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柘榴とAI

115
あ
762
#初心者
ゆいぽん
380
彼は怪盗だった。
国家機密からスーパーのセールまで、ありとあらゆる情報を支配する影役者であった。警察も、探偵も、公安だって動いたが、誰も彼を捕まえることはできなかった。
怪盗「ふっ。どんな包囲網もどんな罠も、この俺の窃盗術の前には無為と化す。俺はかの大怪盗、アルセーヌ・ルパンや石川五右衛門の様に、いずれ世を震撼させる大怪盗になるだろう!!」
しかし、怪盗には悩みがあった。確かに彼の盗みの腕は県一、国一である。しかしながら、いやだからこそ、誰にも己の素性をバレた事がない。
怪盗「とどのつまり有名になりたい…いや、もう有名なんだけどさ!…なんかもっと、モテたい。あと新聞とかニュースの見出しに載りたい。」
そう、思っていた時だった。
怪盗はいつものように三日程かけて丁寧に予告状を作り、都内最大級の美術館に送った。内容はこうだ。
「月の視えぬ暗き夜に、”もう一つの赤い月”を我が手中に。」
警察「月のみえぬ暗き夜……我々考察班は、これを月の変わり目。つまり新月の夜だと考えております。」
警察「もう一つのあかい月、については、某美術館に展示されているレッドダイヤモンド、別名”緋月”。この説が有力です。」
指揮官「……よし、聴いたかお前ら!ヤツがこのダイヤを盗めないように、今までにないレベルで厳戒態勢を敷け!いくら費用をかけても構わん!!」
小太りの男が額に血管を浮かべながら机を殴る。会議に参加していたすべての警官が即座に起立敬礼をする様子は圧巻で、どれほど意気込んでいるかが一目で分かった。
「まぁ待て、そう力むなよ君たち。」
しかし一人だけ、その圧に臆さない少女が膝を組んで悠々とした表情を浮かべている。
指揮官「あん?なんだ探偵。確かに捜査協力はしたがお前はサポートだ!!偉そうに口を挟むつもりか?」
探偵「そうさせてもらうよ。でないとまた君たちの無能ぶりが大々的に報道されてしまう。それは私としてもあまり好ましくないのでね。」
部屋中がザワつく。空気が凍りつき、身震いするものもちらほら居た。
探偵「今回、我々が対して敷く体勢は一つ。”私達”だけだ。」
薄茶色のチェック柄の帽子と羽織を掛けた彼女の横には、片眼鏡と白黒の正装に身を包んだ青年が佇んでいた。
探偵「彼は私の助手でね。幾つもの格闘術を習得し、なお研鑽を怠らない優秀な人材だよ。この作戦の主体は彼で行く。」
指揮官「テメェ…!どれだけ俺たちをコケにしようと、納得させなきゃ意味ねぇぞ!!」
彼女は帽子のつばを調節し、真っすぐより右に21度傾けた。
探偵「いいだろう。まずは君たちのその無能ぶりから暴くとしようか。」
その夜。怪盗は現れた。人通りはさほど無い。かと言ってゼロとはいえないだろう。しかし捜査員はこの中には居ない。
怪盗はそれを知っていた。
色とりどりのステンドガラスを一つ切り抜き、音もなく小さな隙間から侵入する。警報装置は窓枠の縁に仕掛けられているが、流石にステンドガラスのパーツの隙間には仕掛けられない。
怪盗はそれをも知っていた。
悠々と、堂々と。されど静寂を保ったまま物音一つ立てず廊下を進む。純白に染め上げられたスーツとマントが、眩しいほど輝かしい”月夜”に照らされていた。
怪盗は嘘をついたことはない。どんな小さな事でも、くだらない事でも。予告状には一つの嘘もない。
男は一つのショーケースが置かれている部屋の前に立った。
あのネックレスは紫色に輝いている。
怪盗は今夜。このネックレスを盗み出す。しかし、今ではなかった。
怪盗は腕を組み、待つ。
ただただ、待った。
いずれ、というほどもなく数分後。暑いほど怪盗を照らしていた月光がフッと消えうせた。くすんだ灰色をした雲が窓の外一面を覆う。
怪盗はこの時を待っていた。
怪盗「さて、始めようか…」
マントを翻し、片膝を屈める。怪盗は突然大きく跳躍した。宙から部屋に侵入すると、即座に入り口脇の植木から白い煙が噴射される。
怪盗「読んでたさ!催涙ガスかな?」
勿論それは当たらず、怪盗は見事に避ける。
しかし地に足を着けることはなく、拳銃の形をしたハープガンを球状の硝子天井に撃ち込んだ。射出された鈎爪は最小限の破裂音を立て、骨組みの鉄骨にワイヤーを固定させた。
怪盗が振り子のように揺れていると、壁から何かが出てくる。タレットだ。
怪盗「ほう!…豪勢だな!!」
爆竹の様などこか抜けた音がマシンガンの様に連発する。怪盗は操り人形の如く宙で手足を動かし、人間離れした動体視力と俊敏性でほぼ全てを躱した。
怪盗「痛ァ!?腕が!!」
……”ほぼ”。
怪盗「ふ、ふふ……っ。やるではないか。俺もまだまだだな……」
苦笑を浮かべながら腕を押さえつけ、尚も体幹は崩れない。ものの数秒で吊られながら怪盗は静止し、やがてショーケースの真上からゆっくりと降下を始めた。
怪盗「……よし、ふん。慣れたものだな。我ながらふつくしい犯行捌きだ。」
ブツブツと己を鼓舞しつつ、いつの間にか取り出したガラスカッターでショーケースに円形の傷を付けていく。ポン。というか、プォン。という感じの反響のある摩擦音が、中の空気に外行きを呼びかける。
そして真に、何の隔たりなくそれを見た時、思わず感嘆の声が漏れた。コレはまさに一級品、人の目に分からぬ微細な美の象徴が節々に詰まっている。
真っすぐ手を延ばし、持ち上げる。心地よい重量感、真珠の丸みの曲線美、純白に箔をかける紫のルビー。今すぐに手袋を外し、この価値を味わいたい。しかしそうはしないと決めている。
怪盗は心躍らせ弾むように宙を舞い、壁を駆け出しホールを抜ける。タレットも催涙ガスも、諦めたように反応しなかった。
怪盗「ふっ。なんて軽やか!なんて鮮やかッ!!さて、今宵もまた、俺の名を知らしめるとしよう…!」
__ド! ガッ!
拳を掌で。肘を二の腕で。
それぞれが交差し、衝突する。
怪盗「…名乗り給え、寡黙な少年。」
組み合ったまま、怪盗が尋ねる。
助手「……」
しかし返事は返ってこない。片眼鏡に白黒の正装に似付かわしい、澄んだ無表情はピクリとも動かなかった。
怪盗「…ふふ、いいだろう。”君たち”のことは知っているさ。」
「そうかい、それは光栄だ。しかし礼儀を欠くのは無作法というものだぞ、助手くん。」
月明かりはない。しかし、彼女の足取りがその場を照らすように見える。薄茶色のチェック柄の、帽子と羽織。
挨拶の前に、彼女はその帽子をまっすぐより右に21度ずらし、歩み出た。
探偵「こんばんは、嘘が嫌いな怪盗くん。」
怪盗「いい夜だな、探偵。君のことは色々知っているぞ?」
その時だった。怪盗が助手を一気に組み伏せようとするも、助手は即座に対応し、突き飛ばして距離を取る。怪盗は反動を受けるも軽やかに跳躍し、探偵と助手と約10mの空間を置く。
今の一瞬が無かったことのように、再び話し始めた。
怪盗「詐欺事件、誘拐立てこもり事件、爆破予告事件……どれも奇抜かつ完璧な推理と考察力で、犯人も警察すら出し抜き解決に導いてきた”鬼才探偵”。とな。」
探偵「いやはや照れるな。この一年間で数多くの展示館や屋敷のセキュリティを骨抜きにし、約3000万にも及ぶ資産を物的、人的被害無しに得た”現代の怪盗”にそう言ってもらえるとは。」
二人の視線が交差している。互いに燃えるような光が灯っているクセに、何処か俯瞰して何かを見透かす様な冷ややかな瞳にも見える。
そして今更だが、両者とも余裕の笑みをトレードマークのように浮かべたままだった。
探偵「読んだよ、君の予告状。えらく仰々しいが、何処かに発注でもしてるのかい?」
怪盗「そんなマネはしない。すべて丹精込めて手作りさ…!」
探偵「はははっ!そうかいそうかい…ならば………」
探偵「…あの予告状に”誤り”は無いのだな?」
瞳から、何かが消えた。光か。冷静さか。定かでは無い。
怪盗「当然だ。何か不満でもあったか?」
探偵「ああ。ある。」
数秒、静寂が経った。助手は一刻たりとも警戒を解かない。しかし割り込むことはしなかった。まるでリングに登った二人を見守るように、熱い視線を送っていた。
怪盗「__月の視えぬ暗き夜に、”もう一つの赤い月”を我が手中に。何処が不満だ?述べてみろ。」
探偵「月の視えぬ。コレには不満はない。奴ら警察どもはコレを月の”見”えぬと読んだ。当然違う。正しい解釈をすれば月が隠れる時間帯は新月のみとは言えない。_が、”暗き夜”。この文言を”深夜0時”と解釈するならば、あとは天気予報がその日を教えてくれる。」
怪盗「……ああ、ああそうだ。全くそのとおりだ!!」
探偵「だがしかし次のひと言__”もう一つの赤い月”とは何だ?貴様が予告状を送った美術館には”あれ”以外その異名を持つ物は無い。だがそれすら目もくれず、貴様はその”ネックレス”に目をつけた。お陰で駆けつけるのに時間を食ったよ。」
怪盗「フッ、嬉しいな。信じてくれたのか?」
探偵「ああそうだ、信じていた。貴様は嘘を吐かないと…」
「_堕ちたな。稀代の天才、青羽 哲代よ。」
その視線は、強くその男を睨んでいた。
信じていた。怪盗に向ける思いではない。だがしかし、探偵は怪盗のその信念を、生き様を、信じていた。
裏切られた、そこまで言うものじゃないだろうが、そう感じてしまった。
目の前のこの男…”青羽 哲代”は怪盗じゃない。
探偵「信念を失った盗人など……何の感情を向けるにも足らないな。」
「………捕らえろ。助手くん。」
同時に、返答も応答もなく男が駆け出す。最初はただ距離を詰めるだけだったが、二、三歩目で構えを取った。
怪盗「……!」
眉を細め、じとりと目線を固めた後、一突き。
スパン!!!という、何かが破裂したような軽快な打撃音が響いた後、体勢を崩したのは助手だった。
助手「!?……」
怪盗「膂力と技術で君に敵うとは思えん、だがな…!」
「”姑息”ならば俺の領域だ!」
助手が背後を見やると、白黒衣装のタキシードのように長い背広が、ハープガンで地面に固定されていた。身動ぎしても中々破れない。
そして焦る間もなく後方から前へ影が落ちる。怪盗が助手の上空を軽々と跳んだのだ。着地しようと依然速度は落ちない。むしろ加速する。その先には探偵が居た。
探偵「お前…!」
何かしらの構えをとってみた、が。見栄だ。探偵は護身術や武術どころか運動すらからっきしで、そういう役目はすべて助手に一任していた。つまり、今の探偵にこの状況を打破する算段など、無い。
カチャッ…
怪盗「そう。もう貴様に打つ手は無い。」
探偵「……ますます見損なったぞ。”拳銃”なんてもの何処で手に入れた?」
怪盗「コレも手作りだ、丹精込めてな。」
探偵「ッ…!!」
怪盗「言っておくが、動くなよ?被害は出したくないからな。」
その一言で、助手は微動だにするのを辞める。ここまで一句も発さない彼も、心や情が無い訳では無い。
探偵「貴様…!!…被害を出さなかったのではなく、出なかっただけだと言うのか!!?!」
怪盗「お前も、そろそろ静かにしてくれないか?今から大事なことを話すのだからな。」
銃口を真っすぐ。狙いを定めるように胸元に標準を合わせる。
怪盗「”赤い月”とは何か__教えてやろう。」
「まず元の赤い月は、この美術館に展示されているレッドダイヤモンド、別称”緋月”。この解釈に誤りはない。」
探偵「”元”…?狙いは別だと?」
怪盗「そうさ、そのとおり。そして、私が持つこのネックレスも、もう一つの赤い月を指すものではない。」
探偵「じゃあ…!!!何だと言うんだ!!予告状に一切の偽りなく、行動に一切の狂いがないというのならッ__」
__ぐっ
安全装置を外す。
怪盗の指先に力が入った。
引き金が絞られる。
……赤い、花弁が散った。
探偵「…………へっ?」
怪盗「……薔薇の、造花だ…難しくて一輪しか作れなかったがな…ふはは……」
ところどころ花弁の欠けた赤い薔薇の造花が、銃口から花開いた。
足元には、散った花弁が舞い落ちている。
怪盗「もう一つの、赤い月……は…」
「貴様だ…”赤百合 月見”……」
探偵「なっ…!?はっ!!?」
怪盗「気づかなかったのか…まぁいい……」
銃口から薔薇を抜き取り、それにネックレスをかける。
怪盗「いろいろと大変だったんだぞ?…貴様にしか解けないレベルの予告状に、天気予報を半年先まで見て……」
探偵「……半年前から計画してたのか?」
怪盗「ああ、痺れを切らして普通に会いに行こうかと思った。」
探偵「……」
怪盗「混乱していることだろう、無理はない…」
「もう一度言うぞ。」
マントを広げ、片膝を付き、真珠とルビーのネックレスが飾られた薔薇を上目遣いで差し出す。
同時に、闇夜を月光が切り裂いた。
青羽「好きだ赤百合 月見。俺と結婚してくれ。」
赤百合「…」
月が綺麗だ。なんて言葉が浮かんだ。
月明かりに浮かぶこの男は、真っ直ぐこちらを見ている。
きりりとした瞳をしているくせに、手は震えて頬は赤らんでいた。
青羽「……返事を、くれないか?」
赤百合「待っ…てくれ……急すぎて………」
顔が熱い。真っ赤に染まった頬を両手で隠し、指の隙間から目を覗かせる。スポットライトに当てられたように、二人の姿形がくっきりと見えた。
赤百合「……君はっ、怪盗……私は探偵だ。立場上、そこに私的感情を挟むことは許されない………」
「だから……」
怪盗の……いや、青羽哲代の目が細まる。
睨みつけているわけではない。ただ単に、予想したのだ。次の言葉を。
赤百合「………だから、その…さっさと更生しろ……あと、盗品は貰わない…」
青羽「………えっ。」
予想は外れた。それでいい。
奪われない幸せを築きゆく。そう決意できたのだから。
助手「(……さっさと結婚しろ)」
コメント
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わあっ、第8話めっちゃ熱かったです…!怪盗と探偵の頭脳戦かと思いきや、最後のプロポーズに全部持ってかれました🤍 予告状の細かい読み解きとか、「姑息なら俺の領域」って台詞がめちゃくちゃカッコよくて…でも照れながら結婚申し込む怪盗にキュンとしました。探偵の「更生しろ」も含めて、二人の関係性がすごく好きです。続き、気になります!