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エルクが去ってからのニックスは、生きる気力を失っていた。すでにボロボロになったエルクの羽根を、ひたすら眺め続ける日々を過ごしている。エルクのことしか頭にない。
絹糸のように滑らかで、月の光を受けてきらめく金髪。吸い込まれそうになるほど深い碧の瞳。淡く色づいた唇や滑らかな肌。どんなに鮮明に思い出せても、エルクはいない。二度と会えない。触れられない。
倒れていた彼を介抱し、ようやく目を開けたエルクを見た時は天使だと思ったが、まさか本物の天使だったとは思わなかった。
死んだ魂は天使が導いてくれると、どこかで聞いたことがある。それが本当ならば、自分の魂を迎えに来てくれる天使はエルクがいい。そうすれば、もう一度彼に会えるのだから。
とりとめもなくそんなことを思っていると、ドアがきいっと音を立てた。風か、それともここには珍しい訪問者か。いずれにせよ、もう起き上がる気力はなく、ニックスは目を閉じたままベッドに横たわっていた。しかし腕にさわさわと触れるものがある。その感触にエルクの美しい髪を思い出す。
「エルク、会いたいな……」
「ニックス」
震える細い声が聞こえた。エルクだと思った。ついに幻聴まで聞こえるようになったかと思いながら、ぼんやりと目を開けた。そこに愛する人の顔を見つけてニックスは微笑んだ。
「俺は死んだんだな。エルクが迎えに来てくれたのか……」
「ニックス、しっかりしてよ。あなたは生きてる」
ニックスは自分の肩をつかむ手の力強さにはっとする。
「え?本当にエルク?」
真偽を確かめたくてニックスは体を起こそうとした。しかし起き上がれない。もうずっと何も口にしていなかったため、ニックスの体は弱っていた。
痩せたニックスの体をそっと抱き締めて、エルクは囁く。
「戻ってきたんだ。一人にしてごめん。もし許してもらえるなら、もう一度僕を傍に置いてほしいんだ」
「でも、お前は天使なんだろ……」
エルクは静かに口を開く。
「戻った僕が知ったのは、人間と愛し合った天使が再び元の世界で暮らすためには、その人と過ごした記憶を全て消す必要があるということだった。でも僕は、あなたとの思い出を消したくなかった。あなたの傍に戻りたいと思った。だから僕は、天使としての生を捨ててきた」
「どういう意味だ」
「言葉通りだよ」
エルクは短く答え、微笑んだ。羽を折られ、永遠の命の代わりに人間と同じ限りある命を与えられたことは、今言う必要はないと、胸の奥に仕舞い込む。
「もう二度と、俺の前からいなくならないんだな?」
「約束する」
「エルク、ずっと俺と一緒にいてくれ」
「もちろんだよ。ニックス、愛してるよ」
ニックスの目に涙が溢れる。
もう二度と離すまいと、ニックスは自分だけの天使を強く抱き締めた。