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喫茶 桜の裏庭には
静かな風が吹いていた。
夕方の柔らかな光が庭を照らし
空気は澄んでいる。
桜の木々が僅かに揺れ
散りかけた花弁が
ふわりと宙を舞った。
花の香りが微かに漂う中
ソーレンは庭の片隅で
一本の煙草を燻らせていた。
吸い込み、吐き出す。
口の中に広がる煙草の苦味と
微かな葉の甘さが
心の苛立ちを少しずつ薄めていく。
「⋯⋯ふぅ」
静寂に溶けるように
深い吐息が漏れた。
だが⋯⋯
その静けさの中で
何かが潜んでいる気配がした。
(⋯⋯時也⋯⋯聞こえてるか?
多分〝アレ〟が、また湧いてんなぁ)
ソーレンは心の中で呟いた。
時也なら
読心術でこの声を
直ぐに拾う筈だ。
心で言葉を発した瞬間から
既に反応が返ってくるような
確信があった。
煙草を指先で軽く弾き
ソーレンは再び口元に咥える。
火が静かに赤く光り
煙が細く空へ溶けていった。
(⋯⋯最近、多いな。
この間の残党か?)
目を細め
ソーレンは庭の隅に目をやった。
空気の澄んだ夕暮れの庭は
一見穏やかだが
何処か空気が妙に重い。
暫くして
ソーレンの背後から
足音が近付いてきた。
振り返らずとも
誰の足音かは分かる。
「⋯⋯遅ぇよ」
ぽつりと呟くと
ソーレンの隣に現れたのは
藍色の着物姿の時也だった。
彼はゆったりとした動作で
懐から煙草を取り出し
唇に咥える。
その動きには
どこか品のある優雅さがあった。
火をつける仕草すら
無駄のない滑らかさがある。
カチッ!
ソーレンのライターの火が灯る。
時也は
ソーレンのライターに顔を近付け
炎が煙草の先端を赤く染めると
顔を背けながら細く煙を吐き出した。
その視線は
何処か遠くを見つめていた。
「ソーレンさん」
時也が
いつもの穏やかな声で呼びかける。
「では⋯⋯
御遣いよろしくお願いしますね」
そう言って
時也は小さな紙片を差し出した。
ソーレンは
それを受け取りながら
片眉を上げる。
「はいよ。
ったく⋯⋯人遣いの荒い店長様だな」
皮肉めいた口調に
時也は肩を竦めて苦笑した。
「お手数をおかけします。
でも、貴方なら問題ありませんから」
時也の笑みは柔らかかったが
その笑みの奥には
別の意図が隠されていた。
ソーレンは
そんな時也の狙いを感じ取っていた。
「分かってるよ」
ソーレンは煙草を足元で揉み消し
紙片をポケットに捩じ込むと
軽く片手を上げて背を向ける。
「んじゃ、行ってくるわ!」
時也は
彼が離れていく背中を
しばらく見送った。
目を細め、煙を吐き出す。
風に舞った煙は
まるで靄のように薄く散っていき
夕暮れの空に溶けて消えた。
「ご無事で⋯⋯
なんて、言葉は
あの方には必要無いのでしょうが 」
誰にともなく呟いた言葉が
静かな裏庭に
そっと消えていった。
ーー
夕暮れの空が
薄紅色から紫へと移り変わる頃。
ソーレンは
丘をゆっくりと下りながら
歩を進めていた。
足元には
乾いたアスファルトが広がり
踏みしめる度に
小さく砂利が弾ける。
時折吹く風が頬を撫で
背の高い草が
さわさわと揺れる音が
耳に心地良い。
しかし、その静けさの中でー
(⋯⋯5人
⋯⋯は! 舐めた数だな。偵察か?)
背後に潜む気配が
じわじわと距離を取りながらも
確かに付いてきていた。
「⋯⋯下っ手くそ」
ソーレンは、小さく呟いた。
背後にいる者達は
自らの存在を気取られぬように
気を配っている心算だろうが
その動きは素人同然だった。
呼吸の間隔
僅かな踏み音の乱れ
地面に散らばる小石が
時折跳ねる音ー⋯。
全てが、彼らの拙さを物語っていた。
道を逸れ
ソーレンはわざと
森の中へと入っていく。
周囲の樹木が次第に密集し
光が遮られ薄暗くなっていく中
ポケットから紙片を取り出した。
時也から渡されたメモだ。
『6名様 銃所持有り
転生者無し ハンター確定
拠点がある可能性有り』
「⋯⋯メモでまで、お上品なこった」
ソーレンは鼻で笑い
メモをもう一度読み返した。
(あ?⋯6人⋯⋯?
⋯⋯ちっ!
一人は手練がいるってことか)
索敵が下手な5人の背後に
姿を隠した1人がいる。
ただの素人集団ではない証拠だ。
「⋯⋯面倒くせぇ」
呟きと共に
メモを掌で握り潰し
ひょいと森の奥へ投げ捨てた。
暫く歩いた後
ソーレンはふと立ち止まる。
何気ない動作のように見えたが
そこには意図があった。
「⋯⋯っと」
わざと周囲を見渡し
木の幹の前に立つ。
指先で
ベルトを緩めるような仕草をし
用を足そうとする素振りを見せた。
これならば
森に入った理由は
〝人目を避ける為〟と
見せかけることができる。
(さあ、来い⋯⋯)
自らに隙を作る事で
背後の気配が動き出すのを待った。
そして——
⋯⋯ゴリッ!
背中に
硬く冷たい感触が押し付けられた。
銃口だ。
「⋯⋯動くな」
掠れた声が、背後から響いた。
ソーレンは
ベルトにかけていた手を離し
両腕をゆっくりと上げた。
口元には、薄く笑みが浮かべて。
「不死の血を持つ者を⋯⋯知ってるな?」
低く抑えた声が、耳元に囁く。
その声の震え具合から
相手の緊張が伝わった。
「⋯⋯あぁ? 不死だぁ?」
ソーレンは
わざと不機嫌そうに声を荒げた。
「俺はただのウェイターだぜ?
知るかよ、んなもん」
吐き捨てるように言いながら
わざと力なく肩を落とす。
すると
背中に押し付けられた硬い感触が
さらに強く押しつけられた。
「風穴が空いてから
命乞いしたって遅いんだ。
洗いざらい話してもらおうか。
10秒、待ってやる」
(10秒? ⋯⋯は!
尋問の仕方も、なっちゃいねぇな)
心の中で嘲笑いながら
ソーレンの琥珀色の瞳が
細く鋭く光った。
その目は
まるで獲物を狙う
獣のような光を帯びていた。
唇が冷酷無慈悲に歪む。
(さぁて
何処まで壊れずに⋯⋯遊べるだろうな)
その考えが
愉快そうに彼の喉の奥で
低く笑い声を響かせた。