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「ごめん。送るのここまで。この先の大通りに出れば駅まで真っ直ぐだから」
え……嘘?
信じられないことに大樹は自分の彼女をここで放置する気らしい。
腕時計で確認すると現在時刻、夜の十一時二十分。
こんな若い女の子を一人で帰しちゃ駄目なんじゃないの?
女の子も不安のようで大樹に悲しそうな顔を向ける。
すごく健気……と思ったとたんに、ガラリと表情を変えた迫力満点の怒り顔で私をキッと睨みつけ、長い髪を翻し小走りに大通りに向かって去って行ってしまった。
なぜ、私が睨まれるのか。納得いかないまま歩き出す。すると隣に人の気配が。
「何で隣、歩くの?」
じろりと睨むと、大樹は全く動じない笑顔でさらりと言う。
「方向一緒だから仕方無いじゃん」
そうだけど、だからって同じペースで歩かなくたっていいじゃない。
身長百八十センチで、悔しいけど私も認めざるをえない長い足をお持ちの大樹なら、もっと早く歩けそうなのに。
大樹は私が嫌がっていると気付いていないのか、ここ最近、顔を合わす度にやたらと絡んでくる。
幼馴染だと言ってもお互い生活スタイルが違うし、子供の頃と違って遠い存在になっているはずなんだけどな……。
そんなことを考えていたら。
「花乃、誕生日おめでとう」
大樹が私の顔を覗きこんで言ったものだから驚いてしまった。
「……ほんと記憶力いいね」
疎遠になって十年は経つのに、よく覚えているなと思う。
私は大樹の誕生日なんて覚えていない。
一月生まれだった気はするけど、何日かまでは思い出せない。
「花乃の誕生日を忘れる訳ないだろ? はい、これ誕生日プレゼント」
大樹はさっきから手にしていた小さめの手提げを私に差し出して来た。
「……プレゼント?」
不審に思いながらもつい受け取ってしまう。
手提げの中身は、美味しいと評判のケーキショップのタルトみたいだ。
「花乃これ好きだろ?」
大樹が明るい笑顔で言う。そう、確かに私はこのタルトが大好きだ。
でも、これは私のために用意したのではなく、さっきの彼女に買ったものなんじゃないの?
多分昼間のデート中にでも買って、そのあと大樹の家ででふたりで過ごし、駅まで送る道中手提げ袋を持ってあげていた。
でも偶然私に会い慌しい別れ方をしたため、彼女に渡すのを忘れてしまった。
そんなところだと思う。
だって今日私に偶然会うかなんてわからなかったはずだし、会おうとする気持ちだって無かったから可愛い子とデートしていたんでしょう?
「要らないから」
私は素っ気なく付き返した。
ただの忘れ物のタルトを私への誕生日プレゼントに流用する。こういった調子の良いところが昔から嫌いだった。
私以外の人はこの、ずるさに全然気付いてないから余計に腹が立つ。
「どうして? 花乃が気に入ると思って買ったのに」
大樹は悲しそうな顔になる。
よくそんな演技出来るなと感心する。
ちょうど家の前に着いたので、私は強引にタルトの手提げ袋を大樹の胸に押し返した。
「じゃあね、それは自分で食べたら?」
冷たく言い放ち、大樹の返事を待たずに門を開く。
大樹の視線を背中に感じながら、門から2メートル程離れた玄関の扉を開け中に入る。
バタンと扉を閉めるとようやくほっとした気持ちになった。
なんだか疲れてしまってノロノロした動作でパンプスを脱いでいると、玄関から続く短い廊下の突き当たりの扉が開き、パジャマ姿のお母さんがひょこりと顔を出した。
「花乃、遅かったね」
「うん。友達と食事して来たから」
そう答え、脱いだパンプスを揃えて置き自分用のスリッパを棚から取り出す。
ポンと床に放り履こうとすると、お母さんが嫌そうに眉をひそめた。
「そうやって投げて置く癖直しなさいよ。外でも出ちゃうわよ」
「あーはい。分りました」
お母さんは専業主婦のせいか、家の中の全てに隙なく目を光らせている。
お父さんのスケジュールを完璧に把握しようとしたり、二十五歳になった娘の帰りを寝ないで待っていたり。
今みたいな雑な行動も、見逃さずチェックして指摘する。
たしかに今のは私の行儀が悪かったけど、正直ちょっと煩いなって思う。
お父さんもきっとそうなんじゃないかな。
お母さんに小言を言われた後、コッソリ溜息はいてるし。
私もお父さんと同じ様に隠れて小さな溜息を吐いた。
それから自分の部屋の有る二階に上がるため、玄関脇の階段の手すりに手をかける。
「あら、もう上に行くの?」
お母さんが不満そうな声で言う。
「うん。疲れたから休む」
お母さんはつまらなそうな顔をしていたけど、突然何かを思い出したかの様に両の手をパンと合わせて一際高い声を出す。
「そう言えば今日、大樹君が来たわよ!」
「……え?」
何で大樹がうちに?
「何時頃に? 何しに来たの?」
「さあ、花乃に用が有ったみたいだけど何も言ってなかったわよ。来たのは七時頃よ。お父さんが帰ってくる少し前だったから」
「ふーん」
お父さんの帰宅は毎日計った様に七時三十分と決まっているから、お母さんの言う時間はだいたい正確なんだろう。
でも、何の用だったんだろう。
さっき会ったときは何も言ってなかったけど……そう思った直後に気がついた。
私への用事って、もしかしてタルトを渡す為だったとか?
『花乃、誕生日おめでとう』
そう言った時の、大樹の悪戯っぽい笑顔が思い浮かんだ。
まさか……本当に?
いや、でも大樹は彼女を連れていたし、去年の誕生日は何も無かったし……有りえないよね?
と思いつつも、何となくひっかるものを感じていると、お母さんが小言を言うとき特有のちょっと剣の有る声が聞こえて来た。
「花乃、いい加減大樹君に冷たい態度取るの止めなさいよ」
「……別にとってないけど」
「とってるわよ。お隣さんだって言うのに、全然交流しようとしないし、旅行のお土産も買って来ないじゃない。隣の奥さんからは旅行の度に頂いてるのよ?」
お母さんがグチグチと責めてくる。
私が大樹に冷たいのは事実だけど、お土産は別の話だ。
「疲れたから今日はもう寝るから」
どこまでも広がって行きそうな話をシャットアウトするべく、私は急いで階段を上り自分の部屋へ向かった。