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「あ、なんか近いな。」
第4話:『お前、今日はなんか冷たない?』
教室の窓から、風がひとすじ吹き込んだ。
カーテンがふわりと揺れて、ノートの端をめくる。
秋の匂いが少しだけ混ざった空気が、放課後の静けさに溶けていた。
「なぁ、樹。今日、帰りどっち行く? 」
机の上でペンを止めた俺は、ちらりと隣の光輝を見た。
いつもと変わらない笑顔。無邪気で、まっすぐな声。
けれど、今日はどうしてか、その目をちゃんと見れなかった。
「…あー、今日はちょっと用事あるねん。」
自分でも、少し嘘っぽい声やと思った。
光輝は「そっか。」とだけ言って、机に肘をついた。
昨日、光輝が女子と笑って喋ってたのを見た。
ただそれだけのことやのに、胸の奥がざわついた。
なんでか分からん。
けど、ずっと引っかかってる。
“なんで俺、あんな気にしてんねやろ。”
光輝の声が、また優しく響く。
「ほな、また明日な。 」
その言葉に、俺は小さくうなずいて、鞄を持った。
でも、足がなかなか前に進まへん。
廊下の角を曲がろうとしたとき、後ろから声が届いた。
「…お前、今日はなんか冷たない?」
一瞬、心臓が跳ねた。
足が止まる。
振り返りたくても、できんかった。
光輝の視線が、背中に刺さる気がする。
どう言えばええか、分からん。
ただ、胸の奥がぎゅっと痛かった。
「…ちゃうねん、別に。」
言いながら、喉の奥が少しだけ震えた。
ほんまは”別に”なんかやないのに。
理由を聞かれたらなんも答えられへん。
“なんで、こんな気持ちになるんやろ。”
“なんで、光輝のことばっか気になるんやろ。”
西日が長く伸びた廊下で、
俺は顔を伏せたまま動き出した。
背中に残った光輝の視線が、
いつまでも消えへんかった。