テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
─── 本署にミンドリーさんか署長いますか?
まだ、転送の影響で街に犯罪が多くない時期。少ない事件対応やパトロール、会議の合間の隙間時間に、アジカンこと味野環九郎の無線が入った。
─── いるぞ。
─── いるよ。
─── えーっと。
─── どうした。何かあったか?
アジカンが何かを言いかけて言い淀む時は、どう伝えるか困っている、すなわち自身で判断できない面倒事が多い。
─── 新規住民と思われる方なのですが、ちょっと自分では判断できかねるので、本署に連れて行きます。
アジカンの無線の報告はなにか要領を得ない。雑談をしていた署長とミンドリーは言われたとおり、新本署のエントランスでアジカンと訪問者を待つことにした。
しばらくするとパトカーが停まり、アジカンと住民がやってきた。
「お連れしました。こちらの方なのですが」
「ここが新しい警察署?」
アジカンの後ろから現れた男性。服装はシャツとジャケット、ジーンズというラフな格好。長めの金髪をハーフアップにし、顔はすらっとした鼻筋と厚めの唇。いわゆるイケメンの部類に入るがサングラスに加えて右目に眼帯が目を引く。
だが、その声を聞き顔を見たミンドリーは大声を上げた。
「ぺいん君!」
「いえ、違いますが………」
「べ、つ、じん………?」
ミンドリーの問いかけはあっさりと否定された。呆然とし次の言葉が出てこないミンドリーに変わって署長が話を進めた。
「アジカン、この方はどこで?」
「自分がたまたま旧本署に行ったら、エントランスにいたので声をかけました。警察に用事があるようでしたので、こちらに連れてきました」
「ぺいん、ではない?」
「自分はぺいん先輩の素顔を一度しか見たことがなかったのですが、似ていたので声がけしました。転送で記憶が混濁しているのかとも思ったのですが、判断できませんでした」
アジカンと署長とで話が進む中、連れてこられた人物が割って入った。
「だから、その『伊藤ぺいん』という人を僕は知りません」
自分が知らない人物と紐付けられる事に困惑している彼は言葉を続ける。
「街中であいさつする人全員にそう言われて困っているんです。違うと説明しても記憶障害と言われるし。病院でも同じ事を言われたし。警察なら何か知っているかと思って来ただけなのに、今度は大勢に囲まれるし」
気がつくとアジカン、署長、ミンドリー以外にキャップやえびすなど多くの署員が四人を取り囲んでいた。
彼の困惑度合いを感じた署長はこの場を解散させ、少人数で話を聞くことを決めた。
「ちょっと座れるところでお話を聞きましょう。他の署員は業務に戻って」
署長はそう言うと、新本署内の応接室に彼を案内した。同席した署員はミンドリーのみだ。
「では、改めて署長のジャック馬ウアーです。こちらはSWAT隊長のミンドリー」
「初めまして。トウヤと言います。名字はないのでそのまま呼んでください」
「トウヤ」と名乗った彼は、少人数になったからか先ほどの困惑した様子から落ち着きを取り戻し返答した。そのまま署長が会話を続ける。
「いろいろ聞きたいことはあるのですが、まず街に来た経緯をお聞きしても?」
「転送でしたっけ?その直前に前の世界線の街につきました。探している人物がいると聞いたので。空港に到着して街が混乱していそうなのは分かったのですが、その日のうちに転送?に巻き込まれました。まぁ、街のことを何も知らない事には変わりないですが」
「では、警察にはどのようなご用件で?」
「先ほどお話ししたとおり、あまりにも間違われるのでその警官に会ってみたかったんです。本署?の場所が変わっていたので無駄足になりそうでしたが、味野さんに会えてこちらに来た次第です」
「そうでしたか。たしかに伊藤ぺいんは警察官です。ただ、まだこちらの世界線で会えていないので、正確には警察官として雇用していないし転送されているかも不明です」
「なるほど。まぁ、興味があるだけで会わないといけないという理由もないですし。さほど重要ではないです」
次にここまで黙って会話を聞いていたミンドリーが口を開いた。
「ところで、人を探しておられるということですが、警察として協力できることはありますか?特徴とか教えていただければ警察内で共有しますが」
「うーん」
ミンドリーの申し出にトウヤは首をかしげて考え始めた。
「そもそも前の街というか、この街にいるとも限らないんですよ。僕も『いるかもしれない』という確定していない情報を元に来ただけなので。なにせ、いなくなったのが大分前ですし、名前も見た目も変わっている可能性があります」
「そう、でしたか」
「まぁ、話に出た警察官のようにまだ街にいない住民もいるようですし、本当はこの街にいないかもしれない。気長に探しますよ」
ミンドリーは同期そっくりなこの人物に「もしかして」という希望があったのかもしれない。ただ、つなぎを付けたくて申し出た人探しの協力は、やんわりと断られた。
再び署長が話しかける。
「なにか職に就いておられますか?」
「そのうち定職に就こうかとは思うんですけど、いかんせん目が悪いのでね。アクティブなことはできませんよ。バイトで食いつなぎながら開店資金を貯めています」
「お店を開くんですか?」
「今ある飲食店とはどうも雰囲気が合わなくて。静かなバーをやってみたいんです」
「そうですか。応援しています。開店したらお伺いしますね」
今度はミンドリーが話しかける。
「良ければ連絡先をいただけませんか?こちらでも何かしらの情報があればご連絡できますし」
「ああ。向こうが僕を探していることは知らないと思いますが。まぁ、困った時には連絡します」
トウヤ、署長、ミンドリーで互いの連絡先を交換し、この場を終えた。
トウヤをエントランスまで案内すると、彼はタクシーを呼び、去って行った。
トウヤは物静かな人だった。サングラスのレンズの分厚さや眼帯を見るに、目が悪いというのは本当だろう。実際に階段の上り下りに苦労していたし、眼帯をしている右側の反応が悪かったように思う。
トウヤが去った後もミンドリーの心はさざ波のように揺れていた。
ぺいんは普段からマスクをしている。取ることがほぼないので、素顔を知る住民はごく一部だ。彼、トウヤはぺいんとうり二つだった。ぺいんと赤城のように似ている人はいるけれど、自分が見間違えることは無い。
兄弟の可能性を考えたがぺいんから家族の話は聞いたことがない。思い返せばぺいんとあまり過去のことを話したことはない。
転送後、記憶障害を起こしている住人が一定数いることも知っている。トウヤは本当にぺいんではない?
ミンドリーの疑念は消えなかった。
トウヤが去った方向をしばらく見ていたミンドリーにえびすが話しかけてきた。その後ろには彼を案内してきたアジカンやぺいんと仲の良かった後輩数人がいた。
「ドリーさん。彼は」
「トウヤさん。新規住民で探し人がいるらしい」
「俺にはおご先(ぺいん)にしか見えません。記憶障害といった線は」
「聞いた感じでは無いね。本人が言うには完全な別人。彼も間違われて困っているらしい」
「そう、ですか………」
「ただ、ぺいん君を確認できない限り、トウヤさんが記憶障害ではないことの証明はしづらい」
黄金の風と呼ばせている伊藤ぺいんを待ちわびている気持ちは、皆同じだった。
「ぺいん君はどこにいるんだろうな」
つぶやきは風に乗って消えていった。
しばらくして、街にバーがオープンした。トウヤの店だ。
顔見知りが集まり、アルコールと軽食、静かな音楽と店主との会話を楽しむ店となった。
開店して数日。日之ぱちおがバーに来店した。
警察署から立ち去るトウヤを見かけていたぱちおは、街でパトロール中に出会った時に声をかけ、以来、公共の場で顔を合わせた時はあいさつや軽い雑談をするようになった。
店内に他の人影が無いことを確認したぱちおは、トウヤに探し人の件を尋ねた。
「トウヤさん、探し人は見つかりましたか?」
「見つからないねぇ。それらしい人はいたけど、会って話をしてみると違うんだよね」
あまり気にしていないようなトウヤのその様子にぱちおは少し考えた後、あらかじめ聞こうと思っていた事を話し始めた。
「踏み込んだ事をお聞きしても?」
「どうぞ」
「その人は番号で呼ばれていましたか?」
ぱちおの言葉を聞いたトウヤの顔つきが変わり、声が一段と低くなった。
「………どこで、それを」
「推測です。俺はあなたにそっくりで、番号呼びされていた過去を持つ人を一人だけ知っています。そしてそれを知るのはその本人と俺だけです」
それを聞いたトウヤの目は冷たく、真偽を見定めるようにぱちおを見つめた。
「………」
ぱちおもまた目をそらさず、トウヤとまっすぐに向き合った。
「間違っていたり気分を害したら、すいません。探し人はNo.110、あなたはNo.108であっていますか?」
トウヤはずっとぱちおを見つめていた。しばらく考え込み、やがてその目に偽りがないと感じたのか肯定の言葉を発した。
「………そうだよ」
トウヤは訥々と語り始めた。この話はあまり他人にはしたくないらしい。
「No.110がいなくなった後、しばらくして僕もそこを離れた。この通り目が悪いし、行く当てもないからNo.110を探してここまで来た。名前を変えるというか付けたり、見た目も変わっているとは思ったけど、会えば分かるしね」
トウヤの話を受けて、ぱちおは自分の感じたことを話す。
「そうでしたか。No.110はあなたがよく間違われた『伊藤ぺいん』であっていると思います。まだ、街で見ていませんが彼は必ず起きてくると信じていますし、同じように思う住民も多いです。いつか会えることを願っています」
「まぁ、そう思っておくよ。行方が分かってちょっと安心した」
トウヤは一安心といった雰囲気を出した。そしてぱちおにお願いをした。
「あと僕のことはNo.110、今は『伊藤ぺいん』だっけ?彼に教えなくて良いよ。街で築いた関係性もあるだろうし、彼がこちらをどう思っているか分からないから」
「俺が以前ぺいん先輩からあなたのことを聞いた時、そこまで悪い感情では無かったように思えます。ただ、トウヤさんの意思もあるでしょうから、俺からお節介は焼かないようにします」
「助かるよ。運命というものがあるなら、いつか出会えるだろう」
「では、この話はここまでで。おすすめの飲み物いただけますか?」
ぱちおが注文をすると同時に入り口のベルが鳴った。他の来客だ。
「いらっしゃいませ。空いてる席にどうぞ」
二人は何もなかったかのように店主と客に戻る。
ほんの少しの寂しさと未来への期待を胸に秘め。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!