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〜佐野side〜
土曜日の夜、俺は初めて、あの居酒屋に友達を連れてきていた。
友達、と言っても、幼稚園の頃からずっと一緒にいる腐れ縁の仁人だ。
というのも、俺がここ最近、会うたびに「じゅうたろーくんがマジで天使」「あんな綺麗な人、世界中どこを探してもいない」と彼のことばかり熱弁するものだから、一度その顔を拝ませろとしつこく迫られ、今回渋々折れたのだ。
……というのは建前で、本音を言えば、ただ誰かに自慢したかった。
俺の好きな人は、こんなに特別で素敵な人なんだぞ、と、世界で一番俺の好みを知っている親友に誇りたかったのだ。
「おい仁人。お前、店であんまり変なこと言うなよ? まじであっちは俺のことなんて眼中にもねぇんだから。何回か客で来てるのだって、認知されてないレベルなんだからな」
コインパーキングに車を止め、店へと続く賑やかな路地を歩きながら、俺は何度も釘を刺した。
「ふ〜ん。完全な片想いじゃん。健気だこと〜」
前を歩く仁人は、ポケットに手を突っ込んだまま、馬鹿にしたように肩をすくめて笑っている。
でも、その瞳の奥は、どこか楽しそうに揺れていた。
こいつは昔からいつもそうだ。
俺が不器用に空回りしているのを、少し離れた安全圏から面白がって突っついてくる。
ただ、そんな仁人からのからかいも、不思議と心地いいと思っている自分がいるのだから、俺もなかなか重症だ。
「お前性格悪っ! でも、まじで綺麗なんだって。……お前、絶対に惚れるなよ?」
「はぁ? 惚れねぇよ、アホか」
そんな他愛のないやり取りをしながら、色褪せた赤提灯が下がる店の扉を開けた。
引き戸を引いた瞬間、居酒屋の独特な熱気と、どこか懐かしい出汁の匂いが俺たちを包み込む。
「いらっしゃいませー…… あっ」
さっそく、フロアを忙しなく動いていた彼の視線が、真っ直ぐに俺を捉えた。
その瞬間、俺の灰色だった世界にパッと眩しい灯りがともる。
やっぱり、心臓が痛いくらいに可愛い。
店指定の黒いTシャツが、彼の白い肌をいっそう引き立たせている。
「二人です」と指を二本立てて告げると、彼はいつもの柔らかい笑みを浮かべ、空いているテーブル席へと俺たちを導いてくれた。
「今日は、会社の人たちとじゃないんですね」
おしぼりをテーブルに置きながら、俺と仁人をきょろきょろと見比べ、彼が小さく首を傾げた。
その言葉の意味を理解した瞬間、俺の心臓がどくん、と鼓膜を揺らすほどの音を立てて跳ねる。
「え……?」
絶句する俺の隣で、仁人が「ほら見ろ」と言わんばかりに、ニヤニヤしながら俺の横顔を覗き込んできた。
「え、あの、僕のこと……分かってくれてるんですか……?」
もちぷよ
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#山中柔太郎
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「あ、すみません。馴れ馴れしかったですよね……」
驚きのあまり声が裏返ってしまった俺を見て、彼は怒らせてしまったと勘違いしたのか、小さく身を縮めて眉を下げた。
その怯えたような小動物みたいな仕草すら愛おしくて頭がおかしくなりそうだ。
「あ、いえ!違うんです!覚えててくれて、すごく嬉しくて!」
柄にもないストレートな言葉が、脳のフィルターを通さずに口から飛び出していた。
すると彼は、少し恥ずかしそうに視線を落とし、はにかむように微笑んだ。
「佐野さん……ですよね?」
「え!? な、名前まで!?」
叫びそうになるのを必死で堪える。
心臓が、もう保ちそうにない。
「あ、違うんです! いつも一緒にいらっしゃる会社の年上の方が、そう呼んでいるのが聞こえて……。勝手に覚えてしまって、すみません」
「え、あ、いや、めちゃくちゃ嬉しいです! 佐野勇斗っていいます!」
胸の高鳴りが完全に限界を突破して、脳のブレーキが粉々に壊れてしまった。
俺は嬉しさのあまり、自分でも信じられない勢いで彼の細い手を握りしめ、ぶんぶんと握手をしながら自己紹介を始めていた。
彼は一瞬目を丸くして戸惑ったけれど、すぐに困ったような、でも愛おしいような笑顔を浮かべて、その手を優しく握り返してくれた。
どうしよう。
初めて、じゅうたろーさんに触れた。
俺の熱い体温とは対照的な、細くて、驚くほど柔らかくて、少しだけひんやりとした彼の手。
いま、自分の顔がどれほど締まりなく緩んでいるか、自覚はあった。
だけど、手のひらから伝わってくる彼の確かな存在感に、どうしてもニヤけを止めることなんてできなかった。
「あ、あの……いつも、助けてくれてありがとうございます」
じゅうたろーさんが、はにかんだ笑顔のまま、小さな声でそう言った。
「え? なんのこと、っすか……?」
唐突な感謝の言葉に、俺の思考がピタリと止まる。
「いや、あの……勘違いだったら、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……」
そう言いながら、彼は困ったように周囲をきょろきょろと見渡した。
かと思えば、ふいに彼の顔が近づく。
あの、洗い立てのシャツのような柔らかい香りが、再び俺を包み込んだ。
彼は俺の耳元にそっと唇を寄せ、周りの喧騒を遮るように囁く。
「あの……僕が他のお客様に捕まって困っているとき、何度もさりげなく助けてくれたじゃないですか。だから……」
心臓が、今日一番の音を立てて爆発した。
「あ、いや、はははっ! はずっ……!」
常連のおじさんに絡まれていたとき、何度か遠くから割り込んで注文を頼んだり、お皿を下げるよう呼びかけたりした。
あの「密かな助け舟」が、まさか本人にバレていたなんて。
恥ずかしさで爆発しそうだったけれど、それ以上に俺のささやかな行動が彼の瞳に留まっていたことがとてつもなく嬉しくて、体の芯からカッと熱くなっていくのが分かった。
おそらく今、俺は茹でダコみたいに顔を真っ赤にしている。
「勇斗、顔真っ赤じゃん」
こんな最高に甘酸っぱいタイミングで、仁人が容赦なくおちょくってきた。
俺は仁人を睨みつけながら、熱を持った両頬を隠すように自分の手で覆う。
そんな俺の様子を見て、じゅうたろーさんはハッと目を見開いた。
「佐野さん、もしかして暑いですか!? 僕、クーラーの温度下げてきます……っ!」
「え、あっ、じゅうたろーさん……!」
伸ばした俺の手は届かず、彼はパタパタと小走りで店内の奥へと行ってしまった。
暑いのは確かだけど、そういう暑さじゃないんだ。
少しズレた天然な彼の優しさが愛おしくて、俺はただただ心の中で悶えるしかなかった。
「佐野さーーん。顔、やばいことになってますよー?」
仁人がニヤニヤしながら、俺の顔にメニュー表を突きつけてくる。
「……仁人。じゅうたろーさん、俺のこと、知ってた」
「ははっ、そうだな。よかったじゃん」
「え、どうしよう俺……さっきの、キモくなかったかな?」
「え〜? 普通にきっしょって思ったよ?」
「えぇー! 最悪だ……!」
「ぐはははっ!」
悪魔のような仁人の笑い声が、にぎやかな店内に響き渡る。
だけど、そんな暴言すら今の俺の耳には届かないくらい、胸がいっぱいだった。
自分だけが一方的に、遠くから見つめているだけだと思っていたのに。
彼の綺麗な瞳の中に、ほんの少しでも俺という存在が映っていた。
その事実が、たまらなく愛おしくて、誇らしかった。
「すみませ〜ん! 生2つ!」
緊張感のない仁人の声が、再び店内に響く。
ほんと、よく通る声だ。
でも、その直後、パーテーションの向こうから「はぁーい!」と透き通った、大好きな声が聞こえた。
それだけで、俺の頬は勝手に緩んでしまう。
「生2つ、お持ちしました!」
じゅうたろーさんがにこにこと弾むような笑顔でジョッキを運んできてくれた。
今なら、ほんの少しの勇気が出せる気がした。
僕はトクトクと脈打つ胸を押さえながら、初めて彼の名前を呼んでみた。
「じゅ、じゅうたろーくん。ありがと」
「あ! 僕の名前、呼んでくれた!」
ぱっと花が咲いたように嬉そうに笑う彼は、直視できないほどに尊かった。
その笑顔を独り占めしたくて胸が苦しくなる。
「ねぇ、じゅうたろーくんは大学生?」
余韻をぶち破るように、隣で仁人が口を開いた。
俺が心臓をバクバクさせながらやっとの思いで呼んだ名前なのに、こいつはいとも簡単に親しげに呼びやがった。
「あ、はい! 大学3年です」
「へ〜。彼女とかいるんでしょ? どんな子?」
いきなりぶっ飛んだ質問を繰り出す仁人の後頭部を、俺はすかさず引っ叩いた。
「お前っ、何聞いてんだ!」
止めに入りはしたけれど……正直、心臓が止まりそうなくらい、その答えが気になって仕方がなかった。
息を止めて、彼の唇が動くのを見つめる。
「えっと、僕……いないんですよ、恋人」
to be continued……
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