人がタヒぬんだからそのくらいしてもいいと思うけど、だったら最初から云えば?」
江川「なっ…何をいい加減な事を、失礼なッ」
彩華「え、江戸川くん…💦」
その狼狽した表情から分かる、おそらく図星なのだろう。
乱歩「他にも言おうか?真新しいけど飾り気のないネックレッスは贈り物じゃなくて自分で買ったもの。あと塞がりかけてる耳のピアス穴。つまりここ数年の男性関係は━━」
福沢「そこまでだ」
低い声が聞こえて来た。
福沢さんの低い声だった。
思わず肩が上がった。
福沢「貴方の内心がどうであろうと俺は気にしない。人の死を避けるべく最善を尽くすだけだ。関係者に話を聞きたいが、構わないか?」
江川「勝手にして頂戴!!」
江川女史さんは強がるかのように吐き捨てた。
江川「私はこの仕事が気に入ってるの!あぁ忌々しい…ッどいつもこいつも…!!!!」
江川女史さんは玄関ホールの床を踵で(かかと)で高く鳴らしながら、早足に歩き去ってしまった。
彩華「…江戸川さっきの…」
乱歩「大人の世界って不思議。なんで怒るのかな?」
彩華「…そうだね…」(江戸川くんは…まだ…知らない…なんだか…江戸川くんはこの世界を嫌ってて、恐怖に満ちているように見える………………
助けたい)
私達は役者さん達に聞き込みに行った。
最初に話したのは、
演劇の花形、十二人いる登場人物の主役となる青年。
上村「はぁ?」
楽屋の個室、熱心に読んでいた台本から顔を上げ、青年は整った顔を歪めてみせた、
彩華「…」(この人が、主役の人…凄く綺麗な人。まぁ別に興味ないけど、でも主役凄いな)
上村「本番直前に一体何ですか?こっちは台本読んでるんですよ?」
他の人は居ないみたいだった、椅子に浅く腰掛けた青年は、読んでいた台本を忌々しそうに投げ棄てながら云った。
上村「こっちは本番直前なんだ。本番直前の役者がどんなに気持ちでいるか分かりますか?」
福沢さんは何も答えなかった。
上村「俺たちは潜るんだ。別の世界、別の人間の中に。そのためにいちねんちかくも稽古してきた。邪魔する奴がいたら56してやる」
彩華「…凄いですね、役者って」
上村「そうか?…喉が渇いた、注いで貰えるか」
彩華「え、あ、はい」
乱歩「…」(…此奴彩華の事こき使って……)
そう言い青年は顎で指し示した先には、水の入った大型容器が置かれていた。空になった水杯を私に差し出す。
私は黙って水を注いだ。
青年は注いだ水をもう1度飲み干してから、青年は「集中してるんですよ」
見れば心なしか顔色が青白い。神経質そうなめもとには薄く隈が浮かんでいる。
福沢「職務は尊重する」
福沢さんが青年の顔色を見ながら云った
福沢「だが殺される可能性があるのは君たちだ。公演中、1人になる時間はあるか?」
主役の青年━━上村はさらに何か言い返そうと息を吸ったが、諦めたかのように息を吐いた。
上村「…出番前に袖で何度か。楽屋との移動は小屋の人がいるから1人じゃあないな。あとは最後の舞台挨拶の前。まぁ一応皆警戒してるから、誰かしらと居るようにはしてますよ。…あぁけどあそこにいる時は無防備だなぁ。俺は特に、何十分も1人でそこにいる」
福沢「それはどこだ?」
上村「舞台の上ですよ……これでも主役なんでね」
青年は唇の端を歪めて笑った。
上村「これでも主役なんでね」
彩華「…」(一人でいたら59されるのに、何でそんな余裕な感じなんだ…?)
乱歩「ふうん…主役なんだ」
彩華「…?」
傍(かたわ)らに控えていた江戸川くんがいきなり云った。
上村「あ?……まさかお前ら用心棒の助手か?」
彩華「え…」
乱歩「ねぇ、このお芝居ってどんな話?」
江戸川くんは青年の質問を無視して訊(たず)ねた
上村「どんなって…お前、用心棒なら劇団から台本貰ってるだろ、それ読めよ」
乱歩「あんなの呼んでもつまんないよ、最初の1頁(ぺーじ)で面倒になっちゃった。だから教えて」
彩華「江戸川くん失礼だよ…?💦」(これじゃあ役者さん怒っちゃうな…)
そう思っていたが
上村「そうか、ガキ。お前がつまんねえと思うなら、そうなんだろう」
彩華「…?」(怒らなかった…)
青年は神妙な顔で答えた。
上村「演劇がつまんねえかどうかを判断するのは見たヤツだ。お前の首を絞めて『面白いから全部読め』と脅すのは簡単だが、それは脅し屋の仕事であって、俳優の仕事じゃないからな。なぁガキお前は激似何があったら面白いと思う?」
江戸川くんは首を捻ってから答えた、
乱歩「劇のど真ん中で予告通り役者が56されたら面白い」
彩華「ッ!」
福沢「ッ」
私は背筋に震えが走った。
きっと福沢さんもそうだろう。
上村「はッ!ガキっぽい答えだ」
青年はニヤッと笑った。
「観客がそう思うのなら脅迫通り56されてやるのも悪くないかもな」と云った、
そこまでして自分の命を削るのか…
そう考えていると
福沢「おい」
福沢さんは眉をひそめて声をかける
不謹慎だと思ったのだろうか
でも青年は
上村「勿論56される気なんてありませんよ」
青年は福沢さんに向かって云った。
(⬇エンターティメント)
「だが、娯楽業の世界身を置く人間なら考える事だ。『演劇を極めるためなら他人の命を奪えるか』…おれなら奪うね。迷いなく、俺が人を56さないのは、人の命を対価に芝居の極意を教えてやろう、と持ち掛けてくる取引相手に逢った事がないからだ。今の所はね。だからもし、今回の殺人予告を仕掛けた奴が観客を驚かせようとして、事を計画してたなら、いい根性だと思いますね」
青年は福沢さんや江戸川くんを見ていなかった、ただ、自分を、自分が影響を与える事のできる観客のことだけを見、考えていた。
彩華「…」(もしかしたら自分が56される可能性があるのに、人命を貨幣(かへい)のような交換単位として考えてる…なんでそんなに危機感がないの。危機感が鈍すぎる…)
上村「さて、そろそろ客入りだ」
と、青年は立ち上がった。
上村「おれは行きますよ。まぁ、おれもプロならそちらもプロでしょう。誰の被害もなく依頼人を警護し無傷で帰すのがプロの仕事だ、期待してますよ」
私達は他の演者にも話を聞きに回った。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝