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1 ◇別れた元妻は生き生きとしていた
クライアントとの打ち合わせのために出掛けた出先でのこと。
午後の陽射しがやや斜めになりはじめた商店街を歩いていたとき、
ふと斜め前方に懐かしい人の横顔が見えた。
赤ん坊を抱いて、ゆっくり歩くその女性。
――真帆。数年ぶりに見る、元妻だった。
目を疑った。けれど、すぐに確信に変わった。
顔と身体のシルエット、髪型。
彼女に間違いない。
赤ん坊をあやすその手つきも、穏やかで、どこか誇らしげだった。
見知らぬ誰かと築いた-家庭-の空気が、柔らかく彼女を包んでいた。
俺は、反射的に声をかけた。
「真帆!」
俺の呼び掛けに、彼女は顔を上げた。
驚いたように目を丸くし、けれどすぐに小さく笑った。
「宏さん……?どうしてここに?」
「ちょっとクライアントとの打ち合わせで、近くまで来ててさ。
そっちは?」
「子供の予防接種で、ほら」
真帆が指さす方向に目をやると、保健所の建物が見えた。
「今ね、お茶買って、帰るところ」
商店街へはお茶を買いに来ていたみたいで、彼女はそう言って、
お茶を持つ方の手を軽く振って見せた。
その手つきが妙に懐かしくて、少し胸が痛くなった。
「久しぶりだね」
「ちょっと、話せる? って……無理か、子供がいるもんな」
「大丈夫よ、少しなら。ちょっと待ってて」
「えっ?」
彼女はそう言い残すと、踵を返して歩き始めた。
俺はそんな彼女の動向を目で追いかけた。
彼女がちょうど上手い具合に青信号になった横断歩道を慎重に渡り、
駐車場に止めてある車のところまで行くのが見えた。
車で待機していた誰かに子供を預けるのだろうとそのまま様子見していると、
助手席に乗っていた男が出て来て、赤ん坊を引き取り抱きかかえたのが見えた。
彼女と男は何か言葉を交わした後、彼女は車から離れ、男は子供を
抱きかかえたまま車内に戻った。
彼女は、身軽になって再度横断歩道を渡り俺のところまで戻ってきた。
「お待たせ~。
あまり時間取れないけど、息子は夫に見てもらってるから今なら少しだけ
話せるわ」
「悪いね、無理言って……。
あれからのことがずっと気になってたもんだから」