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美味しいディナーを満喫した帰り道。
最寄駅で電車を降りた私は、徒歩で十五分の自宅に向かって、のんびりと歩いていた。
自宅近辺は治安が良く、夜の一人歩きでも大して不安は無い。
幅の広い道路沿いにはコンビニが二軒有るし、そこから家に向かう少し細い道に入ってからも、等間隔で立つ街灯と道路沿に建つ家々の玄関灯のおかげで、視界は良く安心出来る。
歩きながら、沙希と美野里の言葉を思い出していた。
『とりあえず、付き合ってみたら?』
あまりに適当な提案だと思ったけど、二人は結構真剣だった。
『最初はそれ程好きでもなくても、最終的には凄く好きになったことがあるよ』
『相手をよく知らない内から拒否するのはどうなのかな?』
それぞれ沙希と美野里の台詞。
分かるんだけど、でもそう簡単には実行出来ない。
だって私は二人とは違う。
何しろ彼氏居ない暦二十五年だ。
恋愛経験値で言ったら同じ年の二人に大きく遅れをとっているから、二人と同じ考え方なんて出来ないわけで。
あーあ、と溜息を吐きながら街灯に照らされた夜の道をトボトボと歩く。
家まであと半分くらいの距離の所で、前方から二つの人影が近付いて来るのに気がついた。
街灯のおかげで姿がはっきりと見えて来て、私は一気に憂鬱になった。
近付いて来るのは顔見知り。
それも出来るだけ会いたくない苦手な相手だったから。
誕生日なのについてない。
少し遠回りしてでも回避したいけど、もう相手は私に気付いてしまっているようだ。
こちらをじっと見ていて、目を逸らさない。
スルー出来そうにないから仕方なく前に進む。相手も近寄って来ているから、当然直ぐに会話が出来るほど距離が縮み……。
「花乃、こんな時間までどこ行ってたんだ?」
長身の男が、何の躊躇いもなく話しかけてきた。
内心溜息を吐きながら、私は素っ気なく答える。
「仕事帰りだけど」
「え?花乃の会社は五時半までだろ?……まさかこんな時間まで残業?!」
男はやたら大袈裟に驚いているけれど、なんで私の仕事の就業時間を正確に知っているの?
「私、急いでるから」
プライベートを侵害された様な気分になった私は、かなり愛想なく言った。
さっさと立去ろうと、男の横を通り抜けようとした時、がしっと腕を捕まれた。
「な、何するの?!」
これにはさすがに声を大きくしてした。
叫ぶ私に男はヘラヘラした笑い顔だ。
「ちょっと待って。話が有るし」
私には一切無いんだけど!
腕を振り払おうとした時、強い視線を感じて私は動きをぴたりと止めた。
視線の元……彼の隣に目を向ける。
そこには夜目にもはっきりと分る明るい色の髪の女の子が居て、私をまるで敵でも見るような目で睨んでいる。
あ、この子の存在忘れていた。
ふざけた男のもう片方の腕を掴み私を警戒しているのは、綺麗だけどとても派手な、多分二十歳そこそこの女の子。
きっとこの男の今の彼女なんだろう。
私はかなり不快な気持ちになりながら、捕まれた腕を乱暴に振り払った。
「どうしたの、不機嫌?」
相変わらず緩い態度の男に、私は思い切り眉をひそめた。
この男……顔だけは文句なく整っている。
まるでアイドルの様にキラキラとしたオーラがある。
だからこの油断しまくった締まりのない笑い顔も、傍から見たら魅惑の微笑みなんだろう。
でも、私は何の魅力も感じない、むしろイライラが増すだけだ。
「私は別に話す事なんてないから。彼女を送って行くところなんでしょ? 早く行ったら?」
どうせ家でイチャイチャしていて、今彼女が帰る所なんでしょう?
相手は違うけどこんな光景何度も見た事が有る。
この男……神楽大樹は私の家の隣に住んでいて、私達はいわゆる幼馴染の関係だ。
中学までは学校も一緒で、まあそれなりに仲良くしていたんだけど、中学時代のある出来事以降、私は大樹を避けるようになっていった。
そして、高校生になって学校が離れると、殆ど顔を合わさなくなった。
とにかく私はこの幼馴染の男が大嫌いだ。
直ぐに彼女を変える適当なところ。
相手(主に私)の気持ちを考えない無神経なところ。
それなのに外見のせいか、要領の良い性格のせいか、周りには友達が多くむしろ良い人と思われているところ。
ああ、顔を合わすとイライラする。だから大樹と会いたくなかったのに。
私の苛立ちに気付いたのか、大樹は困った顔をした。
でも直ぐに、にこりといつもの能天気な笑みを浮かべ隣の彼女に視線を向ける。